#41 責任
「ねえ、本気で恵さんにバレないと思ってたの?」
南くんは眠ってしまっただろうか。いや、そんなことはないと本当はわかっていた。落ち着きなく動く衣擦れの音、揺れるスマホのケーブルを、神経質にも見ていたのだから。けれど、この場で彼と話をするのは少し恥ずかしいので、もし聞いていたら、という気持ちで漏らす。
「……うーん」
数秒の沈黙は、南くんが眠ったふりを決め込んだのかと勘違いしてしまうには十分だった。けれど、思いの外大きな声で、彼は変事をする。
「わかんない。早川さんの答えをどうにかして聞きたくて、だから早川さんに頼まれたとき、思い付いたのを何も考えずに実行しちゃった。母さんがあんなに怒るとは、思ってなかった」
南くんの声色は、彼には珍しく、困惑と不理解に振り回されて大きく統制がとれていなかった。反対に、それ以外の感情が窺えない。顔も見えず、ほとんど声だけなのに、それをいつもより機敏に感じることが難しい。きっと、南くん自身にも本当によくわからないのだろう。
少しばかり無責任なことを言うかどうか逡巡する。でも、そうだ。私には、南くんを励ます権利はある。私が怒っている、と言ったせいで、南くんは今、誰からもその行動を反省しろと言われているのだから。
「恵さんは、多分、約束を破ったことや、他人に迷惑をかけたことを怒ってるんじゃないと思う」
恵さんは怒りたくなかったのではないか、とだんだん思うようになった。だって、彼女の表情は罪悪感を抱えている人そのものだった。こんなことを言ってしまって、と息が物語っている気がした。それは、へこんでいる南くんを見る目が泳いでいたことも裏付けている。
「梗介くんが優しいこと、恵さんが知らないわけないじゃない。恵さんのためにした約束を果たせなかったら、って焦ることも恵さんにはわかってたと思う。だから、そんな風に自分で責任を負いすぎてこうやって怒らせないで欲しい、って思ってたのかなって思った」
南くんの思い付きはいつでも突飛で無茶だ。でもそれは恵さんから受け継いだ血であることは今まで二人を見ていてよくわかった。だから、彼女自身がそれを咎めてあれほど怒るだろうとは思えない。
懲りもせずに、恵さんについてわかったような口をきいてしまった。でも、いつの間にか少し近くなった南くんの息が、少しだけ鼻を掠めて笑い声として聞こえた。
「早川さんは、そういうこと、避けて通るタイプだよね」
思わずちらりと後ろを見た。お互いに壁を向いていたはずの私たちなのに、南くんは私の方を向いていた。暗がりでよく見えないけれど、その顔は笑っているように見えた。
「でも、言わないだけでずっと責任持ってくれてた。友達として俺にたくさん付き合ってくれて、へこんでるときに励ましてくれた。俺が押し付けた責任も、ちゃんと果たしてくれてる」
急に恥ずかしくなる。私は他人のことを、恵さんや南くんのことを散々わかったように語っておきながら、いざ自分のことも言われてみるとこんなにも変な気分になるのだ。リンゴの皮を齧ったときみたいな、甘いのに苦くて、食べられない味がする。
「早川さん。俺、名前で呼びたい」
私が頑固になっていることなんて、彼の前では今や無駄だ。そもそも、ずっと無駄だった。南くんはお願いを聞いてくれるけれど、それはひらりとかわしただけでいつか必ず回収してくるのだ。
「……うん」
早川 修とも、決着をつけなければならないのだから。それからでも遅くないけれど、ならば今からでも早すぎることはないだろう。
「けいさんは、俺のこと、好き?」
私の背中に問いかける南くんがどんな顔をしているのか、想像できない。胸の前に置いていた手のひらに伝わる振動が大きくなる。
そのことに責任を持つ準備は、たぶん、まだできていないから。




