#39 約束
適当に流して電話を切ると、南くんに肩をがっしりと掴まれる。
「な、なに?」
「女の子の部屋に男が泊まるのはやっぱまずい」
南くんは、本気で焦っているかのように顔色が妙に青い。
「別に私いないし、一応片づけてるから大丈夫だけど……」
「俺が嫌だ」
そう言って頭を抱えてしまう。そういえば、この家に来てから私たちに与えられた部屋はここだけなのだが。
「それよりも、今日私たちここで寝るのかな」
「……そうかも」
南くんの顔は、今度は真っ赤になった。
「いいや、やっぱりだめだよね。言ってくる」
ドタバタと客間を出ていく。南くんは、なんというか、慌ただしい。でも、今日は色々あったし、彼なりに整理がついていないこともたくさんあるだろう。
キャリーケースに背中を預けて、天井を見上げてみる。とても綺麗な家だ。この部屋は畳だけど洋風のモダンな和室で、まるで旅館みたいだ。
南くんはお金持ちなはずなのに、自分でお金を貯めて、貧乏生活までしている。それにはたぶん色々な理由があるんだろう。お父さんの会社がどうなったかとか、いずれちゃんと聞いてあげなくちゃいけない。
そんなことを考えていたら、ここ数日のバタバタによる疲れが急に押し寄せてきて、私は眠ってしまっていた。
何年ぶりかに見る息子はあんまり変わっているのにあんまり変わっていなくて、そんな風に思うと同時に、久しぶりすぎたことに腹が立ってしまった。梗介が連れてきた女の子は、肩までの黒髪のつややかなすっきりとした子だった。見た目の印象は地味だけど、暗そうには見えない。耳にかけた髪の垂れる首筋が綺麗な、和風美人だった。
梗介は日本人らしい女の子が好きだ。中高は外国人に囲まれて過ごしたけど、金髪で足が長くて青い目がチャーミングな女の子も、ダイナマイトバディな女の子も気に入らないらしい。
きっと、日本に来てさぞかし困っただろう。だって、たまにしか出会えないと言っていた自分好みの女の子がたくさんいるんだから。
本当は少しだけ、そうかもしれないと思っていた。梗介はけいちゃんを早川さん、と呼び、けいちゃんはここに来てからずっと困惑していた。自分の息子は私を本当はとても心配していて、きっとたくさん焦ってそんなことになってしまったんだって、わかっている。わかっているから、あんな言葉は酷かった、と少しだけ後悔している。
あの人が亡くなった時に、会いに来てくれなかったのに。
嘘で破った小さな約束よりも、もっと大切な約束があった。それを果たすために、自らの悲しみや傷を乗り越えて、ちゃんと一歩を踏み出せたことを、褒めてあげるべきだった。私のために、ありがとう、と言ってあげるべきだった。
ああ、きっと私は、もう約束なんてどうでもよくなっているんだ。息子に愛されていること、ただそれを実感できているだけで、十分だ。
だから、感謝を言えずに別れるなんてことがないように、梗介には約束を果たしてほしい、と思った。




