#29 南くんの両親
散々だった。何が散々かというと、夏休み真っ只中の、しかも沖縄行きの飛行機なんて、家族旅行者でいっぱいだ。着陸前になると、小さい子供が泣き、興奮し、それが伝播する。それは南くんという二十歳もそこそこの大きい子供とて例外ではなかったのだ。
うとうとしていた私は、隣からつんつんとつつかれて目を覚ました。見ると、南くんが目を潤ませていた。
「早川さん、手繋いでもいい?」
騙されるな。南くんはきっと鼻がムズムズしているんだ。彼が涙もろいことも知っているけれど、あまりにも大きい子供みたいで、困惑より先に、お願いを聞いてあげないと人道にもとるというような気にさせられる。今回だけ、特別ね──。口に出さないまでも思いながら頷いた。手汗でびっしょりした南くんの指先の脈打つのに合わせて、その言葉が頭の中をぐるぐるしていた。
何、これ。端から見たらただの恋人だ。キャラメル色の爽やかイケメンが、彼女に甘えているようにしか見えない。きっと周りの人にはそんな南くんしか目に入っていない。
着陸の瞬間の揺れを予測して怯える南くんは、近づくにつれ手を握る力が強くなり、目をぎゅっとつむる。心なしか、身体も私に寄せられている。
不安なのか、ぶつぶつと何かを呟いている。あんまり近寄るものだから、聞かないようにしていたのに聞こえてしまった。日本語にはない耳をつく子音の息の音。何と言っているのかわからなかった。
その呟きの全てが英語で、私には耳慣れないものだということに気が付く。南くんは、帰国子女といってもほとんど海外出身なんだ。日本語で会話できているのが不思議なくらいなのだ。こんな時に、英語で気の利いた言葉をかけてあげることができない。
だから、手を握った。南くんの温かい手を、恐怖に落ちてしまわないようにしっかり握った。
涙目でありがとうと言う南くんを見るのは何度目だろう。不思議な気分だった。友達だから彼のために何かしてあげたいと思うことはある。けれど、彼に感謝されるようなことをしている自覚はいつだってなかった。
機内を出ると、地面に降り立ってもいないのに南国らしいむっとした空気が鼻の周りをうろうろし始めた。来てしまった、沖縄。南くんの母親がいるらしいこと以外は、彼女の実家があるかどうかも知らない。なのに、私は彼のお金で来てしまった。
南くんに連れられるまま荷物を受け取り、タクシーに乗った。行き先を告げる姿まであまりにも手慣れていた。
「沖縄、よく来るの?」
「うん、まあ、たまにね」
南くんの両親は離婚していたのではなかったか。南くんは母親には会いに来ていたんだろうか。離婚したとは一言も言っていなかったけれど。
「なんだろう。二人、嫌になって分かれたわけじゃないからさ。父さんはそういうの気にしすぎてお腹壊すくらい繊細でへなちょこだったから、俺が代わりにたまに会いに来てた。バレてたとは思うけど、父さんには内緒で」
私を察したように、南くんは笑って語ってくれた。きっと、二人のことが大好きなんだ。今も昔も、南くんはずっと二人の間を繋いでいたかったんだ。
「お母さん、元気なの?」
「ああ。会ってみたらびっくりすると思うよ。ホントは身体が大変なのに、身内には見栄張るタイプだから。……実際、頑張ってるから。多分、元気だと思う」
何年間闘病しているのかも知らない。けれど、大変な日々なのだろう。それを強く生き延びている南くんの母親。いささか奇妙な経緯で彼女に会うことになったとはいえ、話を聞くほど会ってみたくなる。
「梗介くん、お母さんにもお父さんにも似てるでしょ」
「うーん、そうかな」
「でも、二人ともきっと綺麗な人だよね」
「それはそうだと思う。……え?」
「梗介くんも美人だから」
言ってしまってから、もしかしてこれは彼に言わないようにしていた心の声の一つだったのではないかと思い出した。だって、南くんはあんまりにも驚いていた。こういうときはいつもそうであるように、耳まで真っ赤だった。
「もう、早川さん、やめてよ」
いつかの酔っぱらい南くんに対して私が放った言葉のように、茶化しきれない台詞はあまりにも甘酸っぱくて、まだ青いイチゴみたいだった。




