#26 一緒に行こう
「早川さんの色々、たっぷり聞かせてもらうからね」
……前言撤回。南くんは、実はSっ気があるんじゃないかってくらい、綺麗ないたずらっ子だ。
南くんはやっぱり撤回してくれなかった。流れで誤魔化して保留にしてもらったものの、なかったことになるわけじゃない。むしろ、私が待ってもらう立場になってしまったことが、いっそう私自身を苦しめるのだろうとぼんやりと思った。
「それで、事情。聞いてもいい?」
「うん。ええと……そう、幼馴染みが泊まりに来るって、父親が勝手に決めたらしくて」
言葉に詰まる。ああ、これだけじゃあの人と顔を合わせたくないし泊まらせるなんてことをしてしまったが最後、何かが終わってしまう気がすることを南くんにわかってもらうなんて不可能だ。
「その子、男の子なんだけど、その──」
父親が、結婚させたがっている相手。吉澤 晴貴と私との関係は、何も知らない人には、いや、彼や私の過去を知っている人では尚更、理解しがたいものがあると思う。
南くんは首を傾げる。当たり前だ。ここまで聞いたって、南くんだって男の子なのだし、彼のところに逃げることに何の意味もない。
「とにかく、彼と関わりたくないっていうか、関わっちゃいけないっていうか」
このご時世に、いくらお金持ちだった南くんにも、親が結婚相手を押し付けてきて聞かないだなんて言うのが恥ずかしい。それだけならまだしも、そうなったことには不可解な経緯がたくさんくっついているのだ。
「まあ、なんとなくわかったけど……」
南くんはまだ首を捻っている。疑問が残るというよりは、何かを考えている風だ。ごくりと唾を飲んで見つめていると、やがて、ぽんと手を打った。
「……よし、うん。早川さん、一万円くらい貸してくれる? 次の給料日に返すから」
南くんは至って真顔だった。お願いにお願いで返されて、少し困惑したけれど、頷く。南くんにも考えがあるんだろう。
「それじゃ、五日間くらいバイト休める?」
「え?」
「一緒に行こう」
やっと、にっ、と笑った。いたずらっ子みたいに、横に引いた唇が上がっている。南くんの痩せた頬に、笑窪が浮かぶ。
どこに、と聞く前に南くんはべらべらと喋りだす。五日分くらいの着替えと、洗面用具と、タオル……はあるかな、多分。
「ちょ、ちょっと待って。どこに行くの?」
「沖縄。母さんのところ」
南くんの笑顔は、いたずらっ子なんかじゃなかった。久しぶりに会える母親にどうやって甘えるかを考えている子供だった。説明不足でも、十分察してしまう。南くんが日本に帰ってきて、不思議にも貧困学生を演じていたわけ。夏休みの予定は、今のところはない、と言ったこと。
全て、母親に会いに行くためだったんだ。




