#25 お願い
「俺もお願い、聞いてもらうから。覚悟しといてよ」
挑戦的に言おうとしたんだろう。拗ねたみたいに細められた目も、きゅっと結んだ唇がかわいらしくて、思わず笑ってしまった。南くんの頬は、相変わらず真っ赤だった。
私は気が動転ついでに、自ら飛び出した南くんの部屋の前に戻ってきていた。そして、どうしたものかとまた途方に暮れた。
明日から泊まる。ヤツではないにしても、ヤツとグルのあの人が。私の部屋に。意味がわからなかった。けれど、さっきの事後報告は知らないままよりはよかったのかもしれない。こうして少しでも抵抗しようと考えられるのだから。
インターホンを押しても、しばらく南くんは出てきてくれなかった。心配になってもう一度押そうかどうか迷い始めた頃、おずおずと扉は開いた。
片手に私のスニーカーを引っかけた南くんは、私の足元と、それから私の顔を見て、噴き出した。
「早川さん、慌てすぎ。荷物も置いていったし、どういう意味なのかと結構考えちゃった」
南くんはぼやっとしていることは多いけれど馬鹿ではない。だから、私の変な行動を冷静に論理的に解析しようとしていたと思うと恥ずかしい。誤魔化すために、私は言葉を探した。
「ちょっと南くん、お願いがあるんだけど」
「梗介」
「梗介くん、無理は承知なんだけど──」
そんなやり取りを普通にできていることが、だんだん不思議に思えてきた。あぁ、恥ずかしい。思い出してしまうどころか、さっきから一秒も頭を離れない。南くんの放った言葉の攻撃力の高さは、しかも持続的に私にダメージを与えている。
「とりあえず話は聞くから、玄関はやめようぜ」
南くんは心底面白そうに笑った。何故だろう、私があまりにも狼狽しているからだろうか。今まで、南くんが動揺したり、走って逃げたりということはあったけれど、私の方はなかったからだろうか。
先ほどまでお邪魔していたのと同じ部屋のはずなのに、違って見える。以前来たときとも、全く違う。それは、あの時とても散らかっていたからで、今のこの景色は正常なのだろうけれども、そういう物理的な違いだけじゃなくて──そう、なんだか、小さいことまで気になってしまう。
「まあまあ。俺は逃げないから、とりあえず飲みなよ」
私が手をつけたまま置いていったグラスだった。絶妙にオシャレなことに、ジャスミンティーが入っている。勿論、南くんが淹れた。
「それで?」
「一日……えっと、ううん、何日か、泊めてください」
「……え?」
やっぱり驚くし、ダメだよね。そう思って顔を上げたら、今度は南くんがわたわたし始めた。目が泳いでいる。一生懸命平静を装いながら、そわそわと足を組み替えた。
「……ねえ、早川さん。俺の言ったこと、聞いてた?」
「う、うん」
「飛び出して行ったのって、やっぱり、なんというか、びっくりしたからかなって思ったんだけど」
「……ごめん、あの、保留にできないかな。ちょっと、事情が──」
キャラメル色がふさふさ揺れる。南くんは清々しいくらい荒っぽく頭をかいて、前髪をかきあげて、息をついて、思いっきり動揺している。
「……難しい」
「ですよね」
「でも、早川さんの頼み、断れない」
あー、と声を漏らした南くんの真っ赤な顔と悔しそうな声が、なんだか変に魅力的で、私までドギマギしてしまう。




