#20 友達なら
「…………」
そもそも私は、南くんが私の名前を呼ぶほどは、南くんの名前を呼んでいないだろう。今更変えろと言うのならば、頷いておいて呼ばなければいいのだ。
「わかった」
沈黙の長かった私を不審に思うこともなく、南くんも満足げに頷く。
「なんで名前、ダメなの?」
どう答えるか悩む。だって、家族のことは南くんにとってもナイーブな問題なのだ。私の話で彼が嫌な気持ちになるかもしれない。
「ちょっと、嫌いな人のことを思い出しちゃうから」
言ったっきり、南くんもそれ以上聞いては来なかった。当たり前だ、彼だって他人に踏み込まれないようにしていた同類だから。例え私が足を踏み入れたとしても、お互いに全てが許されるわけじゃないことも、私たちだからよくわかっているはずだ。
沈黙が佇んでいる。南くんに帰省しないのか、と聞きたかった。でも、自分のことを聞かれるのは嫌だ。
「早川さん、夏休みバイト以外に何かしないの?」
「うん。南く……梗介くんは?」
この人、きっとこれを狙っていたんだ。思わず口をついて出た南くん、に、口元を手で覆うと、南くんは嬉しそうに笑った。
「そうそう。……うん、俺も今のところは、バイト尽くし」
今のところは。意味ありげな言葉に反射的に首を傾けると、南くんも同じように首を曲げた。
「ね、俺んち来ない?」
「え、今から?」
「うん。こないだ、めちゃくちゃ汚いとこ見せちゃったからさ、本来の姿をお見せしておきたくて」
冗談めかして言う南くんの頬は、赤かった。さっきまで酔いは覚めて顔色も戻ってきていたはずじゃなかったっけ。
「でも……」
何をしに行くというんだろう。宅飲みでもないし、こないだは指輪を返しに行って、南くんが倒れちゃったからお邪魔したまでだ。思索を巡らせていると、南くんは困った顔で額を落とした。
「ごめん。嫌だった?」
「いや、別にいいけど……。明日じゃダメ? 今日はいきなりすぎるから」
自分でもよくわからず、断るでもなく提案してしまう。南くんは、にっこり笑った。
すっかり南くんのペースに飲まれていたことに気づく。ご機嫌なままの南くんと別れて、唐突に後悔が押し寄せてきていた。
待てよ、何の意味もなく異性の部屋に行くのは、さすがにーー。
友達なら平気。普通のことだ。そのくらいのことだと思うことはできるのに、心臓の脈打つ音が、とても痛かった。
余裕があるときに一日二話投稿するということで、クオリティーのために無理はしないことにします。




