#18 結末の噂
嘘でしょ……? そんな言葉が漏れた。頬をつっと滑って、顎からぽたりと落ちる。生温い涙は気持ち悪くて、袖で乱暴に拭った。
ゆっくりと私を向き直した、笑顔のはずだった南くんは、少し傷付いたみたいに瞳を揺らした。
「ちょっと南くん、やめてよ」
なるべく冗談に聞こえるように言ったつもりだったのに、うまく演技ができなかった。手で押し戻した彼の背後に、顔見知りが何人も見えた。みんな、にやにやしている。酔っ払いらしく興奮した様子の彼らが、南くんよりも、私をじろじろと見ている。
「じゃ、お二人は置いて、二次会行きますか~!」
声が上がる。え、なんで? という私の小さい声は誰にも届かなかった。南くんを見ても、にっこり笑っているだけで何も言ってくれない。
「待ってよ! 南くんはいいの?」
「南くんは、早川さんと飲み直したいって」
男子が南くんの肩を叩く。じゃ、と言って彼らは去っていってしまう。こんな酔っ払いを押しつけられて、相手が南くんじゃなくたって嫌だ。睨み付けようと思って視線をやった張本人は、目が合うなり目を細めてふわりと笑う。そんな笑顔を向けられたら、睨む気なんてなくなってしまう。
「久しぶり」
首を傾げて、子供みたいに無邪気な表情だった。なんで、いつもこうなんだ。私がもやもやしていたことなんて何も知らないで、呑気に笑う。
「……どうするの?」
「え?」
「どっか入る?」
首まで赤いけれど、南くんはまだ飲めるだろう。こないだだって、あれだけ飲んでも体調が悪いとは言わず、元気に走って帰ってしまうくらいなのだから。
「……いいや」
南くんの目が、現実に焦点を合わせ始めている気がする。さっきよりもずっと、戻ってきている。
「だって、また忘れちゃったら困るから」
冗談ではなく、真剣な響きだった。どうしてまた、私は彼に振り回されているんだろう。いきなり酔って押しかけてきて、二人にされて、困るし怒っていたはずなのに、南くんがこんな風に少し寂しそうにするから、何も言えなくなる。
あの日、お店を出た後に南くんを座らせたベンチ。素面の私と、覚めかけの南くん。生温い風が、そのちぐはぐの違和感そのものみたいだった。
「久しぶりだね」
「南くんも」
「何してたの?」
「バイトしてた」
南くんの声は、明るくなっていた。持ち上げたピンクの頬に乗った瞳が、キラキラ輝いている。
「早川さん、元気でよかった」
その言葉に、また罪悪感が首をもたげる。
「……ごめん」
「なんで?」
それでも、南くんはあっけらかんと笑った。ああ、この人はどこまでこうなんだろう。勝手にもやもやして、勝手にへこんだ私の気持ちをひらひらと避けて飛んでいる蝶々みたいだ。
杞憂の反作用みたいに、溜め息をつく。とぼけたみたいに嬉しそうな南くんの横にいると、小さなこと一つ一つがどうでもいいかな、と思えてくる。彼は、あまりにも楽天的に捉えすぎなときがある。こと、私との関係においては。
「なんかさ、俺、早川さんと付き合ってることになってるらしいよ」
ほら、こんな風に。後先も考えずにそんなことを言っちゃうんだ。




