#13 きっかけ
「こうやって、早川さんと話せるきっかけにもなったし」
そのとき、南くんが私を見放していなかったことが明らかになった。わかって、胸がじんわりとした。何故だろう、私はすっかり南くんの「友達」を辞めるつもりはなくなっていたみたいだった。
南くんのアパートは、コンビニからすぐのところにあった。築30年は過ぎているであろう年季の入った建物。辛うじて塗り替えられた壁の白色が、場違いなほど明るい。真っ青な顔の南くんは、ああ言うものだから、深夜で人通りが少ないとは言え不審がられるのもよろしくなかったから、家まで来て欲しいと言った。
「……散らかってるけど、許して」
玄関に入ると、芳香剤の香りがした。扉を開けた先の部屋にはおしゃれな家具が並べられているけれど、あらゆるものが散乱していた。でも、その散らかり方は少し不自然だ。不必要に、机の上に積まれたみたいな洋服。わざわざ本棚から全て出したみたいな本の山。南くんは、床に落ちている服を拾い上げて、乱暴に部屋の隅へと投げやった。
どこからか引っ張り出してきて座布団を敷かれたので、そこに座らせてもらう。南くんはと言えば、自分のスペースをなんとか作り上げて、私を見据えた。
「これ」
ポケットから封筒を取り出す。南くんはすぐに中から指輪を取り出して、自分の薬指にはめた。
「ありがとう。あの、早川さん……」
「南くんの指輪、私が持ってたの。こないだ、帰り際に私が外したの」
「うん。知ってる。思い出した」
南くんは何か言いたそうだ。でも、どうしてか聞くのが怖い。散らかった部屋を他人に見せるということも、きっと本当はとても恥ずかしいことだろうと思う。私が彼のことを知りたいと思うのは、あくまで私たちの不思議な関係を壊さないようにしながら、だから。彼の口から吐かれて知ってしまうのでは、いけないこともあるかもしれない。
「私も酔ってたから、ごめんなさい」
思い出したと言うならば、謝るべきだと思った。だけど、思い出してしまえば、謝るべきことが多くなってしまっていた。私の発言と指輪のことだけでなく、指輪を持っていたのに黙っていたこと。だけど、南くんは力なく笑う。
「……もう、早川さんには何を隠しても無駄なんだよな」
ああ、南くんは、捨てようとしている。でも、自分でそうしろといったのに、聞きたくないとまで思ってしまう。自分を守っていた仮面を、私にだけは被らないようにと、捨てようとしていることを。
「思い出して、考えた。嘘、ついてちゃだめだよね。早川さんは、これのこと、知りたい?」
それでも、身体が勝手に動いていた。私は、知らなくちゃ、と思ったのだ。南くんが隠していることを。友達として、それを放っておくわけにはいかないと思ったのだ。
「この指輪は、父の遺品なんだ。去年亡くなって、それで日本に帰ってくることになった」
南くんは、嬉しそうだった。指輪を外して、その内側に刻まれた文字を人差し指でなぞる。父親の結婚した日。やっぱりそうだったんだ。南くんが再びそれをはめるまで、私は何も言えずに彼の動きを見ていた。
「なんでって聞かれると、どう答えていいかわからないけど……。みんなが勘違いしていてくれれば、これを、父と同じように身に着けていられることは面白いし、ちょうどよかった。どっちにしたって、みんなわざわざ触れようとしないから」
どうやって反応すればいいのか、予測していたにも関わらず、いざ聞いてみると何も考えていなかったし、思いつかなかった。けれど、これでいい気もした。南くんは、私に話したくて話してくれている、そんな気がした。血まで吐き出すかのように、余計なものまで口にすることなく、ただ純粋に大切な話をしてくれた、そう信じられた。




