第二章 設備投資の暴力――魔王軍幹部討伐ライブ配信とインサイダー取引
ダンジョン第二層。薄暗い洞窟の奥には、紫色の禍々しいオーラを撒き散らす巨獣が鎮座していた。頭部が三つある巨大な漆黒の犬。魔王軍幹部:剛腕のケルベロス。その足元には、恐怖で身をすくませる駆け出し冒険者たちが転がっている。「グオオオオオッ!人間の羽虫どもが!我が爪の錆にしてくれるわ!」咆哮一発で洞窟の天井がみしりと鳴り、落石が降り注ぐ。まさに絶望を体現したような光景だった。だが、その緊迫した空間に、あまりにも場違いな男が、後光を背負うような爽やかな笑顔で一歩を踏み出した。「大丈夫かい、君たち。もう安心だよ」カイル・バロン。最新の装飾甲冑を光らせ、完璧な角度で髪をかき上げながら、空間に浮かぶ透明な撮影用魔導カメラへ向かって優しく微笑みかける。「配信サーバーの同時接続数、三十万人を突破しただポチ!投げ銭の勢いが止まらないポケ!【カイル様結婚して!】【防具かっこいい!】ってコメントで画面が埋め尽くされてるポケ!」空中に浮遊するポケポケが、目にも留まらぬ速さで配信画面のUIを調整し、画面下部にデカデカとテロップを表示させる。【緊急生配信】勇者カイルが突撃!絶望のダンジョン救助劇&ユウボウ新作防具お披露目セール。画面下のリンクから即購入可能!「な、なんだアイツらは……!?命がけの戦場だぞ!?」倒れていた新人冒険者が呆然と呟く。その横を、派手な虹色の光とスポンサーロゴを撒き散らした重戦士ガルドが、ドスドスと重い足音を立てて通り過ぎていった。胸元のロゴドワーフ銘酒:黒龍丸がピカピカと眩しく点滅している。「おいケルベロス!泥臭い真剣勝負と洒落込もうじゃねえか!」「ぬおっ!?なんだそのチカチカうるさいオッサンは!目が眩むわ!」ガルドが巨大な大斧を構えて突撃する。ケルベロスの巨腕が振るわれ、ガルドの胸甲に激突した。ガツン!と破壊音が響くが、ガルドはビクともしない。むしろ、衝撃を受けたことで胸のスポンサーロゴが「感謝の還元セール実施中!」とさらに激しく発光した。「よし!画角フレームバッチリだポケ!ガルドの泥臭い防御シーンで、オッサン層の投げ銭が跳ね上がったポケ!」「見事な盾役ね、ガルドさん。そのまま敵のターゲットを固定し続けなさい」私は洞窟の入り口付近で、冷ややかに演算魔導端末を操作していた。「グヌヌッ! チョコマカと鬱陶しいわ! 殺してやる!」ケルベロスが三つの口から灼熱の火炎を吐き出そうと息を吸い込む。普通のパーティーであれば、ここで地道なレベル上げによって培った回避技術や、泥臭い連携プレイで攻撃を凌ぐのがセオリーだ。しかし、私の辞書にそんな非効率な時間消費の文字はない。時間=コストなのだ。地道な修行に数ヶ月を費やすくらいなら、その時間で稼いだ資本を使って圧倒的な解決策を即時調達すればいい。「ポケポケ、決済承認。アセットID:99482「極大氷結魔法:絶対ゼロ度:絶対零度・プレミアム版をショップから即時買い付けダウンロードしなさい」「了解ポケ! 残高から八百万ゴールドが即時引き落とされたポケ!魔法発動のライセンスを取得しただポチ!」私の目の前に展開された幾何学模様の魔導陣が、青白い閃光と共に一瞬で黄金色へと変色した。通常、極大魔法を習得するには最低でも十年間の修道院での修行か、あるいは数千回の実戦経験が必要となる。だが、資本主義が発達した現代の魔導体系において、スキルとは、購入してインストールするものだ。「さようなら、魔王軍の固定資産:ケルベロス。あなたの存在は、我がポートフォリオの肥やしとなるわ」私の一言と共に、黄金の魔導陣から無数の氷の鎖が射出された。
チュドババババババッ!!
「ギャアアアアッ!??な、なんだこの圧倒的な魔力量はぁぁぁっ!?」ケルベロスの巨躯が一瞬で極寒の氷塊へと封じ込められていく。それだけではない。私が高額なオプション料金:三割増しを払って付与したビジュアルアップエフェクトが発動。凍りつく氷塊の周囲に、幻想的なダイヤモンドダストと神秘的な賛美歌のBGMが自動再生された。「きれい……」 「なんて美しい魔法なんだ……!」配信の視聴者たちが息をのむ。「投げ銭の嵐だポケぇぇぇっ!一瞬で一千万ゴールド達成!魔法の購入費用:設備投資をわずか三分で回収完了しただポチーッ!!」「計画通りキャピタル・リカバリーね。回収効率百二十五%……悪くないわ」氷漬けになったケルベロスに向け、カイルが美しく聖剣ソクラテスを掲げた。「みんな、怪我はないかい? 正義はいつだって、君たちの味方だよ」「おいカイル! ポーズを固定しろ!カメラの角度的に私の柄に刻まれたユウボウのロゴが綺麗に映る位置だ!そのままキープしろ!」聖剣が叫ぶ中、カイルは完璧なウインクをカメラに贈った。配信画面には【倒討完了!今ならユウボウのレプリカ聖剣が二〇%オフ!】の巨大バナーが躍り、注文の殺到を示すサーバーの警報音が鳴り響いた。
討伐が完了し、現場の混乱が収まりつつある中、私は一人でダンジョンの陰に身を潜め、演算魔導端末の数値を凝視していた。「……ここからが、本日のメインの取引よ」私の指先が、目にも留まらぬ速さで魔法サーバーの証券取引インターフェースを叩く。魔王軍の幹部が討伐されたというニュースは、まだ市場には出回っていない。現場の配信は私たちが独占配信しており、情報の一次ソースは完全に我がパーティーが握っているのだ。「ポケポケ、現在の防衛関連株と魔界ホールディングスの株価は?」「ポケッ!人間界の防衛大手、王立軍需産業は、ケルベロスの出現ニュースで恐怖が広がり、現在暴落中ポケ! 逆に魔界の魔王界不動産や魔王Theデビル24フィットネスの株価は高騰してるポケ!」「素晴らしいわ。市場はいつも、過剰に恐怖し、過剰に浮かれ立つ……この情報の非対称性こそが、最大の利益を生むのよ」私は冷酷な笑みを浮かべ、注文ボタンを連続でタップした。
暴落中の人間界・防衛株:王立軍需産業を、手元の資金全額で底値買い集め。
高騰中の魔界企業:魔界ホールディングスおよび関連株を、限界まで空売り。
「リ、リナ……! これって完全にインサイダー取引だポケ!冒険者ギルドのコンプライアンス規約に激しく抵触するポケ!」ポケポケが毛を逆立てて焦り出す。「何を言っているのポケポケ。私は『討伐が成功した』という事実を、一般公表よりほんの三分だけ早く知っているだけよ。一次情報へのアクセス権を持つ者が、その優位性を利用して資産運用を行う……経済学ではこれを合理的な情報インセンティブと呼ぶの」「ただのインサイダーだポケぇぇぇっ!!」「いいから、速報ニュースのリリースボタンを押しなさい。人間界の報道機関へ、討伐成功の映像を独占配信するのよ」「ポ、ポケ――ッ!」ポケポケが泣く泣くリリースボタンを押した。数秒後。全街の水晶モニターと通信端末に、衝撃のニュースが駆け巡った。「速報!勇者カイルパーティー、魔王軍幹部:剛腕のケルベロスを完全討伐!ダンジョンの安全が確保されました!」その瞬間、証券市場が牙を剥いた。直前まで暴落していた人間界の防衛株:王立軍需産業の株価が、垂直立ち上げでストップ高を記録!逆に、幹部敗北のショックを受けた魔界企業の株価が、地獄の底へ向かって真っ逆さまに暴落ストップ安を起こした!私のアカウントの評価額を示す数値が、狂ったような勢いで跳ね上がっていく。画面のインジケーターが激しく明滅し、利益確定の通知が怒涛のように押し寄せる。「……ふふ、ふははははっ! 素晴らしいわ!一頭のケルベロスから得られる討伐報奨金なんて、たかだか五十万ゴールド。けれど、このマーケットの差益で得た利益は、三億二千万ゴールドよ!」「三億……!? 幹部一頭で国家予算レベルの金が動いてるポケ……!」ポケポケが泡を吹いて卒倒しそうになる。設備投資:八百万ゴールドを即座に投じ、圧倒的な戦力で幹部を秒殺。その映像をコンテンツ化して投げ銭と通販で稼ぎ、最後は市場の動向を先回りして莫大な株式差益をかっさらう。労務:泥臭い戦闘を最小限に抑え、資本と情報のアドバンテージを極限まで活用する。これこそが、私の構築した「勇者経済学」の真骨頂だった。
「やあ、リナ。怪我した冒険者たちの応急処置が終わったよ」カイルが爽やかな汗を拭きながら戻ってきた。後ろでは、ガルドが鎧を脱ぎ捨て、地べたにへたり込んで荒い息を吐いている。「はぁ……はぁ……死ぬかと思ったぞ……あのバカ犬、俺の鎧の黒龍丸のロゴばかり狙って噛み付きやがって……!」「お疲れ様、ガルドさん。おかげで黒龍丸のメーカーから追加の特別手当として五十万ゴールドが支払われたわ。全額、あなたのカジノ準備資金……じゃなくて、借金返済口座に入れておくわね」「おおっ! 本当か!?よし、これで来月の7月14日がさらに楽しみになってきたぞ!」単純なガルドは、自分の借金がどれだけ減ったかも計算できずに無邪気に喜んでいる。彼がいくら稼ごうと、7月14日にオープンする「私のカジノ」で全額回収される仕組みになっているとも知らずに。「ポケポケ……。ガルドには、例のディーラーを手配しといて」「……分かってるポケ」ポケポケが憐れみの目をガルドに向けながら、小声でメモを取る。
「それにしても、リナ」カイルが自分の聖剣を鞘に収めながら、不意に真面目な顔で尋ねてきた。「今回の幹部討伐で、魔王軍の動きも少し変わるかもしれないね。彼らもただの力押しではなく、経済的なアプローチを仕掛けてきている。……次は何が来ると思う?」私は端末の画面を閉じ、琥珀色の瞳をカイルに向けた。「敵の狙いは明確よ、カイル。彼らは魔王Theデビル24フィットネスでヘルスケア市場を抑え、次は人間界の不動産(ダンジョン周辺の土地を買い占めにかかっているわ。地値を吊り上げ、冒険者の参入障壁を高めて私たちの軍需エコシステムを兵糧攻めにする気ね」「不動産の買い占め……地雷のような地上げ工作かい?」「ええ。でも、甘いわね」私は不敵な笑みを浮かべ、天幕へ向けて歩き出した。「相手が不動産バブルを仕掛けてくるというなら、こちらには地上げと証券化という最高のカウンターがあるわ。……さあ、次は街の土地を丸ごと買い叩くわよ!」「おー!土地転がしか!よく分からんが俺の斧で地鎮祭でもすればいいんだな!」空気を読まないガルドの叫び声が、ダンジョンの出口に虚しく響き渡った。資金力による設備投資の暴力と、市場を支配するインサイダー取引。異世界を舞台にした私たちの強欲な経済戦は、さらに過激な不動産戦争へと加速していくのだった。
「ポケポケ、ケルベロスにかけた極大魔法をときなさい。」
「え? なんでぽけか?」
「私は、十分稼いだわ。命まで取る必要はないわ。」
「そういって……また釣銭稼ぎを…………ポケ」
「……ケ、ケルベロスにも、家族はいるわ……。多分……。」




