第一章 型落ちスキルの不労所得と、鎧に刻まれたスポンサーロゴ
朝日が昇ると同時に、平原に広がる初心者向けダンジョン・迷宮の門の前には、あどけなさの残る駆け出し冒険者たちが群がっていた。使い古された革の胸当て、刃の零れた安い鉄の剣。誰もが一攫千金を夢見てこの業界に飛び込んでくるが、その八割は最初の三ヶ月で怪我を負って廃業するか、装備のローンが払えずに街の片隅で日雇い作業員に転落する。「……本日も健全な需要が発生しているわね」私はダンジョンを見下ろす丘の上で演算魔導端末を開き、視認できる新人冒険者たちの属性、レベル、保有資金を網羅したデータを高速でスキャンしていた。「ポケポケ、今期のスキル・サブスクリプション事業の収益報告をお願い。」肩の横でふわふわと浮遊するポケポケが、小さな手帳型の魔導端末を取り出してパチパチと操作する。「ポケッ! 順調そのものだポケ!駆け出し冒険者向けに貸し出している『中級火炎魔法:フレイムバースト』と『三連突き:トリプルスラスト』の月額リース契約数が、今月だけで前月比百四十%を記録したポケ! 貸出中の型落ちスキルカード数は合計三千二百枚を突破しただポチ!」「素晴らしいわ。減価償却の終わったアセットが、何もしなくても毎月チャリンチャリンとゴールドを生み出してくれる……これぞ不労所得の醍醐味ね」冒険者が強くなるためのスキル。かつては血の滲むような修行か、超高額なスキル宝珠を買い取ることでしか習得できなかった。だが私は、パーティーで使わなくなった旧式のスキルや、市場で二束三文で叩き売られていた一世代前の型落ちスキルを大量買い占め。それを魔法の媒体にエンコードし、若手冒険者へ月額定額制で低価格リースするシステムを構築したのだ。「でもリナ、契約書の裏面に書いてある解約不可・三年自動更新条項と違約金制度について、冒険者ギルドからちょっとだけ突っ込みが入ってるポケ……『若者の未来を搾取している』って……」「失礼ね。彼らに『修行なしで今すぐ強くなれる体験』を提供しているのよ?投資に対するリターンを求めて何が悪いの。契約書の第四十二条(小文字表記)を読まない方が悪いわ。それに、ギルドの支部長には毎月『福利厚生協力金』という名目の経費を落としているはずよ」「……リナのそういう容赦ないところが、一番魔王軍より魔王軍らしいポケ」「ビジネスにおいて最大の罪は赤字よ、ポケポケ。さ、次は本日のメインイベント。歩く巨大看板の現地実証実験に行くわよ」
「お―い! リナ! ガルドの準備が整ったよ!」
丘の下から、カイルの爽やかな声が響いた。彼が身にまとっているのは、ユウボウと共同開発した最新型・軽量化装飾甲冑だ。朝日に照らされて眩いばかりの光を放ち、周囲にいた女性冒険者たちが「キャー! カイル様よ!」「こっち向いてー!」と悲鳴を上げている。「ふむ、可視光線の反射率も計算通りね。カイルが立っているだけで周囲の注視度が集まるわ」「はぁ……はぁ……リナ……俺は……俺は耐えられん……!」その隣で、地獄の底から響くような怨嗟の声を漏らしていたのは重戦士ガルドだった。彼が着ている爆裂粉塵強欲の鎧は、一見すると無骨で重厚な黒鉄の鎧だ。しかし、陽の光を浴びた瞬間、私の仕込んだビジュアルアップエフェクトが発動する。シュババババッ!と派手な虹色の粒子がガルドの全身から噴き出し、胸甲の中央には真っ赤な光で文字が浮かび上がった。「お酒は二十歳になってから!創業百年・ドワーフ銘酒:黒龍丸!」さらに、ガルドが背負う巨大な大斧の側面には、くっきりと黄金の文字で看板が浮かび上がる。「防具のサビ落としならこれ一本!魔法ワックス【ピカピカ君】絶賛発売中!」「な、なんだこのチカチカした光はぁぁぁっ!鎧が!俺様の誇り高き鎧がパチンコ屋の開店祝いみたいになってるじゃねえか!!」ガルドが叫ぶたびに、胸元の黒龍丸のロゴが点滅を強める。「ガルドさん、声を荒げないで。感情の高ぶりによって魔力が励起され、ロゴの輝度が二〇%増す仕様になっているの。非常に良いプロモーションになっているわよ」「ふざけるなー!これじゃ魔物と戦う前に、俺がネオン街の客引きじゃねえか!」「まぁまぁ、落ち着きなよガルド。さぁ一緒に紅茶でも飲もう」すさかさずカイルが魔法瓶から温かいハーブティーを注ぎ、優しくガルドに差し出す。「紅茶で誤魔化せるか!カイル、お前だって聖剣を喋らせられてるんだぞ!?恥ずかしくないのか!」「おいガルド! 私の知性を“喋らされている”などと低俗な言葉で表現するな!私はカイルのブランド価値を増幅させる最高級の対話型AIアセットだ!それに比べてお前の鎧の視認性の高さはどうだ!素晴らしい広告効果じゃないか!」腰の聖剣ソクラテスが甲高い声でガルドを論破する。「ぐぬぬぬ……!剣まで小生意気に喋りやがって……!」「ガルドさん」私は冷ややかな笑みを浮かべ、演算魔導端末の数値を彼に見せた。「あなたがその歩く看板としてダンジョン前を往復してくれるだけで、スポンサー企業三社から一日あたり合計四万ゴールドの広告掲載料が支払われるわ。そのうち一割を、あなたの借金返済口座に直接振り込む契約になっているのだけれど……拒否なさる?」「……い、一割……一時間で四千ゴールド……?」ガルドの目がピクッと揺れた。四千ゴールドといえば、彼が若い頃に命がけで低級モンスターを十匹討伐して得ていた日銭と同額だ。ただ光る鎧を着て立っているだけで、その金額が勝手に返済口座へ吸い込まれていく。「……あ、いや、しかし武人としての意地が……」「さらに、ガルドさん。あなたをモデルにしたデフォルメフィギュア『むちむちガルドちゃんストラップ』の今月の売上ロイヤリティも上乗せされるわ。街の幼女や一部のマニア層に大ウケなのよ」「誰が“むちむち”だ誰がぁぁぁっ!!」「あと、あなたには関係ないかもしれませんが、来月の7月14日にこの街にカジノがオープンするらしいわ。バカラもあるそうよ」「………」静寂が漂う。ガルドの目が泳ぎ、額から冷や汗がポロリとこぼれ落ちた。
結局、ガルドはブツブツと文句を言いながらも、虹色の光とスポンサーロゴを撒き散らしながらダンジョンの入口へと歩いて行った。その圧倒的な存在感に、群がっていた駆け出し冒険者たちが「うわあ! あれが有名勇者パーティのガルドさんだ!」「あの鎧、黒龍丸のCMのやつだ!」と大歓声を上げる。「思惑通りね。ガルドの不器用で愚直なオッサンというキャラクター性は、庶民にとって親近感の塊なのよ。カイルのような雲の上のイケメンには案件を出せない地元の小規模事業者が、ガルドの枠を買いに来るの」私は満足げにワイングラス……ではなく、カイルの淹れた紅茶を口に含んだ。「完璧なポートフォリオだわ。カイルでハイエンド層と若年層を囲い込み、ガルドでロワーミドル層とオッサン層を完全補足する。そして私はその裏で全体の資金流動性をコントロールし、不労所得を自動回収する……」「リナ、顔が完全に悪代官のそれになってるポケ」ポケポケが呆れたように浮遊する。その時、端末の緊急アラートが甲高い音を立てて鳴り響いた。画面に真っ赤な警告文字が躍る。「警告:ダンジョン第二層において、魔王軍直属・中級幹部:剛腕のケルベロスの出現を確認。周辺の駆け出し冒険者パーティ、多数閉じ込められ危機的状況」「ポケッ!リナ、大変だポケ!ダンジョンの安全率が急降下してるポケ!救助要請が出てるだポチ!」「落ち着きなさいポケポケ。パニックは市場の暴落を招くわ」私は瞬時に端末の画面を切り替え、事故現場の損害予測と、我がパーティが出動した場合のコストパフォーマンスを弾き出し始めた。「ガルド! カイル! 現場へ向かうわよ!」「おおっ! ついに実戦か!助けを求める民のために、このガルド・ゴウザン、一肌脱ぐぞ!」ガルドが胸を張り、光る鎧をガシャガシャと鳴らす。「待ちなさいガルド。ただ助けに行くだけじゃ、単なる無償の労働よ。そんなものは経済活動ではないわ」「な……なんだと!目の前で人が死にそうなんだぞ!?」「だからこそよ」私は演算魔導端末を操作し、街の大型水晶モニターおよび全魔法サーバーへアクセスを開始した。「ポケポケ、討伐ライブ配信のチャネルを開設。タイトルは『【緊急生配信】勇者カイルが突撃!絶望のダンジョン救助劇&最新極大魔法のお披露目セール』。投げ銭機能スパチャと、ユウボウのリアルタイムタイムセールリンクを画面下に常時表示しなさい!」「了解ポケ!配信サーバー接続完了!視聴者数が一瞬で十万人を突破しただポチ!」「カイル、笑顔を絶やさずカメラ目線で突入しなさい。ガルド、あなたは民を護る盾として一番泥臭いポジションでカメラのフレームに収まり続けること。いいわね?」カイルは完璧なスマイルで「了解だよ、リナ。最高のエンターテインメントを届けよう」と聖剣を抜き、ガルドは「お、俺は見せ物じゃねえぇぇ!」と叫びながらダンジョンへと走り出した。私は青白い魔導の光を全身に纏い、冷徹な笑みを深める。「さあ、設備投資:高額魔法の回収時間よ。魔王軍の幹部さん、あなたの命を最高のキャピタルゲインに変えさせていただくわ」異世界を侵食する「資本主義の暴力」が、いよいよ本気で牙を剥き始めていた。
「ところで、リナ」
「何かしらポケポケ」
「さっきガルドに言ってたカジノって、リナのカジノ店のことポケよね……」
「………さ、さあ、ポケポケ! 私たちの配信の準備よ。本日も華麗に舞いましょうね」




