最終話
「お願い、出して」
訴える女の前には、黒い鉄格子。
白く細い足首も鉄の鎖につながれている。
荒野に囲まれ、ぽつんと建つ古びた石の城。
伯爵位を得たダミアンに下賜された領地と、その領主の城だった。
その城の一角に建つ高い塔に、城主夫人であり伯爵夫人でもあるソレイユ・ヴィオレこと、ルナは監禁されている。
ルナは鉄格子の向こうの夫に懇願した。
「お願いよ、ダミアン、私をここから出して。私はあなたの妻よ? 伯爵夫人なのよ!? どうして閉じ込めるの!?」
「これがあなたのためだ、愛しいソレイユ」
ルナの夫はあくまでも優しく、子供に語りかけるように新妻に言い聞かせる。
「あなたは目を離すと、誰に奪われるかわからない、私の太陽。アウルムにいた頃も、私の知らぬ間に様々な男があなたに触れていた。私はもう、二度とあんな苦しみを味わいたくない。あなたは私だけの妻。だから、これが最良で最高の方法だ、ソレイユ。私の太陽の姫」
ダミアンの手が、鉄格子をつかむルナの白い手をうっとり、なでつづける。
ルナは懸命に叫んだ。
「もう浮気しない! 他の誰とも仲良くしないから! だからお願いよ、ここから出して、ダミアン! 外に出たいの!!」
「駄目だ」
ダミアンの返事は変わらなかった。
「あなたは私のもの。私だけの太陽。そして私だけの罪人だ、ソレイユ。美しく気高く、気品にあふれた太陽の姫。アウルムの男もフェルムの男も、あなたを一目見れば、触れずにはいられまい。あなたの美しさ、魅力は、この世でもっとも甘美な重罪だ。だからここに、私の檻の中に永遠に閉じ込めてしまおう。それがあなたへの罰、そして私からの愛だ、愛しいソレイユ」
恍惚と語るダミアンに、ルナは叫ぶ。
「こんなの妻の扱いじゃないわ! 本当に愛しているなら、ここから出して!!」
「心配はいらない。どんな暮らしでも、あなたには絶対に不自由させないと誓う。あなたの好きな宝石もドレスも、好きなだけ贈ってあげよう」
言葉どおりではあった。
もともとこの城は砦として築かれたため、造りは非常に頑丈で装飾性にも乏しかったが、鉄格子の内に閉じ込められたルナの周囲は、贅沢品で埋め尽くされている。
家具も壁掛けもベッドも一級の高級品ばかりが集められ、衣裳部屋には色とりどりのリボンやレースいっぱいのドレスが並んで、宝飾品の箱が山と積まれている。
ルナ自身、身に着けているのは最新流行の華やかなドレスと宝石、そして香水だ。
けれどルナの心は晴れない。
いくら贅沢な品々に囲まれて、華美なドレスや宝石で飾っても、それを見て羨ましがる人間がいなければ、ルナの心は満たされないのだ。
「お願い、ダミアン。私を監禁していることが皇帝陛下や、アウルム王国にばれたら、今度こそ叱責だけではすまないわ。ちゃんと皇宮に行って、舞踏会や夜会に出席して、私達が仲睦まじい夫婦だと、周囲に証明しましょう? 私、あなたの選んだドレスと宝石で出席するわ。あなただって、美しく着飾った私と踊りたいでしょう?」
たとえ歪んだ愛情でも、毎日華麗に着飾って、壮麗な皇宮で皇子妃として大勢の召使いにかしずかれ、周囲の賞賛と羨望の的となることができるなら。
この異常な皇子の偏愛にも耐えられる。
そう思ったが。
「舞踏会など、どうでもいい。私はあなたを誰にも見せたくないし、誰にも邪魔をさせたくない。アウルム王宮に滞在していた頃、私がどれほど窮屈な思いに苛まされていたことか。陛下からこの地と城を下賜されたのは僥倖だった。私とあなた、二人きりで、永遠に共に過ごそう。もう二度と、あなたを私の手の中から解放するものか、私のソレイユ――――」
「っ!」
冗談じゃない、とルナは激しく思った。
(こんな辺鄙な田舎の城で、一生閉じ込められて終わるなんて、まっぴらごめんよ!!)
恐ろしい未来予想図が脳裏によぎるルナに、ダミアンはそれを補強するような情報を明かす。
「そもそも私はもう、フェルム皇子ではない。私の皇位継承権は剥奪され、あなたも皇子妃ではなく、一介の伯爵夫人だ」
「えっ…………」
耳を疑うルナに、ダミアンは清々したように明るく説明する。
「あなたを連れ帰った罰だそうだ、ソレイユ。望みどおり皇子の地位は剥奪するので、アウルム王国との国交に支障をきたした責任をとれ、との陛下の仰せだ。皇宮への出入りも禁じられた。私達は生涯、ただの貴族の夫婦だ。望むところだ、あなたへの愛が罪になるなんて、これ以上の幸せな罪状は存在するものか!!」
恍惚と腕をひろげたダミアンとは対照的に、ルナは愕然と敷物に手と膝をつく。
「そんな…………私、一生ここで…………? 皇子妃でもなんでもない…………?」
「すてきだろう? 皇宮の面倒な公務や作法から解放されて、一日中、愛するあなたといられるんだ、理想の未来だ!」
くるりと回ったダミアンは、あることに気がついた。
「ああ、そろそろ昼食の時間だ。食事を持ってくるから一緒に食べよう、ソレイユ」
ダミアンはルナの返事を待たずに、鉄格子でさえぎられた部屋を出て行く。
「待って!」
扉の向こうに消える彼の背に、ルナはせいいっぱい叫びかける。
「お願い、ダミアン! ここから出して! 私を解放して――――――――!!」
下女や下男も近づくことを禁じられた高い塔に、誰にも届かぬ悲鳴が響いた。
******
「みなさま、あれが有名な『荒野の幽霊城』です」
荒野にぽつんと建つ石の古びた城を指さし、ガイドが朗らかに説明する。
「今から五百年以上、昔のこと。あの城には城主とその夫人が住んでいたそうです。夫人はたいそう美しく、嫉妬深い夫は妻が他の男と仲良くするのを怖れて、妻を城の高い塔に閉じ込めてしまいました。妻は毎日泣き暮し、ある日、夫の留守中に窓から抜け出し、壁伝いに逃げようとしました。けれど足をすべらせて落ち、亡くなってしまったとか」
説明に耳をかたむけていた数人の観光客が、気の毒そうな声をあげる。
「帰城して事態を知った城主は大変嘆き悲しみ、何日も飲まず眠らずで過ごしたある夜、自分も塔から身を投げて妻のあとを追った、と伝えられています。それからです」
ガイドの表情が意味ありげな、おどろおどろしいものに変化する。
「夜になると、城内には誰もいないのに、誰かを探し回るような靴の音。そして、どこからともなく『出して…………出して…………』という女性の声が……………」
観光客から、笑い声混じりの悲鳴があがった。
「お城は経年劣化がひどく、倒壊の恐れがあるため、出入りは禁じられています。ですが、近くの村には今もお城の伝説が残っているので、村の食堂でお昼休憩をとりながら、幽霊の話を聞いてみましょう」
観光客達はガイドの誘導に従い、観光バスに乗って、次の観光地へと移動する。
冷たい風の吹きわたる荒野にぽつんと、古びた城だけが残された。




