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匂わせというか、R15な表現がたくさん出てきます。
苦手な方はご注意ください。
「ソレイユ嬢! 出てきてくれ!」
どんどん、と激しく扉を叩く音が王宮の廊下に響く。
「ダミアン皇子殿下、おやめください」
王宮付きの女官達が異国の皇子を制止するがダミアンはとりあわず、ひたすら扉へ叫ぶ。
「顔を見せてくれ! 話がしたい! きちんと話し合えばわかるはずだ、あんなに愛を交わしあった仲ではないか、ソレイユ! 私の太陽!!」
「どうかお帰りください、ダミアン殿下!」
咎めた女官の腕を、ダミアンは乱暴にふりはらった。
その勢いで女官は冷たい床に倒れ、駆けつけた衛兵が彼女に手を貸す。
侍従達が異国の皇子を、王太子の婚約者が滞在する部屋の扉から引きはがして連れて行った。
「ソレイユ! 私は負けない! あなたの愛を信じている! 私の太陽の姫!!」
廊下に響く大声に、耳にした者達も困惑しきっている。
もう十日間もこうだった。
あの断罪のあと。
まず、アルベールの学友達はそろって自宅謹慎となった。
誘惑されてのこととはいえ、主君である王太子の婚約者と一線を越えてしまったのだ。処分は免れない。自宅で父親達の監視のもと、国王の裁断を待っているが、重なった衝撃とそれによりうけた心の傷で、食事も喉を通らない状態だという。
事の元凶で平民のルナ・ヴィオレは王宮の地下牢に投獄された。こちらも判決待ちだ。
そしてダミアン皇子だが――――これが難航した。
友好国の王太子の婚約者と一線を越え、自分の国に連れて行くとまで誓っていたのだ。
明らかに両国の信頼関係を踏みにじる行為であり、ダミアン皇子とてフェルム皇帝の追及は免れない。実際、アウルム王宮に駐在するフェルム大使は、自国の皇子の破格の愚行について皇帝へ報告の急使を送って以降、アウルム王宮で肩身がせまい様子だ。
不道徳な関係を暴かれ、皇子といえども、まともな人間なら恥じ入ってしかるべき状況ではあったが――――ダミアンは違った。
「私とソレイユ嬢は愛し合っている。ソレイユ嬢が真に望むのは、アルベールではなく私だ!」
ダミアンはそう断言して、断罪とそれ以降の出来事も「アルベールとアウルム王宮が、私とソレイユ嬢を引き裂こうとしている!!」と主張し、日々「奪われた恋人をとり戻すため」ソレイユのもとに押しかけてくる。
肉体をとり戻した直後はヴィオレ公爵邸で休養していたソレイユだが、
「公爵家では、隣国の皇子を力ずくで追い返すことは難しい。警備も不安だろう」
というアルベール王太子の配慮により、アウルム王宮の奥深く、王妃の私的空間の一角に部屋を与えられたが、その王妃の区画にまでフェルム皇子は日参するのである。
それも一日一回ならまだマシで、日によっては三回も四回も押しかけて来ては騒ぐので、ソレイユはむろん、王妃や侍女、女官達もうんざりして、精神的な消耗が激しい。
当然のように、フェルム皇子からのアウルム王太子や国王への謝罪も皆無だ。
「さすがにどうかしておられる。フェルム皇子殿下は、ご自身のお立場を理解なさっておいでではないのか」
アウルム国王に自国の皇子の醜態を咎められ、フェルム大使はますます肩身がせまそうだ。
彼とて口を酸っぱくして「皇帝陛下からの指示が届くまで、行動を慎むように」とダミアンに忠告をくりかえしているのに、皇子にはまったく効果がないのである。
ダミアンの愚行にもっとも精神をすり減らされたのは、日参されるソレイユだった。
彼女はもともと婚約者であるアルベールと幼い頃からゆっくり愛情を育み、信頼と尊敬で結ばれた仲だった。今となってはアルベール以外の夫など考えられない。
ダミアンのことは『重要な隣国の皇子』、それ以上の気持ちはないのに、ダミアンは自分達こそ真の恋人と信じて日参し「自分はソレイユに愛されている」という前提で話を進めてくる。
その誤解だけでも苦痛なのに、おぞましいことに二人の間には、ダミアンの妄想を補強するような事実まで存在するのだ。
すなわち――――彼と一線を越えた現実である。
ルナ・ヴィオレに肉体をのっとられている間、ソレイユの体は幾度となく彼と体を重ねた。愛を語り、彼の妻となって彼の国に行く約束も交わしていた。
おそろしいのは、その記憶が肉体を通じてソレイユの魂にまで届いてしまっていること、彼と交わした言葉の数々を思い出せること。
自分の髪をなで、ドレスの中の素肌をなでたダミアンの手や唇、その他の感触がありありと思い出せる。
彼に触れられ受け容れた、その生々しい体の記憶一つ一つが、ソレイユの精神を散々に痛めつけていた。
おまけに、アルベールの学友達との行為である。
ソレイユにとって、彼らは幼い頃から見知った友人だった。
そういう者達と同衾した事実は、ソレイユにとって信頼関係を根底から覆す行為だった。
人前では凛として、けれども本当は奥手で婚約者一筋だった嫁入り前の娘にとって、これほどおぞましく忌々しい過去は、そうそうあるまい。
ソレイユは実家でも王宮でも昼夜の区別なく悪夢に苛まれ、げっそりと痩せていく。『アウルムの太陽』と謳われた美貌も見る影もない。
「ダミアン皇子はすぐに皇国に送り出す。君は彼が王宮を出るまで、王家の別荘で休養するといい。私もついて行く」
日々やつれていく婚約者にアルベールはそう気遣ったが、ソレイユはそれで解決するとは微塵も信じられなかった。
断罪の日から二ヶ月が過ぎるかどうかという頃。
ソレイユはアルベールやヴィオレ公爵と話し合って結論を出す。
そして自ら王宮の地下牢へ赴き、粗末な木製の腰かけに、さすがに疲れたように座っていた黒髪の少女に告げた。
「あなたの勝ちよ、ルナ・ヴィオレ」
『太陽』と謳われた誇り高き高貴な公爵令嬢は、平民の娘に敗北を認めた。
それからは話が早かった。
大罪人ルナ・ヴィオレは牢から出され、満足な食事と風呂も与えられて、身なりも整えさせられる。
翌々日。アウルム王宮の謁見の間で、アウルム国王と王太子、ヴィオレ公爵、そして大臣一同の立ち合いのもと、一組の恋人達の再会が果たされる。
「ダミアン様!!」
「ソレイユ!」
フェルム第三皇子とヴィオレ公爵令嬢は、ひし、と抱き合う。
「お会いしとうございました、ダミアン様。もう二度と、わたくしをお放しにならないでくださいませ」
「ああ、むろんだとも、愛しいソレイユ、私の太陽の姫。こうしてふたたび君と出会えたことこそ、私達が運命で結ばれている証。もう、けして誰にも君を奪わせるものか」
黄金の髪の美男美女が、熱く見つめ合って二人だけの世界を作る。
ソレイユはまさに太陽のように豪華なドレスと宝石で着飾り、恋人に会えぬもどかしさで憔悴しきっていたダミアンも、天与の美貌に輝きが戻っている。
アウルムの国王や王太子や大臣達は一様に白けた顔つきでその光景を見守り、同席していたフェルム大使も、もはや呆れを通りこして恥ずかしさに顔をあげられない様子だ。
並んで立ったアウルム王太子とヴィオレ公爵の背後には、隠れるように黒髪紫眼の少女――――ルナ・ヴィオレがいて、フェルム皇子とヴィオレ公爵令嬢の抱擁をこの上なく汚らわしそうに見やると、顔をそむけた。
ダミアンは愛する恋人を腕に抱いたまま、アウルム国王に問う。
「ソレイユが解放されて、我らの再会が果たされたのは喜ばしいが。何故、急に態度を変えたのだ、アウルム国王よ。我々の愛の深さを思い知り、ようやく感じ入ったか」
国王はもはや直接答える気もないようで、ちら、とフェルム大使に目配せする。
大使が疲れたように進み出て皇子に説明した。
要約すると、もともと同盟を結んでいたフェルム皇国とアウルム王国だが、それをより強固なものにするため、ヴィオレ公爵令嬢をフェルム第三皇子に嫁がせることに決定した。そういう内容だった。
「なるほど。ようやくアウルムも立場を理解したというわけか。そのとおり、我が皇国との友好関係はアウルムにとって多大な益があるのだ。もっと早く、私とソレイユの関係を認めておれば、その慧眼を称賛されもしただろうに」
フェルム第三皇子は満足そうに傲慢にうなずき、フェルム大使は怒りと羞恥に頬を染める。
ご機嫌なフェルム皇子の様子に、アウルム王太子をはじめ、部屋中から冷ややかな軽蔑のまなざしが注がれているのだが、ダミアンは気づかない。
笑顔で恋人に提案した。
「すぐに旅支度をはじめてくれ、ソレイユ。二度と引き離されぬよう、一日も早く、君を皇国に連れ帰りたい」
「ええ、ダミアン様。嬉しい…………っ」
ダミアンはソレイユの腰を抱いて意気揚々と謁見の間を出て行き、自室へ連れ帰る。
翌日。ヴィオレ公爵令嬢とフェルム第三皇子の婚約が公表され、王宮で形だけの送別の宴が催されると、ダミアン皇子はソレイユ嬢を連れ、故郷へと旅立った。
アウルム王宮には「やっと出て行った」という空気が満ちる。




