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ある、王太子に婚約破棄されたけれど、隣国の皇子に溺愛された公爵令嬢の話  作者: オレンジ方解石


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 なにが原因だったかといえば、ソレイユ本人の軽率が招いた結果ではあった。

 遠縁の平民であるルナが紫色の瞳を認められ、ヴィオレ公爵家に行儀見習いとして引きとられたあと。

 ソレイユは生まれて初めて出会った同じ色の瞳の少女に強い親近感を覚え、なにかと彼女をかまっては、自身の外出などにも同行させた。

 ルナはとにかく、おとなしくてひかえめで自己主張が薄く、ソレイユに誘われても黙ってついてくるばかりで、ソレイユも周囲も「物静かで無欲な少女」という印象だった。

 侍女や一般的な貴族令嬢としては、うってつけの人柄だ。

 ソレイユはルナをいっそう気に入り、やがてヴィオレ一族の当主とその跡継ぎ、そして紫色の瞳を持つ者しか入れない、一族の家宝を収めた秘密の部屋にルナをこっそり招いた。

 ソレイユとしては「ルナも紫の瞳を持つヴィオレ一族の人間なのだから、いずれ入る場所」「少し早かっただけ」という気持ちだった。

 けれどのちの展開を考えれば、やはり軽率だった。

 年頃の少女達が内緒話や秘密を見せあう感覚で行うのではなく、当主たるヴィオレ公爵の許しを得るべき行動であったのだ。

 秘密の部屋でソレイユは『魔法の道具』と伝わる小さな古びた鏡をルナに見せ、二人が同時に鏡面をのぞき込んだ瞬間、鏡は紫色の光を放って、気づいた時にはソレイユとルナの魂は入れ替わっていた。

 事態を理解した少女達は、激しく動転した。

 どうしよう、どうしよう、と焦り「もう一度、同じように鏡をのぞいてみよう」と思いついて、その通りにした。

 果たして。

 少女達の魂はあるべき肉体に戻り、ソレイユもルナも大いに安堵する。

 二人はすぐに道具をもとに場所に戻して、いそいで秘密の部屋を出た。

「今日のことは絶対に内緒にしましょうね」と約束をかわし、内緒で大事な部屋に入った後ろめたさもあって、どちらも誰にも何も言わずに十数日間を過ごす。

 けれどもある日、ソレイユがルナにささやいた。


「もう一度、あの鏡を試してみたいの」


 と。

 ソレイユなりに考えた結論だった。


「あの時はびっくりしたけれど。あらためて考えると、あの鏡はとても有益ではないかと思うの。たとえばわたくし(ソレイユ)あなた(ルナ)のふりをして外に出て、情報収集を行うとか。わたくしが王太子妃や王妃となった暁には、そういう手段が求められる局面もあるのではないかと思うのよ」


 だから、いつでも入れ替われるように準備しておきたい。そのための練習をしたい。

 本当に自在に入れ替われるか、確認しておきたい。

 それがソレイユの言い分だった。

 ルナは一見、気が進まないように見えた。

 それをソレイユが、


「無理を言ってごめんなさい。でも、頼めるのはルナだけなの。本当にこの魔法が自在に使えるようになった時は、あなたをわたくしの第一の側近として王宮に連れて行くと約束するから、我が家のため、アウルム王国のためと思って協力してちょうだい」


 そう押しきって、二人でふたたび秘密の部屋を訪れた。

 そしてもう一度、例の鏡で入れ替わり――――もとに戻れなくなったのである。


「これからは私がヴィオレ公爵令嬢、ソレイユですわ。お嬢様はこの私、お情けで置いてもらっている遠縁の娘、ルナ・ヴィオレとして生きていってくださいまし」


 そう宣言すると、ソレイユの肉体を手に入れたルナは、愕然と膝をついたかつての自分自身を見下ろし、高らかに嘲笑ったのだった。

 ソレイユにとって、ルナ・ヴィオレはおとなしくてひかえめで、黙って自分について来る遠縁の少女だった。血縁であり、自分と同じ色の瞳を持つ数少ない存在であることから、自分と同じ気持ちを共有しているものと、漠然と思い込んでいたのだ。

 けれど現実には、ルナは内に激しい妬心を秘めた自己顕示欲の強い少女だった。

 誰よりも美しく優れた淑女として社交界に君臨し、誰よりすばらしい夫を得て、栄光の地位をつかみたい。社交界中、国中の賞賛と関心を集めて、歴史にだって名を残したい。

 そう渇望しながらも、現実の自分は名門貴族の血がわずかに流れるだけの、平凡な娘。

 容姿も才能も秀でたところはなく、周囲の注目を集めるような功績もなければ、その機会にも恵まれない。ただ「偉人の子孫の証である珍しい色の瞳を持っている」という事実だけが、高すぎる自己顕示欲をかろうじて支えている。

 そんな彼女にとって、ヴィオレ公爵令嬢ソレイユは憤怒にも似た嫉妬の対象でしかなかった。

 同じヴィオレ一族の紫の瞳を持ちながら、生まれた父親が違うというだけであちらは公爵令嬢、こちらは平民。

 自分(ルナ)は際立った美しさも才能もなく、一介の侍女がやっとなのに、ソレイユは未来の王妃という地位が約束されて、その美貌や能力も賞賛の的。


(不公平だわ!!)


 そうとしか思えなかった。

 だからあの鏡の存在を知った時、ルナは「天が与えた好機だわ」と直感した。

 そしてソレイユの提案にのって二度目の入れ替わりを果たし――――彼女になり替わったのである。

 入れ替わった直後、ソレイユ(ルナの体)の喉を潰して、周囲に助けを求められなくしておくことも忘れなかった。

 魔法の行使による緊張で喉が渇いていたソレイユは、なんの疑いもなくルナが差し出した毒物入りの飲み物を飲み干して声帯を痛め、声を出せなくなったのである。

 そして後々のことを考えれば、極論、ルナは自分の肉体を、ソレイユを殺しておくべきだった。そうすれば後顧の憂いは大きく除かれていただろう。

 けれどソレイユに激しい妬みの心を抱いていたルナは、そのソレイユを自分の侍女として酷使するという背徳的な未来予想図の誘惑を拒絶できず、つい彼女を「お気に入り」として手元に置き、周囲には可愛がっているように見せかけて酷使しつづけたのだ。

 しばらくは目論見通りだった。

 声を失ったソレイユは誰の助けも得られず、『ルナ』としてひたすら苦境に耐えつづけ、ルナはソレイユとして王宮に出入りし、賞賛を浴びた。

 さらにルナはもっとも求めていたものを手に入れた。

 アウルム王宮に遊学中のフェルム皇国第三皇子、ダミアン。

 アウルム王国より格上の皇国から来た、まばゆいほどの美貌を持つ金髪の皇子。

 ダミアンは、ルナが一目見た時から渇望していた存在だった。

 アウルム王太子など目ではない。この天与の美貌と、大陸中の高貴を極めたような血筋の青年こそ「私の運命だわ」とルナが確信した、ただ一人の男性だった。

 ソレイユと入れ替わったのも、半分は彼が目的だったと言って過言ではない。

 ソレイユの美貌を手に入れたルナは王宮に伺候すると、すぐにダミアン皇子に接触を図る。

 もともとソレイユに惹かれていたダミアンが彼女の誘惑を受け容れ、懇ろな関係になるのに時間はかからなかった。

 ルナは王立図書館を利用してダミアンと逢引をくりかえし――――これまで「地味だ」「平凡だ」と異性から歯牙にもかけられなかった反動か、他の若者達にも食指を伸ばす。

 アルベール王太子の学友達。平民だった頃には声をかけることも許されなかった高貴で優秀な子息達に次々と声をかけ、さも「本当はアルベール殿下より、ずっとあなたが好きだったの」というふりを装った。

 名門の育ちゆえに世間ずれしていなかった若者達は、美しい令嬢の「結婚前に一度だけ」「どうか一晩だけ思い出を」という懇願を拒みきれず、いったん一線を越えるとその甘美で背徳的な悦びの嵐に溺れて、気づけば「自分こそがソレイユ嬢の本物の恋人」と誤解したまま、ずるずると秘密の関係をつづけてしまったのである。


「フェルム皇国に来てくれ、ソレイユ嬢。私の妃として。なに、アウルムなど我が皇国の威光の前には露も同然。アルベール王太子もアウルム国王も、なにも言えまい」


 そう熱っぽく断言したダミアン皇子の言葉を、ソレイユになり替わったルナは信じた。

 そしてダミアンと二人、「どうすればソレイユがダミアンの妻としてフェルム皇国に行けるか」と話し合っている間に、先手を打たれて、例のアウルム王宮一丸となってのフェルム皇子及びヴィオレ公爵令嬢に対する断罪を迎えたのである。

 きっかけはソレイユ、正確には「ルナと入れ替わったソレイユ」だった。

 肉体を奪われたソレイユは当初、助けを求める術も奪われ、信じていた友人の本心も手酷い形で思い知らされ、絶望の淵にいた。

 しかし自分と入れ替わったルナが王宮で好き勝手に動くのを目の当たりにし、「このままではいけない」と奮起する。

 彼女は明らかに王妃、王太子妃の資質を持つ人間ではないし、このままでは愛するアルベール様にまでとんだ誤解をうけてしまう。それは耐えられない。

 ソレイユは奔走した。

 声を出せなくなった代わりに筆記を駆使し、幼い頃から叩き込まれた優雅な所作と正しい礼儀作法で公爵家と王宮の人々の警戒を解き、貴人達に「気の利く侍女」と目をかけられて、じょじょに高位の人物に接触していくことに成功する。

 ダミアンや学友達との遊びに夢中になっていたルナは、ソレイユのその動きを見落とした。

 そしてソレイユはアルベール王太子との対面を果たし、アルベールはルナ・ヴィオレを名乗る無口な侍女の、見覚えある流麗な筆跡や優雅な所作に目を止め、彼女が自分の好みや習慣を完璧に把握していること、その笑顔や何気ない癖や仕草が、幼い頃から見知った相手にそっくりなことに気がつく。

 一度気づけばあとは早かった。

 アルベールはルナ・ヴィオレの中に愛する女性の心が在ることを確信し、ソレイユもいくつかの証拠と共に、自分達が入れ替わってしまった事実を、優れた筆跡で婚約者に説明する。

 アルベールはひそかにヴィオレ公爵夫妻を呼び出し、ルナ(ソレイユ)から知らされた話を夫妻に伝え、夫妻は驚きながらも最近の行動に不審を覚えていたことから、家宝の水晶を持ち出してルナに触れさせる。

 果たして『登録の珠』は紫色に輝いて、ルナに宿る魂がソレイユであることが証明された。

 ヴィオレ公爵は今現在『ソレイユ』を名乗るのが別人であることを知り、遠縁の娘の暴挙に激怒し、公爵夫人は娘の身にふりかかった困難に涙する。

 話は当然「入れ替わりを解消しよう」という方向に向かうが、この時点で、ソレイユと入れ替わったルナはダミアン皇子と深い関係になっていた。

 重要な友好国である皇国の皇子が関わる以上、王太子といえども慎重に動かざるをえない。

 アルベール達は、まず国王夫妻と大臣達の前でも『登録の珠』による証明を行い、ソレイユ・ヴィオレとルナ・ヴィオレの入れ替わりの事実を彼らに明かす。

 そしてフェルム皇子とアルベールの学友達の、王太子の婚約者である令嬢との不道徳な関係の証拠を集めて、例の断罪に至ったのである。

 真実が明らかになり、罪人が暴かれ、当事者達ももとの状態に戻って、すべてめでたし、めでたし――――と思われたが。

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