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「はい…………?」
「え…………?」
アルベールの元学友達やフェルム皇子がきょとんとする。
逆に、王太子の言葉を聞いていた国王や主だった大臣達は冷静で、特にソレイユの親であるヴィオレ公爵夫妻は淡々としたものだ。
「つづきは、私が」
ヴィオレ公爵はそうアルベールに断り、重臣席を立って娘の前までやってきた。
「そもそもは、我がヴィオレ家が守る家宝に端を発した。神聖大帝国の大神殿に仕えていた、大神官。奇跡の技をいくつも操り、紫の瞳が神々しかったと伝わるヴィオレ家の始祖は、その奇跡の技と品をいくつも子孫に残し、その一部が今も我が家に伝わっているわけだが…………先日、その貴重な家宝の一つが紛失していることが発覚した」
ソレイユがぎくり、と肩をふるわせる。
「『交換の鏡』。同時にのぞき込んだ二人の魂を入れ替えるという、魔法の品だ。すなわち」
公爵の人差し指が、金髪の少女に向かって突きつけられる。
「そこの『ソレイユ・ヴィオレ』を名乗る令嬢は、真の我が娘ではない。本物の我が娘、ソレイユ・ヴィオレの魂をその身に宿すのはこちら、ルナ・ヴィオレである!」
公爵の手が移動し、ルナを示した。
「え!?」
「はあ!?」
学友達はそろって目を丸くし、ソレイユは声と、にぎりしめた拳をふるわせる。
「い、言いがかりですわ! ヴィオレ公爵ともあろう方が、まさか、お父様までアルベール殿下とグルになって、そんなデタラメを――――!!」
「証拠を見せたほうが早いだろう。こちらだ」
公爵は上等の上着の懐から小さな包みをとり出し、手の上で包みを開く。
現れたのは、胡桃ほどの大きさの水晶の玉。
「こちらも我が家に伝わる始祖の遺品だ。『登録の珠』と呼ばれている。ヴィオレ一族の当主の家に誕生した子供は、男であれ女であれ、十歳の誕生日にこの水晶に触れて、水晶に魂の色や形を覚えさせる。それだけの品だが、水晶が覚えた魂がふたたび水晶に触れると、水晶は紫色に輝く。そしてそれは肉体の差異には左右されない」
「え…………」
「つまり肉体が変わっても、魂が同じなら水晶は覚えた者が触れた時には輝く。覚えていない者には反応しない。そういう代物だ」
「な…………!」
「この事実は代々、ヴィオレ家当主の嫡子にしか明かされず、珠に関する記憶や情報も魂のみに刻まれ、肉体に残ることはないと伝わっている。そなたはソレイユの肉体と入れ替わった際、ソレイユの肉体に残っていたソレイユの記憶も我がものとしたようだが、ただ一つ、この水晶の記憶だけは、知ることができなかった」
「――――!!」
淡々とした説明に、ソレイユを名乗る金髪の娘は今日もっとも青ざめる。
「さあ、触れてみるがいい。そなたが真実、ソレイユ・ヴィオレであるなら、怖れる必要はないものだ」
ヴィオレ公爵は小さな珠を突き出す。
金髪の少女はとっさに後退して、手近にいたダミアン皇子の背に隠れる。
「触れられぬか。では、先にこちらを済ませよう」
公爵が示したのは、アルベール王太子の隣に立つルナ・ヴィオレだった。
黒髪の、ソレイユとは比較にならぬほど地味で平凡な顔立ちの少女は、いとも優雅な仕草で侍女のドレスの裾をつまんでお辞儀すると、公爵の前に進み出る。
差し出された透明な球になんの抵抗もなく指先を置くと、かるく触れただけにも関わらず、小さな珠は強く大きく輝いた。紫色に。
「おお…………!」と会議場中に驚愕の声が満ちる。
「あ…………あぁっ!」
たった今まで『ソレイユ・ヴィオレ』を名乗っていた、金髪の娘の紫色の瞳が絶望に染まる。
「ソレイユ嬢、我が太陽の姫よ。あなたは――――」
ダミアン皇子がふりむくのを待たず、偽ソレイユは走り出していた。会議場の出口へ。
しかし扉を守っていた衛兵に阻まれ、侍従達があっという間に彼女をとり押さえる。
「離して! 放しなさい、無礼者!!」
暴れる娘に王太子の指示をうけた高位女官が近づき、ドレスの上から手早くその体をあらためていく。その指が豊かな胸に触れた瞬間、女官の表情が変化し、娘の口から罵声が飛び出す。
「無礼者!! 放せ、この盗人!! やめろ、返せ!!」
女官の手が、娘のドレスの襟から小さな包みを引っ張り出す。
激しく暴れる娘から離れてその包みを公爵に渡すと、公爵は即座にその包みを開いた。
小さな古めかしい鏡が現れる。
「『交換の鏡』――――我がヴィオレ家の家宝だ、間違いない」
「返せ、ちくしょうっ!!」
うなずく公爵に、もはや気品もへったくれもなく、金髪をふり乱して娘が怒鳴りつける。
その狂態に、若者達の憧れも崩れ去っていく。
「では…………では、本当に、あの時のソレイユ嬢は…………」
若者達はそろって脱力して膝をつき、見守っていた父親達も沈痛の面持ちとなる。
ルナ・ヴィオレは紫の瞳に希望の光をまたたかせて、アルベール王太子とうなずき合った。
「ソレイユ」
鏡をうけとった公爵がルナ・ヴィオレ――――本物のソレイユ・ヴィオレの魂を宿す少女を呼ぶ。
黒髪の少女が公爵に近寄り、公爵はいまだ暴れる偽ソレイユをとりおさえる侍従に指示して、彼女の手を鏡に触れさせる。
偽ソレイユは最後まで抵抗したが、複数の男の力にはかなわず、小さな鏡面に顔を近づけさせられる。
古めかしい鏡の表面に二人の少女の指が触れ、二つの顔がのぞき込んだ、その瞬間。
紫色の光が放たれた。
「おお!」と再度、驚愕の声が大会議場に響く。
光がおさまると、二人の少女はどちらも脱力していた。
金髪の少女は侍従達に抱えられ、黒髪の少女はアルベール王太子に支えられて。
黒髪の少女はすぐに目覚めた。まばたきをくりかえす。
アルベールの顔を見あげ、自分を見下ろし、己に起きた事態を悟ると、絶望の声をあげた。
「あ゛あ゛っ! あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ――――っ!!」
声というより、ただ空気が喉を通り抜けるだけのかすれた音。
声帯が潰れているのだ。
ルナ・ヴィオレはアルベールを突き飛ばして走り出す。
大会議場の扉にたどり着く前に、侍従と衛兵にとり押さえられた。
アルベールはそれを視認すると、侍従に囲まれていた金髪の娘に駆け寄り、呼びかける。
「ソレイユ」
瞼がひらいて、美しい紫色の瞳がアルベールを見つめた。
「…………アルベール様…………?」
その一言で充分だった。
「ソレイユ! 間違いなく君だ!!」
「アルベール様…………っ!」
アウルム王太子は愛しい婚約者をしかと抱きしめ、戻って来た本物のヴィオレ公爵令嬢も紅潮した頬に喜びと安堵の涙を伝わらせる。
「ソレイユ。魔法を解呪できてよかった」
普段、厳格なヴィオレ公爵も目元をゆるませて娘を見つめる。ヴィオレ家当主とはいえ彼の瞳の色は青にちかく、ソレイユやルナのようにはっきりした紫色ではない。
重臣席で待っていたヴィオレ公爵夫人も席を立ち、娘へと駆け寄ってきた。
「お父様、お母様。ご心配をおかけして申し訳ありません」
両親に娘が詫びれば、父も畏怖を含んで応じる。
「まさか言い伝えが真実だったとは。それともこれは、紫の瞳を持つそなたとルナだからこそ、叶った魔法なのだろうか」
アルベールも胸をなでおろす。
「とにかく真相が、真実が明らかになって良かった。一つ違えば、私は君を…………っ」
「アルベール様。わたくしもふたたびソレイユとしてアルベール様と再会できたこと、心より感謝しております。アルベール様がルナの姿に惑わされず、わたくしを見出してくださったからこそ、今日この時を迎えることが叶いました」
安堵と感激の涙をあふれさせて、本物のソレイユ・ヴィオレが婚約者の胸に顔をうずめれば、アルベールもしっかりと愛する女性を抱きしめる。
その光景を、学友達がすべての希望を粉砕された表情で見守っている。
「そんな…………」
「あの侍女が、本物のソレイユ嬢…………? 今までのソレイユ嬢は、偽物…………?」
「では、我々がしてきたことは…………」
「どういうことだ!!」
絶望の呟きをかき消し、叫んだのはフェルム皇子だった。
「我が太陽よ、あなたは私を『愛している』と言ったではないか、ソレイユ嬢! 私の妻になり、フェルム皇国に来ると! あれほど熱く激しく抱き合い、数え切れないほどの愛の言葉を交わしていながら、今さらその男のもとに戻るなど――――!」
びくり、と肩をふるわせた金髪のソレイユは恐怖のまなざしでダミアン皇子を見、アルベールも彼女をヴィオレ公爵夫妻に任せてフェルム皇子と対峙する。
「お見せしたとおりだ、ダミアン皇子。あなたがこれまで『ソレイユ』と思っていた人物は、真の意味でのソレイユではない。これまであなたと接し、あなたと約束を交わしたのは、あのルナ・ヴィオレだ」
アルベールの指が、床に押さえつけられてうめく黒髪の少女を示す。
「この数ヶ月間、ルナ・ヴィオレとソレイユは入れ替わっていた。ソレイユの肉体はルナ・ヴィオレの魂が動かし、ソレイユの魂はルナ・ヴィオレの肉体の中にいた。あなたを愛していると言ったのは、ルナ・ヴィオレが操っていたソレイユの口だ」
「嘘だ!」
ダミアンは叫んだ。
「これは罠だ! 私にソレイユ嬢を奪われたくないがゆえの、貴様の卑劣な工作だろう、アルベールよ!! 私をだましてでも、ソレイユ嬢を渡さないつもりか!! 私とソレイユ嬢の仲を引き裂くつもりだな!?」
ダミアンはソレイユに駆け寄ろうとして、ヴィオレ公爵と侍従達に阻まれる。
「言ってくれ、ソレイユ。私の太陽、私の運命。これは茶番、本当に愛しているのはこの私、フェルム皇子ダミアン一人だと!」
ソレイユは嫌悪を露わにダミアンから顔をそむけ、母の公爵夫人も娘を強く抱きしめる。
アルベールも婚約者をかばうように、フェルム皇子の前に出た。
「あなたにも説明していただきたいことがある、ダミアン皇子。ルナ・ヴィオレが宿っていた期間の、あなたとソレイユの関係について。アウルムとフェルムは友好国。魂の入れ替わりを知らなかったとはいえ、その友好国の王太子の婚約者と二人きりの面会をくりかえしたとは、どういう了見か」
アウルム国王と大臣達からも厳しい視線がダミアンに集まる。
ダミアンは数秒、怯んだかもしれない。
が、すぐに気をとりなおした。
「そこをのけ、無礼者ども! ソレイユ嬢と話し合う! 属国も同然の弱小国が、フェルム皇国第三皇子たる私の邪魔をして、ただで済むと思うな!!」
「話にならぬな。フェルム皇子には後日、あらためて話を伺うとしよう」
事態を静観していたアウルム国王が初めて指示を出し、フェルム皇子をとりおさえさせる。
ダミアンは左右の腕を侍従につかまれ、王宮の女達に絶賛される金髪も美貌も乱して、叫びながら引きずり出されていった。
「私は信じない! あなたが愛しているのはこの私、私こそが真実の恋人だ、ソレイユ! 私はこんな妨害には屈しない、必ずあなたをこの悪魔共から助け出してみせ――――!!」
分厚い重厚な扉が閉じられ、フェルム皇子の声は遮られる。
脱力して膝の力を失ったソレイユの細い体を、アルベールがしっかりと支える。
大会議場は安堵したような疲れたような、なんともいえぬ空気に満たされた。




