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「では、説明しよう」
重臣達の表情も引き締まり、大会議場はあらためて、ぴりりとした緊張感に満たされる。
「私がヴィオレ嬢との婚約を破棄する理由は、ヴィオレ嬢の行動にある。ここ数ヶ月、ヴィオレ嬢は私の学友達と過度に親しくしていた。これはもはや『不義』に値する」
ソレイユを囲んでいたアルベールの学友達はいっせいに硬直し、ソレイユも「まあ」と心外そうに声をあげる。
「誤解ですわ、殿下。彼らとわたくしはただの友人です。彼らは未来の国王の側近です。未来の王妃たるわたくしが交流して、なにが問題でしょう。むしろ、ある程度は打ち解けておくべきでしょう」
「ある程度は、な」
アルベールも認めた。
「だが同じ部屋で長時間、二人きりで過ごすのは、話が違う。それはもはや恋人同士の逢瀬と判断してもいたしかたないだろう」
「な…………」
ソレイユは息を呑み、学友達もそろって愕然とする。
アルベールが侍従に合図すると、一人の老女が大会議室におそるおそる入室してきた。
「!!」
若者達が、ソレイユが目をみはる。
「タンペット伯爵夫人。全員、知っているだろう。そなたらの逢引場所を提供していた人物だ」
質素な正装の青ざめた老女に、アルベールが確認する。
「そなたは、頼まれて彼らに部屋を貸していた。間違いないな?」
「はい」と、老女は今にも倒れそうな顔色で肯定する。
「週に一日か二日、ヴィオレ公爵令嬢に我が家の一室をお貸ししておりました。令嬢とご子息達は毎回、裏手から入ってこられるので、一番大きな客室にお通しすると、呼ぶまで近づくことは禁じられました。いつも二時間から三時間ほどで、お相手は色々でした」
「その『子息』は、この中にいるか?」
アルベールは老女に、ソレイユをとり囲んで立ち尽くす学友達を示す。
「はい」と老女はうなずいた。
「見たことあるお顔ばかりでございます。どの方も二、三度はいらしたのではないかと」
「う、嘘をつくな! でたらめだ!!」
青ざめた学友の一人が腕をふって怒鳴るが、いつの間にか周囲を囲んでいた侍従達が若者を制する。
「お許しください!」
老女が膝をついて涙ながらに王太子に弁明した。
「我が家は跡継ぎの息子が早世し、官僚を務めていた夫のタンペット伯爵も亡くなり、今は断絶を待つばかりです。私自身もこの年齢で、再婚のあてもありません。貯えも尽き、家財を売ってしのいでまいりましたが、そんな折、ヴィオレ公爵令嬢から多額の宿泊料を約束されて…………っ」
アウルム王国では、老いた女性が収入を得る手段はほとんどない。特に貴族の女性は、嫁げば家庭を守って暮らすのが当然なので、外で稼いでくる夫や息子がいなくなれば、収入はほぼ絶たれる。
領地があればそこからの収入に頼れるし、若さと美しさが残っていれば、財力のある男の愛人となって…………という方法もあったが、タンペット伯爵夫人にはどちらの道も残されていなかった。
そのため、ヴィオレ公爵令嬢に高額の『宿代』を提示されると、令嬢がなんの目的で自宅を借りようとしているのか察しつつも、従ってしまったのである。
「そなたの処遇については、あとで論ずる。陛下の裁断を待て」
アルベールが言うと、老いた伯爵夫人は古びたレースのハンカチで顔を押さえながら、侍従に連れられて大会議場を出て行く。
残った者のうち、特に若者達はひとつの証言に衝撃をうけていた。
「週に、二回…………? お相手は色々…………? どなたも二、三回…………っ?」
「では、では『私だけ』と言ったのは…………っ!?」
若者達の「信じられない」という視線が、ソレイユに集中して鋭く刺さる。
「僕が初めて、というのは嘘だったのですか、ソレイユ! 婚約したのは殿下だけれど、本当はずっと好きだった、と!!」
一人が血相を変えてソレイユに迫れば、「馬鹿!」と、別の一人がその口をふさごうとする。
が、「そうだ、そうだ」「嘘だったのか」と叫ぶ他の声にかき消された。
見苦しい光景に、重臣席にせいぞろいしていた彼らの父親は失望や苦悩の表情を浮かべ、アルベールの隣に立つ侍女、ルナは嫌悪を露わにして隠そうともしない。
重臣席から娘を見守っていたヴィオレ公爵は諦観のまなざしで天井を見上げ、夫人は夫の肩に寄りかかって涙をこらえていた。
「そこまで!」
騒ぐ学友――――元学友達をアルベールが一喝し、侍従達が若者を一人ずつ左右からはさんで動きを封じる。
唯一、自由なままだった金髪の青年も、顔色を失っていた。
「そんな…………ソレイユ嬢が、私の太陽が、まさか」
「あなたにも問いたいことがある、ダミアン皇子」
愕然とするフェルム第三皇子を追及したのは、アウルム王太子だった。
「あなたがアウルムにいらして以来、何度も王宮の外の王立図書館に立ち寄られていた。なにをされておいでだったのだ?」
アウルム王太子に具体的な日付を並べられ、フェルム第三皇子の顔に緊張が走る。
「愚問だ。図書館に行ったのだ、本の閲覧に決まっているだろう」
「その割には、なにもお借りになっていないようだが?」
「図書館に行ったからといって、必ず本を借りなければならないわけではあるまい。気に入ったものがなければ、手ぶらで戻ることもある」
「だが図書館の職員達の証言によれば、あなたは図書館を訪れるたび、必ず一、二時間は閲覧室にこもっていた、と」
「閲覧室で何冊か目を通し、気に入らなかったので借りずに戻した。それだけだ。なんの問題がある?」
「では、あなたが図書館を訪れた日には、必ずヴィオレ公爵令嬢も訪れていた事実は、どう説明なさる?」
侍従にとり押さえられている学友達が「えっ」と顔をあげ、ソレイユも蒼白で立ち尽くす。
「こちらへ」とアルベールがふたたび侍従に合図すると、新たな人物が入室してきた。
こざっぱりした格好の、王立図書館職員を名乗る男だった。
ソレイユとダミアンがそろって息を呑む。
職員はおどおどと証言をはじめた。
「フェルム第三皇子が図書館にいらっしゃる日は、常に、一番良い貴族専用の閲覧室を確保しておりました。皇子殿下がいらっしゃる日は、必ず、あとからヴィオレ公爵令嬢もいらして…………お二人で、個室にこもられておりました。私は、誰も閲覧室に近づかないよう、見張りを命じられて…………お二人がお帰りなると、職務に戻っていました」
「その際、金銭も受けとっていたのだな?」
「毎回、フェルム第三皇子が金貨を数枚、くださいました。私は、娘が持病があり、薬が必要で…………よくないとわかっていましたが、薬が高くて、つい…………」
絶望の表情で語る職員の男に、アウルム王太子は「わかった」とうなずき、退室させる。
元学友達は「そんな…………」「まさか、フェルム皇子とまで…………」と、責める気力も失った様子だ。
アルベールはかつての婚約者と、隣国からの賓客に向き直った。
「聞いたとおりだ、ヴィオレ公爵令嬢、フェルム第三皇子。弁明があるなら今のうちに」
無言の二人にうながす。
フェルム皇国はアウルム王国の、いわば主筋にあたる関係だったが、フェルム皇子を囲むアウルム国王一同の視線と表情は険しい。
「誤解です!」
ソレイユがとうとつに叫んだ。
「これは、アルベール殿下の陰謀! 殿下がルナと結婚したくて、わたくしとの婚約を破棄するために用意した、卑劣な罠です!!」
眉をつりあげ、蒼白だった頬を真っ赤に染め、人差し指をアルベールへ突きつける。
「言葉による証拠など、いくらでもごまかしようがあります。アウルム王太子殿下のご威光をもってすれば、国中の民が殿下の望む証言を捧げますわ、殿下の気を惹くために!」
ソレイユの言い分を聞き、アルベールの隣にいたルナがとっさに前へ出ようとしたが、アルベールはそれを制してソレイユにただす。
「つまりそなたは、証言者達は王太子たる私に命じられて、偽りの証言をしている。そう、主張するのだな?」
「ええ、そうです! それが真実です! すべては殿下の心変わりが原因ですわ、殿下がわたくしを捨てて、ルナを選んだばかりに!!」
ソレイユの主張に、アルベールは今日はじめて見せる、疲れた顔つきで告げた。
「私は、心変わりした覚えは一度たりとてない。幼い頃からソレイユ・ヴィオレ嬢が大好きで、今も誰より愛している。彼女以外の妃は考えられない」
「えっ……………」
「だが、それはソレイユ・ヴィオレ嬢に対して、だ」
アルベールの青い瞳が鋭い光を放ち、真っ向から公爵令嬢を見すえる。
「私が愛してきたのは、ソレイユただ一人。そなたではない」
アルベールは隣に立つルナを示した。
「真のソレイユ・ヴィオレ嬢は、こちら。今はルナ・ヴィオレと名乗るこの令嬢こそ、本物のソレイユ・ヴィオレ公爵令嬢、その魂を持つ者だ!」
「っ!」
アウルム王太子の宣言が大会議室に重々しく響いて、ヴィオレ嬢が絶句した。




