序
「ソレイユ・ヴィオレ公爵令嬢。私、アウルム王国王太子アルベールは、そなたとの婚約を破棄する! 理由はそなた自身がよく知っているはずだ!」
アウルム王宮の大会議場。その中央に立った王太子は朗々と宣言した。
大会議場の正面奥にはアウルム国王。そして左右には重臣一同。
国王の隣には通常、会議には出席しないはずの王妃が着席し、重臣席の先頭にはヴィオレ公爵とその夫人の席まで用意されていて、会議とはいえ公の場と表現しても差し支えない。
その公的な場で放たれた次期国王の宣言であった。
彼の隣には黒髪の少女が一人。
最近「王太子殿下のお気に入り」ともっぱらの評判の侍女だった。
王太子と十歩ほどの距離をはさんで向かい合ったヴィオレ公爵令嬢ソレイユは、一つため息をつくと、そのまぶしい金髪と名前にちなんで『アウルムの太陽』と讃えられる美貌をまっすぐに幼い頃からの婚約者に向け、確認した。
「ご自分のお言葉の重みを理解しておいでですか、アルベール殿下。わたくし達の婚約は、国王陛下直々のご命令。陛下も王妃殿下もいらっしゃるこの場でそのような発言、とても冷静とは思えませんわ」
「私は正気だ、ヴィオレ嬢。理由は、あなた自身がよくご存じのはず」
「そう申されましても。心当たりなど、殿下の隣にいるその娘くらいしかございません」
ソレイユが語尾に嫌味を含ませ、美しい紫色の瞳をアルベールの隣の少女に向ける。
アウルムでは珍しいこの瞳の色は、ヴィオレ家の血脈の証と言われていた。
「ヴィオレ嬢のおっしゃるとおりです、殿下。ヴィオレ嬢は家柄のみならず、人柄も気品も教養も美しさも、すべてが申し分ありません。いったい、なんの瑕疵があるというのです」
アルベールの背後からも反論の声があがる。
「婚約を破棄なさりたいなら、それはそれでけっこう。しかし『完璧な淑女』と謳われるヴィオレ嬢を不当に貶めるなら、相応の償いは必要です。そこは理解しておいでですか?」
アルベールから少し離れて背後にひかえていた若者達が次々とソレイユの前に移動し、彼女を守るように囲んで王太子を非難する。
彼らはみな、王太子の将来の側近候補として選抜されたアルベール学友達だ。
むろん、アルベールの婚約者であるソレイユ・ヴィオレ嬢とも長い付き合いで、その人柄や魅力もよく知っている。
今度はアルベールがため息をついた。
「そなたらは、王太子たる私の側近と思っていた。私は今日まで、そなたらを信頼してきた。それがこのような形で裏切られるとは、真に遺憾だ」
若い主人が嘆息すれば、若い側近達は否定し訴える。
「裏切りなどと。我々は、殿下が愚行をさらすのを座視できぬだけです」
「そうです、殿下。我々はなにも、ヴィオレ嬢との婚約解消を止めたいわけではありません。ただ、ヴィオレ嬢の名誉を不当に貶めるような真似を、ひかえていただきたいだけです」
「そもそも殿下が目をかけるその娘は、ヴィオレ公爵家の遠縁とはいえ、貴族位は持っていないと聞きます。ヴィオレ一族の証である紫色の瞳を持っているので、行儀見習いとして公爵家に引き取られただけの平民だ、と」
「未来のアウルム王妃であるソレイユ嬢の侍女にとりたててもらったというのに、平民の分際で主人の婚約者にとりいるとは! 恩知らずにもほどがある!!」
側近の一人が王太子の隣の黒髪の少女――――紫色の瞳以外は、ソレイユと対照的な外見をした少女を指弾すると、他の若者達も「そうだ、そうだ」と、いっせいに彼女を非難する。
アルベールがすかさず彼女をかばった。
「やめよ。ルナ嬢を責めれば、最終的に後悔するのはそなたらだ」
「それはどういう意味でしょう?」
金髪紫眼の公爵令嬢が王太子に問う。
「殿下のご学友はみな、家柄も才能も選び抜かれた申し分ない方々ばかり。その彼らがそろって『後悔する』とは。やはり殿下は、わたくしとの婚約を解消したあと、ルナを後釜に据えるおつもりなのですね。ヴィオレ一族の証たる紫の瞳を持つとはいえ、公的には貴族ですらない娘を王太子妃に迎えるなど、国王陛下やアウルムの民が認めるとお思いですか?」
「今はそれは関係ない。私の新たな婚約に関しては、陛下達が日を改めて話し合い、決定するだろう」
「おや?」と、ソレイユが意外そうに眉をあげるが、追及の隙を与えずアルベールは説明する。
「今日の議題はあくまで、ソレイユ・ヴィオレ公爵令嬢との婚約破棄についてであり、その原因はあなた自身にあることを認めてもらいたい、ということだ」
「それは」
「それは一方的すぎないか、アルベール王太子」
ソレイユの反論をさえぎり、新たな声が割り込む。
扉を守る衛兵の制止を無視して、大会議場に新たな人物が入室してくる。
「ダミアン殿下!」
「フェルム皇子!!」
ソレイユが、大臣達が声をあげる。
まぶしい黄金の髪に、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳。顔も首筋も肩も手足も、肉体のすべてが大理石を彫りあげたように完璧な造作で、ただ歩くだけでスポットライトがあたるかのような存在感を放つ若者。
アウルム王宮に遊学中のフェルム皇国第三皇子、ダミアンだった。
「ダミアン皇子、今は重要な会議中だ。フェルム第三皇子といえど、入室はひかえていただきたい」
アウルム国王が初めて発言し、重臣達も困ったような迷惑そうなまなざしを王子にむけるが、ダミアンは頓着しない。むしろ戦闘意欲をかきたてられたか、胸をはる。
「無礼は承知の上だ。私も一国の王子たる身、無実の令嬢が不当に貶められているのを座視することはできない。私はこの一方的な断罪に、断固として反対する」
アウルム国王に宣言すると、ダミアンはソレイユに向き直り、彼女の白い手をとった。
「もう恐れることはない、太陽の姫君。私が駆けつけたからには、誰にもあなたを傷つけさせない。このフェルム皇国皇子ダミアンが、我が名に賭けてあなたと、あなたの名誉を守る」
「ダミアン殿下…………っ」
「いっそ好都合だ」
「え?」
「アルベールがあなたとの婚約を破棄するなら、あなたは自由の身。フェルム皇国第三皇子ダミアンが、この場で申し込もう。私の妃になってくれ、ソレイユ・ヴィオレ公爵令嬢、太陽の姫。初めて会った時から、私はあなたという太陽に恋焦がれ、焼き尽くされんばかりだった」
「殿下…………っ」
ソレイユの前に跪いて彼女を見あげたダミアンの告白に、血の気を失っていたソレイユの頬が、ぽうっ、と赤く染まる。
共に抜きん出た美男美女。並ぶと、太陽が二つ現れたかのような神々しさだ。
ソレイユとダミアンが放つまぶしくも甘い空気に、アルベールは頭痛をこらえる表情となり、彼の背後にいたルナは眉をつりあげ、見守っていた国王や大臣達もなんともいえぬ様子だ。
「お待ちください、ダミアン皇子。ヴィオレ嬢は…………!」
とうとつな登場に唖然としていた学友の一人が声をあげ、アルベールも隣国の皇子に確認する。
「そもそもフェルム皇国の第三皇子ともあろう方が、独断で婚約を決められるとは思えない。ソレイユを妃に、とおっしゃるが、フェルム皇帝はご存じなのですか?」
王太子の質問に、国王や重臣、学友達も「うんうん」と言わんばかりにうなずくが、ダミアンは意気揚々と立ちあがって、返答する。
「心配無用。私は父であるフェルム皇帝から、自由に妃を選ぶ許しをいただいている」
そしてかつての恋敵に真っ向から向きあった。
「そんなことより、聞かせてもらおうか、アルベールよ。ソレイユ嬢との婚約破棄の理由を。正当な根拠のない理不尽な内容であれば、このフェルム皇国第三皇子ダミアンが、ソレイユ嬢に代わって、そなたとアウルム王宮を告発するぞ!」
重臣達がどよめき、アルベールは眉間のしわをいっそう深くする。
しかし事はフェルム第三皇子にも関係するのは事実だ。
アルベールは父親であるアウルム国王をふり返り、国王から肯定のうなずきを返されると、隣に立つ侍女、ルナと視線をかわてうなずき合ってから、ソレイユとダミアン、そして学友だった者達と向き直った。




