灰色の剣士
無彩獣が地面を抉りながら後退した。
レイアの剣が放つ銀の軌跡に怯えたのか、
あるいは——彩の色に触れたからか。
彩は胸に手を当て、荒い呼吸を整えようとした。
怖い。
でも、それ以上に悔しい。
自分だけ、何もできない。
レイアは無彩獣から目を離さず、低く言った。
「立てるか?」
「……うん。でも……私、戦えないの。」
「見れば分かる。」
その言葉は冷たく聞こえたけれど、
不思議と傷つかなかった。
むしろ、事実を静かに受け止めてくれているようだった。
無彩獣が再び吠え、灰色の風が巻き起こる。
レイアは剣を構え直し、彩の前に一歩踏み出す。
「俺がやる。お前は下がってろ。」
「でも……!」
「死ぬぞ。」
短い言葉。
だけど、その声には迷いがなかった。
彩は唇を噛んだ。
悔しい。
怖い。
でも——
守られるだけなんて、嫌だ。
胸の奥で、何かが震えた。
ミュレが彩の袖を引っ張る。
「彩ちゃん、だめだよ!
今の彩ちゃんは魔力が暴れちゃうの!」
リュミエも冷静に告げる。
「あなたの色は強すぎます。
制御できなければ、あなた自身を傷つける。」
ヴェイルが静かに囁く。
「焦るな、境界の子。
色は、心が整った時にこそ輝く。」
彩は拳を握りしめた。
——分かってる。
でも、レイアが傷つくのはもっと嫌だ。
無彩獣がレイアに向かって跳びかかった。
「レイア!!」
彩が叫んだ瞬間、
胸の奥から光が溢れた。
淡いピンク。
優しくて、温かくて、
でも今は“必死”の色。
巫女装束が一瞬だけ桜色に染まり、
光の花びらが舞い散った。
レイアの身体を包むように、
薄いピンクの膜がふわりと広がる。
「……これは……?」
レイアが驚いたように振り返る。
その隙に、無彩獣の爪が彼の肩を掠めた。
「っ……!」
血は出ない。
色がない世界だから。
でも、痛みはある。
彩の胸が締め付けられた。
「ごめん……!
私、ちゃんと守れない……!」
涙が滲む。
悔しさと無力さで、胸がいっぱいになる。
レイアは肩を押さえながら、
彩に向かって静かに言った。
「……今のは、お前がやったのか。」
「うん……でも、全然……」
「いや。十分だ。」
レイアの瞳に、ほんの一瞬だけ——
灰色の中に、淡い青が揺れた。
「お前の色……綺麗だな。」
その言葉に、彩の心臓が跳ねた。
無彩獣が再び吠え、レイアは剣を構える。
「行くぞ。
お前の色、もう一度貸してくれ。」
彩は涙を拭き、胸に手を当てた。
——私の色で、誰かを守れる。
その実感が、胸の奥で小さな光を灯した。
巫女装束が、淡いピンクに揺れた。




