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待つこと十分ほど。
「大変、お待たせしました。」
店員がターミを連れて再び店の奥から出ててきた。
オレはよっこらしょとソファから立ち上がる。
「どうぞ、お客様、お受け取りください。」
そう言って、店員は店側の署名と捺印が押された契約書と奴隷に対する扱いを記したパンフレットを差し出してきた。オレはそれ等を受け取る。
そして、店員が下がるとそこにはターミの姿が。一見すると、奥に行く前と変わっていないが、制服上着の胸ポケットにあった店の紋章の刺繍が無く、首には先ほど彼女が選んだ『ハート型のアメシストを遇った銀製のチョーカー』が身に着けられていた。
「じゃ、改めてよろしくな。ターミちゃん。」
「よろしくね♪ ターミちゃん♪」
「はい、お世話になります。ご主人様。お師匠様。」
オレらは挨拶を交わす。すると、エリーがオレの上着の袖を引っ張りながら、
「ねえ、お兄ちゃん、聞いた? ターミちゃんったら、あたしのこと『お師匠様』って♪」
ターミからの『師匠』呼びにハイテンションのエリー。
「ってか、『ご主人様』は小っ恥ずかしいな……。ターミちゃん、ラクルって気軽に呼んでくれないか?」
「いえ、それは出来ません。ご主人様は、わたしの主なのです。ですので『ご主人様』です。それと、わたしのことは『ターミ』と呼び捨てにしてください。」
ターミにオレの呼び方についての注文を入れるも、彼女は頑としてオレのことを『ご主人様』呼びするようだ。
「あ! あたしの呼び方、『お師匠様』って少し堅苦しいから『師匠』って呼んでもらえる?」
「はい、わかりました『師匠』!」
対して、エリーの呼び方の変更はすんなりオーケーとか、もしかしなくとも、オレ、ターミに嫌われてる?
そんなことを思いつつも、ま、いっかと思い直す。そもそも、ターミはエリーの弟子にする為に購入したのだから。
「そんじゃ、そろそろ行くとしますか──」
「──お待ち下さい! お客様!」
「あ?」
突如、店内に響いたオレらを止める声。踵を返し店の入口の扉に向いていた視線を声の主に向けるオレたち。
そこには接客している店員とは異なる豪奢な服を着たふくよかな人物がいた。
「店長!?」
オレの接客をしていた店員が上げた言葉で、その人物の正体が判明。
いったい、奴隷商の店長が何の用だろうか?
オレらが踵を元に戻して、店長と相対すると、店長は姿勢を正してから、
「おめでとうございます! お客様は当店来店一万組目のお客様です!」
と曰った。他の店員たちが「何事!?」と首を傾げる中、店長は言葉を続ける。
「細やかながら、お客様への記念品をお持ちしました。どうぞ、お納めください。」
そう言った店長は、この町の有名菓子店の菓子折とこの店の紋章が刺繍された新品のハンカチをオレに差し出してきた。
まあ、別段に断る理由もないので、
「こりゃ、どうも。」
と、受け取る。そして、今度こそ奴隷商の館を出ようかと踵を返そうとした瞬間、
「それと──」
店長の更なる発言に動きを止め、改めて店長と向き合う。
「──こちら、サービスになります。」
と、店長は曰い、そのふくよかな身体を横へと移動する。すると、店長のふくよかな体で隠されていた、店長の後ろにいた人物の姿が露わになる。
その人物は、キリリとした強気な瞳に他人を見下したような態度。服装はターミと同じ上着の胸ポケットに刺繍のない奴隷が奴隷商の館で着用する制服と、オーソドックスな黒革のチョーカー。それに、金髪碧眼の見るからに貴族の令嬢といった雰囲気。年の頃はターミと同じくらいか。
さてさて、いま店長は「──サービス──」と言いやがったな。詰まりは、目の前に見るからにいるいけ好かない金髪女──奴隷を“オレ”に“タダ”でやると言ってきやがったワケだ。
だが、当然、オレは、
「は? 奴隷を一人養うだけでもいっぱいいっぱいなのに、もう一人養うとか無理! クーリングオフ、オーケー?」
と、不要物を店長に突き返す。
しかし、店長はオレの返答を予測していたのか、一枚の契約書を翳し、
「大変申し訳ありませんが、こちらの奴隷は既にお客様の所有物です。それに、こちらの奴隷はお客様が“購入”されたものではありませんので、返品をお受けできかねます。」
返品拒否。しかも、よく見ると、契約書にはオレのサイン──十中八九、店の奴が書いたやつ──と何故か“オレの拇印”が押されていた。不思議に思い自分の手を見てみると、指なしグローブから出ている左の親指にいつの間にやら朱肉の赤インクが付いていた。多分、さっき菓子折を受け取ったときにやったのだろう。ムダに高等な技術だぜ。
オレはいまだに一言も発さぬ金髪女を一瞥してから、考える。どうすれば、この第一印象からしていけ好かない女を手放せるかを。
……!?
数瞬、思考を巡らせる中、ふとした小さな閃きにオレは直ぐさま行動に移る。
「悪りぃがこいつを持っててくれ。」
「? いいわよ」
まずは手に持つ菓子折をエリーに持ってもらい、先程、店員から受け取った『奴隷の扱いに関するパンフレット』を開き、目を皿にして目を通す。
そして、見付ける。『所有奴隷の奴隷商への売却について』と『所有奴隷の奴隷身分からの解放について』という項目。ザッと、両方を読んでみると、前者は“奴隷商が買い取りを拒否する事もある。”と備考の表記があり、わざわざ“タダ”で押し付けてきた奴隷を売却しようとも拒否されるのがオチだ。ならば、後者だ。『奴隷身分からの解放』には金がスッゲー掛かるが、現在のオレにはそれを“実行できるだけのあぶく銭”がある。そんなワケで、早速、金髪女の『奴隷身分からの解放』の手続きだ。
「おい、店員」
「あ、はい、ご用件は?」
「あの、金髪の奴隷の『奴隷身分からの解放』の手続きをしてくれ。」
オレは奴隷商の館の店長が手にしていた契約書を引っ手繰るように受け取り、そのまま受付カウンターへ。
「は?」
「え?」
オレの取った行動に、店長とこれまで一言も喋っていない金髪女が同時に間抜けな声を漏らした。
ドンとオレは金貨が詰まった皮袋をカウンターの上に置く。
「こいつの中には金貨が二百枚ほど入ってる。奴隷の身分解放の『納付金』はこれで足りるな?」
「はい、かしこまりました。では、先に皮袋の中身を確認させていただきます」
「おう」
オレの承諾を得た店員は皮袋の口紐を緩め、中の金貨を取り出し枚数を数え出す。
──さて、ここで少し『所有奴隷の奴隷身分からの解放』についての閑話を。
所有奴隷を奴隷の身分から解放するには、“奴隷身分解放の手続き”が行える『奴隷商の館』・『世界のあちこちにチェーン店がある大手銀行』・『国際司法機関の出張所がある役場』に赴く。そこで、『納付金──金貨百枚と+α』を納付することで、奴隷は奴隷身分から解放されるのだ。ただし、『懲役奴隷』の場合は、“懲役の刑期を満了”している事が条件として加わる。閑話休題。
「──確かに、金貨が二百十七枚。」
どうやら、店員が金貨の枚数を数え終えたようで、店員は次に契約書の内容に目を──
「お、お客様、こちらの奴隷は『懲役奴隷』ですので、刑期を満了していないうちは──」
しかし、そこへ、店長が“待った”を掛けてきた。
オレは止めに入った店長の目を見据え、
「ならば、店長さん。“ソレ”の“刑期”は?」
と金髪女の懲役年数を問う。すると、店長は油を汗かきながらしばし目を泳がせた後、
「……け、刑期は、……その……い、一年だ」
そう答えた。そんな店長にオレは続けて問う。
「そうか。で、“ソレ”は奴隷商の館に来てからどれくらいだ?」
懲役刑の刑期は奴隷商人に下げ渡された時点からカウントされると、パンフには記されていた。
店長は再び、油を汗かきながら、しどろもどろに、
「……え、えーと、確か、……そう、去年からだ」
と答える。よし、言質が取れた。
「そうか、去年か。なら、刑期は満了してるよな? なにしろ、刑期は一年なんだからな。」
「……!?」
オレの言葉に、自らのミスに“しまった”という顔になる店長。だが、そこに今度は渦中の金髪女が口を挟んできた。
「──まだ一ヶ月ほど刑期は残っていますわ」
「あ……、そうそう、そうでしたそうでした……。で、ですので、彼女を奴隷身分から解放なさるなら、また一ヶ月後にお越しを」
と、店長は金髪女の助け船に救われたのだった。
──チッ。抜け道に気付いたか。だが、オレの方も、見落としていた事に気付けた。
あの金髪女が首に着けている『黒革のチョーカー』に、ターミのときにしたような“呪文による主従契約”をオレは施していない。
──ふぅー……。
いったい、金髪女に何の目的があってオレらに近付いてきたかは不明だが、ここは徒に時間を浪費するより、そういった事を考えるのは後回して、当初の予定通りにしよう。なにしろ、思考を巡らすのはムダに疲れるからな。ま、金髪女が尻尾を出すまで待っても遅くはなからう。
オレはそう結論づけ、
「……分かったよ、店長ん。責任は持てないが、その『奴隷』のことは“一ヶ月だけ”引き受けよう。」
そう言った、オレの返答に店長は胸を撫で下ろした。
オレは受付カウンターに置かれた金貨を皮袋の中に戻してから懐に仕舞い、金髪女の契約書も店員から返してもらうと、踵を返して、
「エリー、ターミ、行くぞ」
「はーい」
「はい」
奴隷商の館を後にする。
──はぁ~、まったく、ヘンなオマケが付いてきたもんだぜ。やれやれ……。




