英雄の試練②
青白い輝きは収まり、男の姿が露わになった。
赤い髪、同じ色の燃えるような瞳。
年齢は二十代後半だろうか。
精悍な顔つきをしているが、少年のように歯を見せて笑っていた。
「そうだな。奥で話そう」
そう言うと男は部屋の奥へと歩き出す。その先には、いつの間にか扉ができていた。
トリスタンが立ち上がるのを確認して、アリアは深く息を吐いた。
肩で息をしながら、脇腹をそっと押さえる。鈍い痛みがじわりと広がった。
「いったぁ……これ骨いってるかも」
脂汗を浮かべながら、つぶやいた。
奥の部屋は一言でいうと、物置だった。
様々な剣や鎧、盾などが雑多に置かれている。
それら一つ一つがマジックアイテムであると、トリスタンは気づいた。
男が指を鳴らすと、椅子とテーブルが音もなく出現する。
その椅子の一つに腰掛けながら、男は話し出した。
「まずは自己紹介だな。俺はリーゲル。リーゲル・ステイシア。」
その名を聞いて、二人は目を丸くした。
まさか英雄の名を本人から聞くことになるとは思っていなかった。
その反応を見てリーゲルは笑う。
「あっはっは。いい表情だな」
「驚きました。俺はトリスタン・ロッテンフィールドです」
「……アリア・バレンシアよ」
リーゲルは笑顔を崩さずに言う。
「まあ、俺が生きてるかどうかって言われれば微妙な所だ。今の俺は半神だからな」
そこまで言って、リーゲルはアリアの様子に気づく。
「……おい、顔色が悪いぞ」
「へ?あ、ううん……ちょっと、打たれたところがまだ痛くて」
「ああ、さっきのか。すまなかったな」
そう言って立ち上がると、リーゲルはアリアに近づく。
「触るぞ」
リーゲルはアリアの脇腹に手を当てると、魔法を唱えた。
『回復』
アリアの顔に浮かんでいた脂汗は引いたが、完全に回復した手応えはない。
「うん?魔法の効きが悪いな」
訝しむリーゲルに、トリスタンが答える。
「彼女は東の民です。魔法は効きにくいんですよ」
「ああ、なるほど。噂には聞いたことがあるが、それに違わない耐性だな」
「ええ。蒼炎くらいじゃないと…効果がないです」
「紫炎は流石に死ぬわよ」
遠慮なく紫炎を放ってきたリーゲルを半眼で見つめ、アリアは言った。
「まあ、痛みはマシになったわ。ありがとう」
「ははっ、悪かったよ。盗掘目的の奴かどうか、判断できなかったからな」
そう言ってリーゲルは、後ろの武具の山を見た。
「まあ、こうして転がしちゃいるが、盗まれて困るものもあるんだよ」
そう語るリーゲルの瞳は、少し寂しそうだった。それが郷愁なのか哀悼なのか、トリスタンにはわからなかった。
「ええと……リーゲルさん、いえ──リーゲル様は半神なんですか?」
「あー。よせよせ。様付けなんて柄じゃないんだ。俺、貴族でもなんでもない元冒険者だぜ?」
手を振って苦笑いをするリーゲル。
「まあ、色々あってな。とはいえ、なりたてだから動き回ったりできないんだが。
まあ、それはいい。何か用事があるんだろ?」
「はい……ルカさんから手紙とお届け物を預かってます。」
「おお!ありがとうな!」
半ばひったくるように荷物を受け取るリーゲル。
革袋の蓋を開けると、躊躇なくその中身を飲んだ。
「へへっ、やっぱルカの作る酒は最高だな」
「お酒だったんだ……」
「おう!あの場所でしか採れないベリーを使ってるんだよ。
……ああ、それと手紙もあるんだな。ちょっと読むから待ってくれ」
そう断るとリーゲルは封蝋を割り、中身を確かめた。
「……なるほど。ルカらしいな」
そう呟くとリーゲルは、武具の山から一振りの短剣を取り出した。
柄の部分には複雑な紋様が刻み込まれている。
「これが払うもの。魔王と戦った時、コイツがルカを守ってくれたんだぜ」
「そんな貴重なものを?」
「まあ、永代への布石ってやつだな。後進への期待を含めて、な」
そう言ってリーゲルは、払うものをトリスタンに渡す。
「試してみな」
その瞳は、真っ直ぐにトリスタンを見ていた。
トリスタンは短剣を受け取るとそれを抜き放つ。白銀の刃が、淡く光った。
トリスタンは小さく息を吸う。
「──」
どれだけ待とうと、どれだけ試そうと──言葉は、紡げなかった。
トリスタンは俯き、代わりに声珠から音を出した。
「駄目、みたいですね」
「スタン……」
アリアがトリスタンを気遣うように呼びかける。
「いいんだ。可能性は低いって話だったし」
「そうか……ならば払うものはアリアに譲ろう。それがルカの希望だからな」
そう言うと、リーゲルは再び武具の山へ向かう。その中から、一振りの剣を取り出した。
「コイツはな、ドワーフの刀匠が鍛えたミスリルの刃。銘はない。貰い物だが、軽すぎて俺には合わなくてな」
刃渡は身の丈の半分より長いくらいだろうか。両手でも片手でも扱えるよう、握りの部分は長くなっていた。
柄に小さな宝石がはめられている以外は、華美な装飾は一切ない。まさに戦うための剣だ。
リーゲルが高らかに謳いあげる。その声は、まさに英雄の色を帯びていた。
「だが──今ここに名付けよう。その名は、願いの剣」
リーゲルが、静かに剣を掲げる。剣が、それに答えるように淡く輝いたように見えた。
「持っていけ、トリスタン」
授与、というにはぞんざいな渡し方ではあった。だがその光は、トリスタンの心を少し明るく照らした。
「そしてこれだけは覚えておけ。お前の願いは、外にだけ向けるものではない」
「……ありがたく、頂戴します」
***
「他に確認しておきたい事はあるか?」
リーゲルは腕を組んで尋ねてくる。
「あの、もしよければ、二百年、前魔王と戦った時のことを教えていただけませんか?」
「……ああ。いいぜ」
リーゲルは過去を振り返るように遠い目をした。
「魔王アルビダ。その能力は『魅了』。大半の奴らが操られちまって、仲間同士で殺し合う……酷い戦場だったよ」
リーゲルは肩をすくめて言う。だが、その目には悲痛な光が宿っていた。
アリアが疑問を口にする。
「リーゲルさんは魅了されなかったの?」
「俺はその前から、戦女神アドリナの加護があったからな。精神攻撃には強かったんだ」
リーゲルは自らの胸をトントンと叩く。
「まあそのせいで、魔王と腕利き冒険者五人を、同時に相手する羽目になったんだがな」
「ルカさんもその場に?」
「ああ、俺とルカ、ドワーフの戦士で三人。敵は魔王と腕利き五人。三対六だぜ?流石に死んだと思った」
「それは……凄いですね」
歴史ではリーゲルが激闘の末、魔王と倒した。とだけ記されているだけだ。
だが、その実態は遥かに想像を超えていた。
「そのドワーフ戦士さんは?」
「あー……あいつはまあ、色々あってな。表に出たがらないから、触れないでやってくれ。まだ生きてるとは思うが、俺もどうしてるかは知らん」
「わかりました。お話ありがとうございます」




