英雄の試練①
「英雄リーゲルっていうと、街の神殿に祀られてる人?」
「うん。この街を二百年前に救った勇者。今は街の守護神とされてるから、そっちの方が有名だけど……」
トリスタンは少し考え込む。
「ここは人としての墓所ってことだね。だから、定期的に誰かが管理してるんだろう」
「ふうん。すごい人だったの?」
「すごいよ。二百年前にこの街を侵攻した魔王アルビダを倒した人だ」
「強かったんだ?」
「うん。それだけじゃなく、その後は爵位を授かって、街の復興にも尽力した」
「ああ!瓦礫の人のご先祖様?」
「『瓦礫の塔』、レイナードさんだよ」
「なるほどねー。じゃあ強いわけだ」
アリアは納得したように頷いた。
「確か、彼の仲間にエルフの少女がいたって聞くけど──」
「ねえスタン、それって……ルカさん?」
「……可能性はあるよね。でも、友人って誰だろう?」
「本人が化けて出てきたりしてね」
「アリア、失礼だよ」
アリアを嗜めながらも、トリスタンは小さく息をつく。
「とりあえず入ってみようか。入り口は開いてるみたいだし」
その時、ルカに渡された手紙が僅かに動いた気がした。
トリスタンは訝しげにポケットを見る。
「スタン?行こう」
「ああ、うん。わかった。」
二人は、墓所の中へと入っていった。
墓所の中は意外に明るかった。
天井の採光窓から差し込む光が、白い粒子を淡く照らしている。
外の風の音も聞こえず、ただ静謐な空気だけが満ちていた。
英雄が眠るにしては、質素で無骨な内装だった。
磨き抜かれた石の壁。そこには祈りを刻んだような文字が、かすかに光を返している。
光の届かない最奥に、棺のようなものがあった。
そこだけ、空気がほんの少し冷たい。
「……誰も、いないね」
周囲を見渡しながらアリアが呟く。
トリスタンは頷き、棺の方へと視線を向けた。
「もう少し、進んでみよう」
棺に近づいたその時だった。
トリスタンの胸元で、ルカに渡された手紙が微かに震え出した。
訝しんで取り出すと、震えているのは封筒そのものではなく、封蝋だった。
淡い光が、波打つように明滅している。
「スタン、それ……」
思わず、アリアが声をかける。
次の瞬間、封蝋の光がひときわ強く輝いた。
ごぉんと低く重い音が、静寂を裂く。
棺がゆっくりと動き始める。石が擦れる音を響かせながら、横へとずれていった。
その下には、闇に続く階段。
光の届かぬ地下への道が、静かに口を開けていた。
「暗いね……」
「アリア、大丈夫?ゆっくりでもいいよ」
「う、うん。平気。ありがとう」
松明に火を灯し、階段を降りる。
しばらく進んだ頃、頭上で再び低い音が響く。
二つの松明が四つの影を作り出し、ゆらゆらとゆらめいている。
「今……閉まったよね。閉じ込められた?」
アリアが背後を振り返り、顔を顰める。
その体は僅かに震え出していた。
「アリア、俺が先に見てこようか?」
トリスタンはアリアを気遣うように声をかける。
アリアは彼のマントをギュッと掴む。
「ごめん……なんとかついてくから、先導はしてくれる?」
「もちろん。落ち着いていこう。」
「ありがとう。スタン。
……このまま進んで、大丈夫だと思う?」
「さすがに俺たちをはめるために、ここまで手の込んだことをしないと思うけど」
「うん、そうだね。進んでみよう」
階段を降りること数分。石造りの扉が道を塞いでいた。
二人が近づくと扉は自ら開く。
その先には、意外な光景が広がっていた。
円形の広場だ。広さは直径十四アルマ(約九メートル八十センチ)。
装飾など何もなかったが、床や壁は白く光り、暗くはなかった。
その中央に、ひとつの影があった。
革鎧をまとい、青白く発光する男の姿。
それが、人ならざるものであることは、誰の目にも明らかだった。
守護者、だろうか。
ハルバードを静かに構え、無言のまま二人を見据えていた。
突如、男が詠唱を始めた。
「火の──」
「退避!!」
爆発的な魔力の高まりを感じ取り、トリスタンは叫んだ。
「──矢!」
放たれた炎の矢は、鮮やかな紫色に輝きながら一直線に迫る。
紫炎──最上級の魔法使いの証。
二人は左右に散会する。その直後、炎は床を抉り、火柱が上がった。
威力と精度を捨てた、牽制の略式詠唱。
だが、そんな理屈を嘲笑うかのような威力だった。
「ほら!アリアが化け出てるなんていうから!」
「私魔法使えないもん!」
「あれは、やばいからね!」
「わかってる!」
広いところに出たので、アリアは落ち着いたようだった。
二人は一瞬目を合わせると、すぐに駆け出した。
「力よ、巡れ」
男の詠唱。だが、何故かその魔法構成をトリスタンは感じ取れなかった。
そんな疑問を置き去りに、トリスタンは距離を詰める。近づかなければ勝機はない。
男もまた、迎撃に動いていた。
うなりを上げて、ハルバードが襲いくる。
袈裟斬りに放たれた、当たれば頭蓋すら砕く一撃。しかしそれは重量を感じさせないほどの鋭さだった。
トリスタンは大きくのけぞって回避する。逃げ遅れた前髪が、宙を舞った。
反撃に転じようとした刹那。翻った刃が反対側から襲いかかった。
息を呑む暇もなく、咄嗟にバックステップで距離を取る。
だが、それを咎めるかのように、穂先が追い縋った。
神速の三連。剣で、籠手で、受け流す。
防ぎきれなかった刃が頬と脇腹を裂き、一瞬、動きが鈍る。
その隙を逃さず、男がハルバードを振りかぶった。
鈍い輝きに冷たい汗が流れる。
だが──刃は振り下ろされることなく、男は横へ身をかわした。
その瞬間、彼のいた場所を一筋の閃光が貫いた。
アリアが放ったナイフだ。
「スタン! 下がって!」
アリアは姿勢を低くし、低空を飛ぶ鳥のように男へ迫った。
迎え撃つように繰り出された横薙ぎの一撃を、さらに沈み込むように潜り抜ける。
ショートソードが閃く。
しかし、男は斬撃の勢いを利用し、身をひねって回避した。
だが、間合いはもはやハルバードのものではない。
アリアは再度突きを放つ。
それをいなした男は、逆に距離を詰める。
──しまった。
アリアの目が見開かれる。
男はハルバードを右手に持ち、開いた左手で横腹を打ち据えた。
苦痛にアリアは顔を歪める。
続く前蹴りで押し返され、数歩後退した。
──そこは、ハルバードの暴風圏だった。
斜め上からの一撃。
アリアは、反対側に体を沈めそれを掻い潜った。
追撃は足払いだ。ギリギリまで引きつけ、跳躍する。靴のすぐ下を刃が掠めていった。
着地を狙った薙ぎ払いは体を投げ出すようにしてやり過ごす。
──しかし、そこまでだった。致命的に体勢を崩したアリアに次の一手はない。
ハルバードを上段に振りかぶる男。その動きは、とてもゆっくりに見えた。
刃が振り下ろされる寸前、
「させるか!!」
体勢を整えたトリスタンが、男の後ろから突撃する。
だが、それすら織り込み済みだったのだろう。
彼は素早く身を翻すと、ハルバードをトリスタンへと打ち下ろした。
不意を突かれたトリスタンは、籠手と剣を交差させてそれを受け止める。
──受け止めて、しまった。
トリスタンの剣は飴細工のように砕け散り、そのままトリスタンは石畳にたたき伏せられた。
「──!!」
強烈な一撃を受けても、トリスタンの口から音は漏れなかった。
鈍い衝突音。男が、僅かに眉を顰めた。
ただの籠手であれば諸共にトリスタンを両断していたはずの一撃。
だがミスリルの籠手は、傷一つなくその刃を受け止めていた。
「スタン!!」
アリアが声を上げる。
倒れ伏した彼は動かない。
焦燥が走る──だが彼女の瞳は、まだ光を失っていなかった。
「まだ……まだぁ!」
アリアが叫び、男へと飛びかかる。
脅威的な男の攻撃に、アリアは適応しつつあった。
リーチを把握し、紙一重の見切りを見せる。
幾度かの打ち合いの末、アリアは間合いの内側へと踏み込んだ。放たれる矢のような一撃。
攻撃が当たることはなかったが、男はたまらず後退した。
トリスタンを庇うように移動するアリア。
少し距離を取り、様子を伺う男。
互いの視線が交錯する。
一瞬の膠着、それを打ち破ったのは男の魔法詠唱だ。
「爆炎よ、悉くを打ち倒せ『爆炎球』」
高々と掲げた掌に紫色の火球が出現する。それを見たアリアの顔色が変わった。
自分が退避しても、トリスタンへの直撃は免れない。
魔法を使った決着。この状況は、望んだ通りの展開であった。
そう、──お互いに。
アリアの影に隠れていたトリスタンが、左手を口元に当てていた。
それは切り札の合図。詠詞改律。
トリスタンの瞳に焔が灯る。
感じ取った魔法構成を手繰り寄せ、掴む。
──掌握完了。世界が一瞬、呼吸を止める。
心の中で命じる。
【改律・転換】
生み出された火球は、そのまま真下へと落下し、炸裂した。
轟音と共に、男が炎に包まれた。
炎がおさまり、揺らめく煙。
その中には何事もなかったかのように立つ人影があった。
絶望。それが二人の顔を歪ませる。
だが、男は武器を下ろし、ニヤリと笑いかけた。
「やるじゃないか。合格だ」
そういうと男はパチンと指を鳴らす。
焼けこげていた床は、時間が巻き戻ったかのように修復された。




