英雄の試練③
「あっ、私からも質問!」
アリアが元気よく手をあげる。
「さっきの戦い。リーゲルさんは本気だった?」
アリアの瞳が鋭く光る。
その質問に対して、リーゲルは満足そうだった。
「ほう、いいとこ見てるな。あれは、『人間リーゲル』としては本気だった。体の頑丈さ以外はな」
「ええぇ、ちょっとズルしてるんじゃなくて?」
「おいおい、英雄なめんな。魔王以外にも、世界を一回と国を二回救ってるんだぞ」
「え、何それ知らない」
リーゲルは肩をすくめた。
「あー……まあ、また機会があれば教えてやるさ。長くなるしな」
そこまで言ったところでリーゲルはトリスタンに目を向けた。
「あ、そうだトリスタン。最後の魔法を捻じ曲げたやつ。あれなんだったんだ?」
リーゲルでも詠詩改律を見たことは無かったのだろう。興味津々といった表情でトリスタンを見つめていた。
「あれは『詠詩改律』と名付けてます。その、俺にもよくわかってないんですが、魔法に干渉できる異能です。対象を変えたり、暴発させたりといったことができます」
「ふぅん。初めて見るな。声を失ったから手にしたって感じか?」
「因果関係はわからないです。話せなくなって、しばらくしてからですね。感覚的にできそうだなと感じて、やってみたら出来ました」
リーゲルは顎に手をやり考え込む。
「ふむ……呪いの副作用みたいなものなのかもしれんな」
「副作用、ですか」
「まあ、俺はその辺は詳しくないからなんとも言えんがな」
静かに思考しているリーゲルに、アリアが軽く声を掛ける。
「リーゲルさんは壊し専門って感じするよね」
「うるせえ。アリア、お前もそんな感じだろうが」
「私、壊すものはちゃんと選んでるもん」
「アリア、そういう問題でもないよ……」
なぜか胸を張るアリアに、トリスタンは静かに突っ込んだ。
「ははっ、いいコンビだよ、お前らは。
なあ、トリスタン。さっきの詠詩改律、もう一回見せてくれよ」
半神はそう言うと、魔力を練り出した。
『この手に纏うは紫色の烈火
集え、集え、集え──』
リーゲルの掌に、拳ほどの大きさの紫炎が灯る。
だがその輝きは、目を焼くほどに鋭い。その場の全てが、炎にひれ伏したかのような圧迫感だった。
それを感知したトリスタンは戦慄する。
『言の葉を拾うもの』によって、全身が炭化したかのような感覚に襲われる。
──無理だ。
雪崩を一人で止めようとするような無謀な行為。書き換えてどうにかなると思えるような魔力量ではなかった。
死神の鎌が、ピッタリと首に触れていた。
「なんてな」
リーゲルは、軽く言い放つと、その炎を握り潰した。
空間を支配していた魔力が、嘘のように消える。
汗が滝のように流れ落ちていた。腰を抜かさなかっただけでも、誇るべきことだったのかもしれない。
「詠詩改律は強力な切り札だが、限界もあるみたいだな。覚えておけよ?」
「……は、い」
トリスタンはなんとか声を絞り出す。
魔力の圧を感じられなかったのだろう。隣で呑気に見ているアリアが、今だけは羨ましかった。
「ところで二人とも、この後どうするのか決めてるのか?」
「一旦リゲルサクセに帰ります。アリアの回復を待つ必要がありますし」
「そうか。なあ、トリスタン、お前の家族も同じように呪われてたりするのか?」
「……わかりません。俺は孤児らしいので」
その言葉を受け止め、しばし考え込むリーゲル。
「ふむ。俺の故郷にな、同じように言葉を失った人がいたんだ。俺が人間の頃だから、もう二百年以上前にはなるが……」
リーゲルはトリスタンを真っ直ぐに見た。
「一度、調べてみてもいいかもしれないぞ。その呪い──お前一人のものじゃないかもしれん」
トリスタンは息を呑んだ。
そんな彼に、アリアが声をかける。
「スタン、行ってみてもいいんじゃない?」
「うん。アリアがいいなら、行ってみたいかな」
「そうか。場所はここから東、モルデハイムという街だ」
「ありがとうございます。一度、行ってみますね」
「ああ、気をつけてな。それと、これを渡しとく」
そう言ってリーゲルは二人に、蝋燭と封蝋印を差し出す。
「ここに来たい時、誰かを俺に紹介したい時。コイツを使え。悪用すんなよ。」
ニヤリと笑うリーゲル。
二人は頭を下げると、その場を後にした。
墓所から出た時、外ではすでに太陽が沈みかけていた。
世界は黄金色に染まり、風が静かに草木を揺らしている。
「広いところって最高!」
アリアが体を伸ばす。だがその後、脇腹を抑えて丸まった。
「いったぁ」
「アリア!大丈夫?」
「何日か休めば……大丈夫だと思う」
「肩貸すよ」
「ありがと。……ちょっと寒くなってきたね」
払うものを抱え直しアリアが呟く。
「そうだね」
腰に下げた願いの剣の重みを感じながら、トリスタンが応じる。
「ふふっ、依頼以外での旅なんて久しぶりだね」
「確かに、そうかな」
二人は顔を見合わせると笑い合う。
「じゃあ、行ってみようか」
「うん。でも一旦、今日は帰ろう。リゲルサクセに」
夕陽が、二人を照らしていた。その光を背に浴びながら、街へと歩き出す。
伸びていくふたりの影。まるで新たな道を指し示すように、前へ前へと伸びていく。
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