英雄の試練④
リゲルサクセに戻ると、日はすっかり沈んでしまっていた。街灯の灯りが、弱々しく道を照らしている。
冷たい空気が肌を刺す。吐き出した息は白い。
「さむぅ。スタン、早く帰ろう」
震えるアリアに急かされ、トリスタンは宿へと急いだ。
宿へと近づく。一階の食堂からは、ランプの灯りが漏れている。同時に、食事をしている客の喧騒が聞こえてきた。
扉を開けた瞬間、温かな空気が二人を包み込んだ。冷え切った手先が、じんわりと溶けていく。
「スタン、アリア!おかえり」
二人を出迎えたのはリーザだ。両手に料理を抱え、配膳をしているところだった。
ローストした肉や香辛料を効かせた川魚の匂いが鼻腔を刺激する。
「ただいま!女将さん!」
元気よくアリアが答える。
「ただいま」
トリスタンもニコリと笑い、アリアに続く。
「今日はマスターのご飯が食べたいな!!」
アリアは奥の厨房まで聞こえるような声でせがんだ。その目はリーザの手元の料理に釘付けだ。
「はいはい。伝えとくよ」
リーザは苦笑いしながら返事をする。
「アリアはいつも騒がしいな……」
聞き慣れた声が近くのテーブルから聞こえてきた。
そこに座っていたのは、オーウェンだ。いつもの隊服ではなく、私服姿であった。
「オーウェン!」
友人に会い、トリスタンの顔に自然と笑みが溢れた。
「あっ、応援の人だ」
オーウェンを見たアリアが声をかける。
「応援じゃねえ!そして黄炎でもねえ。俺は最近翠炎を発現させたんだ!」
オーウェンは胸を張り、誇らしげに言った。
「え……しょぼいじゃん」
「お前を基準にするな!」
そんな二人を見たトリスタンは慌てて口を挟んだ。
「まあまあ、翠炎は一人前って言われるレベルだから…」
「でもスタンは蒼だったんでしょ?」
即座に放たれた容赦のない追い打ちに、トリスタンの顔が引き攣った。
「俺頑張ってるつもりなんだが、惨めになってきたわ…」
胸を張っていたオーウェンは、いつのまにか背を丸めていた。
しばらくすると、リーザが両手に料理を抱えてやってきた。
「はいよ、お待たせ。」
肉と野菜の包み焼き、クリームシチュー、川魚の香草焼き──
マスター謹製の料理が次々と運ばれてきた。
「わあ!待ってました!」
ナイフとフォークを持って待機していたアリアが歓声を上げた。
キラキラとした目でテーブルに置かれる料理を追いかけている。
「いただきます」
トリスタンも続く。
暖かいシチューが、冷えた体をじんわりとほぐしていく。
二人の目尻は自然と下がっていた。
「ああ……美味しい」
アリアはしみじみと呟きながらも、猛烈な勢いで皿を空にしていった。
「ところで……」
ひと段落ついたところで、オーウェンが話を切り出した。
「アリア、えらく雰囲気のある短剣を持って帰ってきてるが、どっかから盗ってきたもんじゃないよな?」
「え、違うよ?リーゲルさんに貰ったの」
「リーゲルさんって誰だよ?」
「リーゲルさんはリーゲルさんじゃん。神殿とかにも像あるでしょ?」
その言葉に、オーウェンは固まる。
「は……?え……お、お前墓荒らして来たとかじゃないよな?」
混乱するオーウェンにトリスタンが声をかける。
「オーウェン。リーゲルさんは半神になってて、本人から剣を貰ったんだ。
──って言ったら信じる……?」
「待て待て待て待て!
スタンが嘘をつくとは思えないが、流石に頭が追いつかん」
「だから、リーゲルさんと戦って、認めてもらったからご褒美貰ったんだよ!」
オーウェンは口を半開きにして天井を見つめていた。情報の整理にしばらく時間がかかりそうだった。
「スタンだって剣貰ってるからね!」
「うん……貰ってるよ」
声珠の声は無機質だが、トリスタンは少し誇らしそうだった。
「おおう……信じるしかないよな。アリアはともかく、スタンが言ってるんだしな」
「ともかくって何よ!」
膨れっ面で、フォークを魚に突き刺すアリア。オーウェンはその抗議を華麗に無視した。
「まっ、戦力が上がるのはいい事じゃないか。そのうち遺跡行くんだろ?応援してるぜ!」
「オーウェンだけにね」
テーブルから乗り出し、ニヤニヤしながらアリアが茶化す。
「うるせえ。
……まあ、俺はそろそろ帰るわ。またな」
「うん。また」
「じゃあねー」
二人に見送られながら、オーウェンは静かに店を後にした。
扉が閉まる。店内には料理の匂いと、温かな灯りだけが残った。
「アリア、脇腹は大丈夫?」
「うん!でも何日かは休みたいかな」
アリアは、探るように脇腹を押さえる。
「わかった。とりあえず、モルデハイム行きの準備はしておくよ。
動けるようになったら、教えて」
「ありがと。とりあえず明日は施療院行ってくるね」
「うん。じゃあ今日は休もうか」
「だね。流石に疲れちゃった」
二人はリーザに礼を言うと、それぞれの部屋に戻っていった。
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