ベネディクト・ブレイブス
「スタン。動けるか?」
いつの間にか近くに来ていたアレクが尋ねてくる。
「なんとかね。でも、戦うのはきついかも」
「そうか…さっき騒ぎを聞きつけた敵が斥候に来てたんだ。すぐ撤退したが、多分本隊が来る。なんとか逃げるぞ。」
「ごめんね。俺の判断ミスかもしれない」
「いや、あそこで戦わなきゃリゲルサクセが落ちてたかもしれないんだろ?仕方ないさ」
トリスタンはアリアを抱えて立ち上がる。
「とにかく、湿地帯へ逃げ込むぞ。あそこならそうそう追いつかれない」
そう言ってアレクはパメラを抱えて歩き出す。
それを制止したのはギルだ。
「待て、アレク」
彼は西を指差している。その先には、土煙を上げて迫り来る騎馬の姿があった。
「スタン、粘り勝ちだ。救援が来たぞ」
騎兵隊はすぐにトリスタン達の元へ辿り着いた。
彼らは無駄のない動きで負傷者を馬に乗せる。
トリスタンは安心と疲労で、馬に乗った瞬間に気を失ってしまった。
先頭を走っていた男がギルに話しかける。
「ギルさん!無事でしたか。状況は?」
「ソールか。見ての通りだ。敵の魔法部隊は壊滅。
指揮をしていた魔王をそこの少年が討ち取った」
「はあ?魔王を!?」
「うむ。確かに名乗っておったぞ」
「……ちょっと理解が追いつかないので、レティ姉さんに任せます」
ソールは少し目を逸らすとそう言った。
「ああ、いや。一応勝鬨は上げとくか。ムーア、敵軍に聞こえるように、魔王を討ち取ったと喧伝してくれ」
「承知。その少年の名は?」
「トリスタン、だ」
「承知した」
そう言うと、ムーアは声を張り上げた。
「魔王アガレス!トリスタンが討ち取った!!」
「よし!引くぞみんな!ゲストを落とすなよ」
騎兵隊は浮き足立つ敵軍を突破し、正門へと最短距離を走った。
トリスタン達は誰一人欠けることなく、無事にリゲルサクセへと帰還した。
***
トリスタンは目を覚ました。
窓から差し込む光が目に痛い。
半身を起こし、左右を見渡す。
見慣れない部屋だ。いくつかのベッドと質素なサイドテーブル。目につくのはそれだけだった。
隣のベッドでアリアが寝ているのを見つけ、少し安心する。
「おはよう。スタン君」
声は背後からだ。
トリスタンは慌てて振り向く。
そこにはレティシアが座っていた。
トリスタンは何かを言おうと、声珠に集中する。
しかし、その必要は無くなっていることを思い出し、口を開いた。
「おはようございます。レティシアさん。ここは?」
「ここは防衛隊の治療所よ。スタン君は一日眠ってたの」
「そんなに?えっと、アリアは……いや、みんなは無事ですか?」
レティシアはニコリと笑う。
「ええ、アリアちゃんはしばらく治療は必要だけど、命に別状はないわ。他の人も大丈夫」
トリスタンは胸を撫で下ろした。
「そうですか……よかった。あの、大侵攻の状況は?」
「そちらも大丈夫。スタン君たちを助けた後、一気に魔王軍が瓦解したわ。本当に魔王を倒したのね」
「はい……そうだと思います」
「ふふふ。君らしい言い方ね」
そう言うとレティシアは青い声珠を取り出した。
「これ、返すね。不要になったみたいだけど」
トリスタンは声珠を受け取ると、懐にしまった。
堪えきれなかった笑みが溢れる。
「……ありがとうございます」
「ええ。二人の怪我が治るまでは、ここにいて構わないわ。というよりも、事情を聞くまでは帰せないんだけど」
レティシアは苦笑した。
「じゃあ、私は仕事に戻るから、ゆっくりしててね。何か必要なら教えてね」
そういうとレティシアは部屋を出ていった。
その後、アレクやギル、ラッセルとリーザが順番に二人の元を訪れ、生還を祝いあった。
ギルは包帯こそ巻いていたが、既に動き回っているらしい。その強靭さはさすがと言えた。
ひとしきり訪問者が落ち着いたころ、隣のアリアが声をかけてきた。
「おはよ、スタン」
「おはよう、アリア」
二人ははにかむように笑い合う。
どちらともなく拳を突き合わせた。
「依頼完了、だね」
「うん。お疲れ様」
***
「どうやら今回も、リゲルサクセは勝ったようだね」
乾杯。と小さく笑い、ルカはゴブレットを突き出した。
「ああ。しかも魔王を討伐。いいねぇ!」
リーゲルもそれに応じる。
木製のゴブレットが、カツリ、と音を立てた。
小さな唇で果実酒をちびりと呑みながら、ルカが言う。
「しかし、白炎使いを使徒にするとはね。君もなかなかやるじゃないか」
ゴブレットの中身を一気に煽り、皮袋から手酌をしていたリーゲルは一瞬固まる。
「ん……使徒?何のことだ?」
その答えに、ルカは少し咳き込んだ。
「まさか君……気づいていなかったのかい?」
「んんん?」
「願いの剣だよ。名前をつけて、所有物を渡しただろう?」
「あ、ああ……渡した」
「君のハルバードと同じだよ。戦女神アドリナに名前を頂き、下賜されただろ?」
「……あっ!」
「おいおい……わかってるのかい?君とスタンはこれで運命共同体だぞ。
君が何か失敗すれば彼にも悪影響があるし、その逆も然りだ」
「……今から返してもらうとかは?」
「君の神性が問われるね」
バッサリと切り裂くようにルカが言い放つ。
リーゲルは頭を抱えた。
それはトリスタンを信頼していないからではない。自らの運命に、少年を巻き込んでしまったことを悔いているのだと、ルカにはわかった。
だが、それでもルカは攻撃の手を緩めない。
「全く君は……戦闘力以外は成長していないね。
沼の怪物と戦った時もそうだ」
ルカはネチネチとリーゲルの失敗を掘り返す。
「ううう。このクソジジイ……」
その言葉に、ルカの瞳が鋭く光った。
「リーゲル。それは禁句だよ?もう酒は飲めないと思いたまえ」
「うぐ……ご、ごめんなさい」
「ふふ。わかればよろしい。私は美少女なんだからね」
勝ち誇るように笑うルカ。
「コイツ、よくもぬけぬけと……」
項垂れるリーゲルに、半神の威厳は……無かった。
***
“それ”は目を覚ました。
意識はある。が、体は動かない。
「思いのほか、お早いお目覚めですな。我が王」
声の主人は、年老いたフロストエルフだった。
王と呼ばれた存在は、口を開く。どうやら、話すくらいはできるらしい。
「白炎が目覚めた。あれは我が命に真に届きうる。私の器が完成するまでに、殺せ」
それだけ命じると、“それ”は再び眠りについた。




