開放①
翌日。トリスタン達は朝早く洞窟を発つ。
しばらく歩き山間を抜けると、リゲルサクセが視界に入った。
同時に見えたのは、都市を包囲する魔王軍。
幸い、北側にはほとんど兵はいない。
「やっぱり、主に展開してるのは南側だろうね」
状況確認を兼ねて、トリスタンがそう言う。
リゲルサクセは南から半島のように付き出した高台に造られている。そのため、攻略するなら南側からが基本となるだろう。
「じゃあ、予定通り東から行くぜ」
包囲している部隊を大きく回り込むように一同は南東へ進む。
街の東には湿地帯が広がっている。底なし沼も点在しているため、大軍の展開には不向きだ。
湿地帯に差し掛かろうとしたところで、アレクが舌打ちした。
「くそ、敵がいる」
前方に百人程のフロストエルフの部隊が見えた。
「迂回出来んのか?」
「厳しいな。底なし沼を避けて進むルートのすぐ近くだ」
アレクは少し考え込むが、すぐに判断を下した。
「幸い、あいつらは城壁に夢中だ。後ろをこっそり通らせてもらおう」
散発的に城壁の奥から石が飛んできている。射程外に布陣しているようだが、敵部隊の意識は都市からの投石攻撃に向けられている。後ろを振り返る余裕はなさそうだった。
遠くから響く怒号、魔法の炸裂する音。それらがトリスタン達の足音をかき消してくれる。
敵部隊の斜め後ろに差し掛かったとき、トリスタンは魔法の構成を感じ取った。
大規模なものだ。恐らく敵部隊のほぼ総出で詠唱している。
嫌な予感がした。
この場所は湿地帯だ。アレクが言うとおり底なし沼もあり、大軍が展開できない。
戦略的に重要な地点ではない。にもかかわらず、これほど大量の魔法使いを投入するのは不自然だ。
「……パメラさん、ここで魔法をお願いするかもしれません」
「ここで?目立つだけじゃ──」
その瞬間、敵部隊の魔法が完成する。
その魔法は湿地を凍りつかせた。
いや、それだけではなく、巨大な氷の階段を作り出した。それは、一直線に城壁の上まで届いている。
ギルが声を上げた。
「あれは……まずいぞ。城塞内になだれ込まれる」
「そう言うことか……!仕方ないわね。我が手に烈火の激流『炎の奔流』」
パメラの手から紫炎が放射される。小さな丘すらまるごと飲み込みそうな炎の激流が、氷の階段を蒸発させた。
それは狼煙だ。城塞に位置を知らせ、何よりも目の前の敵部隊にトリスタンたちの存在を発覚させた。
フロストエルフ達の反応は素早かった。即座にこちらへと矛先を向け、魔法を唱え始める。
トリスタンは咄嗟に詠詩改律を行う。いくつかの魔法を暴発させるが、すべてを捌き切ることはできなかった。
反撃の氷の刃がパメラに迫る。
直撃するかと思われた瞬間、ギルが体ごとぶつかるようにパメラを突き飛ばした。
氷の刃はギルの腕を深々と切り裂く。
「ぐうっ……!」
ギルの腕から鮮血が滴る。
「ギルさん!」
「大丈夫だ!それより、逃げるぞ!」
「……いいえ。大丈夫よ」
立ち上がったパメラがそう言った。その声は、戦場にあるとは思えないほど穏やかだ。
「スタン君。私はここで出し切るから、後はよろしくね」
ニコリと笑うと、高らかに名乗った。
「森羅万象焼き尽くす
私こそは炎の娘
紫炎の腕に包まれたなら
貴方に逃れる術はないわ
【過剰火力】パメラ・パレス。
この炎に耐えられるかしら?」
瞬間、圧倒的な魔力が場を支配した。
パメラに魔法の微調整はできない。
圧倒的な魔力を激流のように放出するか、止めるかだけだ。
「心得よ。これは災厄。
理解せよ。汝らの死地。
『燃え広がる災禍』」
紫炎。至高の炎。現在、人の身でそれを扱えるのは二人しか確認されていない。
一人は、『書院』の【筆頭】
もう一人は、【過剰火力】パメラ・パレス
その炎が、暴威を振るおうとしていた。
発現したのは、炎の川。
幻想的な色のそれは、触れたものを灰と化す破滅的な暴力だ。
フロストエルフ達は瞬く間に炎に呑まれ、文字通り消え去った。
炎が舐めた湿地帯は、乾季の土のように乾燥してしまっている。
しかし、その焼け跡の中に、氷の壁が一つ。それは半ば溶けながらも存在感を放っていた。
***
「隊長。パメラのものと思われる紫炎を確認しました」
レティシアの報告を受け、レイナードはすぐに返事を返した。
「おう。助けに行けそうか?」
「いえ……確認されたのは都市の北東。湿地帯の目前です」
想定外の状況に、レイナードは思わず声を上げた。
「はあ!?何でそんな手前で?」
「直前に巨大な氷の階段が湿地帯で出現しました。おそらくそれを破壊するために紫炎を使ったと思われます」
「……くそ、悪い予感が当たってたか。つまりアイツらは俺らのケツを拭いてくれたわけだ」
「……そうなります。直後に、二回目の紫炎を確認しています」
「助けに行くぞ!」
「待ってください。さらにその後、氷の大規模魔法──おそらく、連結詠唱陣も確認されています」
「やられたのか?」
「わかりません。ただ、物見からはまだ誰かがその場で戦っていると……」
「パメラがやられたら士気にも影響するだろうが!すぐに行くぞ!」
「駄目です。隊長が討たれたら、この街は保ちません。騎兵を出しますが、隊長は残ってください」
「ふざけるな!」
「騎兵を出すのに正門前の敵を減らす必要があります。隊長でなければ、それは出来ません」
「むう……わかったよ!騎兵は全員無事に出撃させてやる。その代わり、仕損じるなよ」
***
レイナードは胸壁の隙間から顔を出した。
城壁の下に展開する敵部隊を確認する。
ゴブリンやコボルドなどの亜人種を主戦力とした部隊だった。数人のフロストエルフが現場で指揮をしている。
ふと、そのうちの一人と目が合った。
そのフロストエルフがこちらを指差し、何かを叫ぶ。
「うお、やべ」
レイナードは胸壁の陰に隠れた。
直後、何十本もの矢が飛来する。
それらは、胸壁に弾かれて城壁の下へと落ちていった。
「へへへ。位置は把握したぜ」
レイナードはペロリと舌を出す。
「舞い上がれ。降り注げ『雨弾』」
城壁の上に置いてあった数十個の石礫。それが上空に打ち上げられた後、フロストエルフの周辺に向けて降り注いだ。
突然の石の雨に指揮系統が乱れる。
その瞬間、正門が開け放たれた。
待機していた騎兵隊が敵陣を突破し、西へと向かう。
彼らは北へと回り込んだ後、パメラ達を救出する手筈になっている。
「行ってこい。帰ってこいよ」
そう呟くと、レイナードは更に石の雨を降らせた。
***
糸が切れたように、パメラが倒れた。アレクが咄嗟に彼女を支える。
その瞬間、氷の壁が砕け散り、一人のフロストエルフが現れた。
彼はじとりとした目でこちらを睨みつけると、滔々《とうとう》と言の葉を紡ぎ出した。
ぞわり、と嫌な予感がした。凍った池に沈んだかのように体が凍える。
寒いのに、汗が止まらない。
言の葉を拾うものが、全力で危険を告げていた。
『堅氷そそり立ち、死地と生路を分つ』
周囲に分厚い氷の壁が出現し、ぐるりと囲われる。逃げ場は、ない。
『碧空より顕る幾千の氷刃
死地に降り注ぎ、惨烈たる場とならん』
「連結詠唱陣!?」
連結詠唱陣──複数の魔法を組み合わせる大技である。
トリスタンは咄嗟に口に左手を添える。
迫り来る無数の氷槍。その魔法構成、全てを掴む。
理を、ねじ曲げる。
それは、人の業ではない。
──だが
『降り注ぐ千の氷槍』
『戒律・転換』
世界が、呼吸を止める。
押しつぶされそうな重圧を感じた。加熱した脳が悲鳴を上げている。
声を上げることはできない。けれど、トリスタンは叫んでいた。
ブチリ、ブチリと何かが切れる感覚。おそらく、これが最後の詠詩改律だと、本能的にわかった。
迫り来る氷槍。それらは、トリスタン達を避けるように降り注いだ。
砕けた氷が、トリスタン達の肌を薄く切り裂く。
周囲を囲んでいた氷が砕けるように霧散した。
トリスタンは荒い呼吸を繰り返す。
圧倒的な魔法密度。撃ち返すどころか、僅かに逸らすのが精一杯だった。
鼻から血が流れる。トリスタンは崩れるように膝をついた。
「スタン!?」
「大丈夫……少し、休めば、なんとか」
気遣うアリアに返事をする。
そんな彼らに気を使う事なく、フロストエルフは追撃を放った。
『氷の矢』
トリスタンへと、氷の矢が飛来した。
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