再点火⑤
「はぁ……はぁ……」
戦闘の気配が遠くなった頃、四人は立ち止まり息を整えていた。
冷たい空気が肺を刺す。
アレクの先導で、四人は山間を抜け出していた。
「アリア、大丈夫?」
トリスタンはアリアに心配そうに声をかける。
ギルの速度に合わせていたため全力で走っていたわけではない。
だが、戦闘と逃走は、アリアの体力を削っていた。
「う、うん。もうちょっとだけ休んだら何とか……」
アリアはそう言ったが、アレクが振り向いて口を開く。
「いや、悪いが先を急ごう。天候が崩れそうだ。もう少し進んだところに休憩できる場所がある。そこまでは行けそうか?」
アレクが北西の方を指差して言う。
「わ……わかった。がんばる」
アレクが指さした先へとしばらく進むと、小高い丘が目に入った。その麓に、ぽっかりと洞窟が口を広げている。
「あそこで休もう」
そう言いつつ、彼は先導する。何気なく歩いているが、抜かりなく周囲を警戒しているようだ。
「多分吹雪になる。ちょっと早いが、今日はここで休むのがいいと思うが、どうだ?」
アレクがトリスタン達に提案し、三人は頷いた。
「進みたいけど、仕方ないか。アレクの判断に従うよ」
「うむ、わかった。では野営の準備をしよう」
ギルは荷物を降ろすと、テキパキと準備を始める。
「石を何個か集めてくれ。その上に板を敷いて寝床にしよう」
「わかりました」
ギルは木くずを固めた燃料を数個、バッグから取り出した。
「儂は火を熾そう。見張りも立てておいたほうがいいな」
「私、外を見ておくよ」
四人は思い思いに準備を進める。
次第に辺りは暗くなっていった。
星あかりすら分厚い雲に遮られ、暗闇が世界を支配していく。徐々に気温も下がりつつあった。
その夜。トリスタンとアリアは見張りのため起きていた。
外は吹雪だ。洞窟の中にいても、時折身を切るような冷たい風が吹き込んでくる。
二人は背中を合わせ、一枚の毛布にくるまっていた。
炎が弾ける音と風の音だけが鳴り響いている。
「ねえ、スタンはさ……」
沈黙を破ったのはアリアだった。彼女にしては珍しく、言葉を選んでいるようだ。
「モルデハイムで、ネルソンに誘われたとき……付いて、行きたかった?」
核心をついた質問に、トリスタンは思わず頭を上げる。
勢いあまり、お互いの後頭部がぶつかる。鈍い音がした。
「〜〜っ!」
二人は数秒、頭をおさえて黙り込んだ。
やがて、どちらからともなく笑い出す。
ひとしきり笑ったところで、トリスタンは答えを返した。
「行くつもりはなかったよ……ただ、呪いを解くことができるかもしれない。その言葉には、惹かれちゃったかな」
「そっか。……そうだよね」
「……ごめん」
「ううん。多分私も、同じ立場だったらそうなっちゃうかもしれないし。今回は許してあげる」
「うん……ありがとう。アリア」
「ふふっ。そういえばさ、スタンって白炎使いの子孫なんだよね?」
「うん……そう、らしいね」
「じゃあさ、自分でその呪い、解けないの?」
トリスタンは息を呑んだ。
その発想は、自分にはなかったものだ。
魔法使いであった彼にとって、白炎は届かざる存在だ。
──そう、思い込んでいた。
だが、それがただの思い込みであればどうだろうか。
そうあれかしと願い
そうあれかしと言葉を紡げば
それは、『書院』で初めに教えられる、言霊使いの基礎だ。
「うん……それは、できるかもしれない。
ただ、詠唱だけは、どうしても必要だね」
「そっか。やっぱり素人の考えはダメだね」
「そんなことないよ。何かの、糸口になるかもしれない」
「そう?へへ……役に立ったら嬉しいな」
アリアは得意気に笑う。
トリスタンもつられて笑った。
吹き込む風は冷たいが、二人の周りには暖かい空気が漂っていた。
***
翌日。一同は洞窟を発ち、北へと再び歩き出していた。
吹雪はおさまったものの、依然として空には厚い雲がかかっている。
四人を拒絶するかのように、冷たい風が吹きつけていた。
雪を踏み締め、白銀の世界を進む。
だが、歩くにつれて少しずつ雲は晴れていく、やがて、幻想的な光景が目の前に広がった。
砂漠だ。
所々に岩山が立ち並び、大きなものは万年雪の冠を被っている。
澄み切った空気のせいだろうか、どこまでも続く蒼穹が美しかった。
ノースファリア冷砂漠。北の遺跡へ行く手を阻む難所だ。
「ここからが本番だぜ」
口元に笑みを浮かべ、アレクが口を開く。
その美しさとは裏腹に、冷砂漠の環境は過酷だ。
「前に、一回来たよ」
アリアが答えた。
「北の遺跡に挑戦しようとして、ここで諦めたんだよね」
トリスタンが肩をすくめた。
それを見たアレクが笑う。
「はは、生きて帰ってこられただけでも、運がよかったじゃないか」
アレクはギルに声をかけた。
「ギルさんは、ここに来たことは?」
「うむ。何度かある。このパーティーならば、行きは問題あるまい」
ギルは重々しく言う。
「だが、問題は帰りだ。もし怪我人がいれば、かなり厳しくなるぞ」
「……とにかく、進みましょう。アレク、よろしく頼むよ」
「ああ、行こうぜ」
そう言ってアレクは一枚の地図を取り出した。
「調査隊の想定ルートを辿っていく。もし鉢合わせできたらラッキーだ」
「わかった」
アレクは太陽と遠くの岩山を何度か確かめると歩き出した。
「こっちだ。行こう」
雪から砂へ。踏み固めることのできない砂は、今まで以上にトリスタン達の行軍を遅らせた。
荷物の重みも手伝い、足取りは重い。
「正直、遺跡までの距離は大したことないんだ」
振り返ることなく、アレクが言う。
「外縁までなら五百アーガロス(約十五キロ)ほどしかない。だが、その倍以上にしんどいぞ」
黙々と、四人は砂漠の中を歩いた。
肌を刺すように風は冷たい。
だが、重い背嚢を背負って歩いているうちに少しずつ汗が滲んできた。
「ここらで一度休憩しよう」
そう言ってアレクは足を止めた。
「まだまだ大丈夫だよ?」
アリアが首を傾げる。
「いや、これ以上汗をかくのはまずい。体が冷えちまう」
「そうなんだ」
「ああ、こうやって体温を調整しながら進む。だが、特にやばいのは夜だな」
「夜?」
「砂漠の夜はめちゃくちゃ寒いんだよ。瞬きしたらそのまま瞼が凍って開かなくなるぜ」
「……それって、夜を越せるの?」
「へへへ、それをなんとかするのが踏破師だ」
任せろ、とアレクは不敵に笑ってみせた。
***
一同は、休憩を繰り返しながら進む。
アレクは何度も太陽の位置を確認する。その都度、進行方向を微調整していた。
どれだけ歩いても視界に入るのは砂と岩山だけだ。道を違えれば二度と帰ることはできないだろう。
日が傾いて少しした頃、大きな岩山に辿り着いた。
「中継地点だ。ここで夜を明かそう」
アレクはそう言うと、岩山の東側を指差す。
「あの辺にでかい割れ目がある。休むのに丁度いいから、北に行く時も帰る時もあそこで休むんだ。
だから……何か手がかりもあるかもしれない」
四人は頷きあうと、岩山へと向かった。
やがて見えてきたのは、割れ目というよりもはるかに大きな亀裂だった。
大人二人くらいが並んで歩けるほどの幅がある。亀裂は岩山の上にまで伸びているため、屋根はない。だが、風を凌ぐには十分だった。
「スタン、奥の方を確認しておこう。ついてきてくれ」
「わかった」
「うむ。儂らは夜を越す準備をしておこう」
「スタン、アレク。気をつけてね」
二人は少し奥に進んだところで、焚き火の跡を見つけた。
「これは……結構新しいな」
アレクはしゃがみ込み、その焚き火の跡を軽くつつく。
「多分、行きに使ったものじゃないか?ここで野営してから数日は経ってると思う」
アレクの言葉にトリスタンが反応する。
「そうすると……まだ遺跡にいるのかもしれないね」
「ああ、明日には着く。見つかるといいんだが……
とりあえず今日は休もうぜ」
「そうだね。休もう」
トリスタンとアレクは、すでに準備を始めていたアリアとギルに合流する。
「何かあったか?」
ギルはそう言いつつ、二人に毛布を押し付けてきた。
「焚き火の跡が。おそらく往路の分ということです」
「そうか、近づいてはいるな。だが、焦るなよ」
「……ええ。ありがとうございます」
トリスタンとアレクは毛布をタープ代わりにして、即席の屋根と壁を作る。毛布には油を染み込ませてあり、朝露も凌げそうだ。
「夜は砂が氷のように冷たくなる。直接寝転ぶなよ」
「荷物を寄せてその上で寝よう。狭いが、どうせ固まって寝ないと凍えちまう」
ギルとアレクの指示に従ってトリスタンはみんなの背嚢を集める。
ギルの背嚢は大きく、そして凄まじく重かった。それを担いで歩く彼の強靭さに舌を巻く。
トリスタンはチラリとギルを盗み見た。
彼は大きな鍋を火にかけ、干し肉を煮込んでいる。
その表情からは、疲れがほとんど感じ取れない。まさに、熟練の運び手だった。
「うむ。もう少し待て。それと、味は期待するな」
トリスタンの視線に気づいたギルが声をかけてくる。お腹が空いていると思われたようだ。
「ええ。わかりました」
トリスタンは微笑む。
夜が更け、闇の帷が降りつつある。
気温は加速度的に下がっていった。
岩の切れ目に切り取られながらも、僅かに顔を覗かせた星空。それは、とても綺麗だった。
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