再点火④
トリスタンは籠手を手に取るとゆっくりと左手に装着した。
一つ一つ、確かめるように留め金を締めていく。
通常、寒冷地で金属鎧を身につけるのは自殺行為だ。だが、温度変化に強いミスリルの籠手ならば、問題なく運用できる。
最後に何度か拳を握り、緩みがないか確認する。
完璧な仕上がりだった。トリスタンは鍛冶屋の店主に心のなかで感謝しつつ、声珠を首にかけた。
いつもよりも厚手のマントを纏うと、扉を開けて出口へと向かった。
「スタン、おはよ」
出口のすぐ隣の樽に腰掛けていたアリアが、手をヒラヒラさせていた。いつもと変わらない様子で、まるで気負ったところがない。
「うむ。よい朝だな」
ギルもすでに到着していたようだ。
背丈の倍ほどもある背嚢を背負っているにもかかわらず、その体幹は全く揺らいでいない。
ギルはトリスタンの剣を興味深そうに見ていた。だが、すぐに視線を戻す。
「アレクは……?」
「見てないね」
そんな会話をしていた時、遠くから駆け寄ってくる人影が見えた。
「噂をすれば、だね」
アリアが笑う。
「すまない!待たせたか?」
「大丈夫だよ」
トリスタンは息を切らすアレクに手を挙げる。
彼が息を整えるのを待っていると、宿の中からラッセルとリーザが現れた。
「……往くんだな?」
「ええ」
「みんな、ちゃんと帰ってくるんだよ」
「全員無事で、帰ってくるつもりですよ」
断言はできない。だが、トリスタンは今できる精一杯の返事をする。
朝の空気は澄み渡り、気持ちが良かった。
雲ひとつない北の空は、戦いの匂いを感じさせない。
目指す先は、人外の領域にして最前線。
四人は石畳を踏みしめ、正門へ向かった。
北、西、東の三方を断崖に阻まれるリゲルサクセの門は、南側にしかない。
一同は南の正門をくぐると、都市を回り込むように北へと向かう。
「西の山の麓を行こう。魔王軍と遭遇する可能性を減らしたい」
先導するアレクの提案に、三人は頷いた。
リゲルサクセの北には山脈があり、東西に長く伸びている。
その山脈の切れ目がリゲルサクセの北にちょうどあるため、魔王軍の進軍路は限られていた。
だがそれは、北へと歩く彼らにとっても同じだ。
行く手は絞られ、敵と鉢合わせする危険があった。
凹凸のある岩肌があり、身を隠すことはできそうだが、油断はできない。
トリスタンがそう考えていた矢先──
「北から何か来るぞ」
アレクが小さく警告した。
規模は百人ほどだろうか。おそらく先遣隊だ。
ゴブリンやフロストエルフの混成部隊で、スノウウルフに騎乗している者もいる。
岩の裏など、丁寧に索敵をしながら、リゲルサクセの方へ向かっているようだ。
アレクがトリスタンに尋ねる。
「ここもやばいな。逃げるか?」
「いや、騎兵がいるから、見つかったらどのみち追いつかれる。場所を変えながらやり過ごそう」
「わかった。先導は任せてくれ」
アレクが岩陰から敵の動きを確認しては、タイミングを図り合図をする。
岩の陰から岩の陰へ。四人は音を立てないように移動した。
だが、数人の部隊が、岩や低木を索敵しながら歩いてくる。
四人は息をひそめるが、無情にもその足音は近づいてきた。
トリスタンとアリアは腰の剣へと手をのばす。
その瞬間、角笛が響き渡った。
***
「隊長。弾切れまで、ですからね」
念を押すレティシアにレイナードは大声で返事をした。
「わかってる!」
近くの荷馬車へと馬を歩かせると、詠唱をはじめる。
「石塊よ、仮初めなれど、我は汝の主人なり。その意に従い、敵を撃ち抜け『魔弾の射手』」
荷馬車に積まれているのは何の変哲もない石ころだ。
だが、リゲルサクセの魔法使いたちはそれを自由自在に操り、攻撃に用いる。
拳よりも少し小さい石が浮き上がり、レイナードの周りをゆっくりと漂いだした。
その数はおよそ五十。
レイナードの部下たちも、それぞれに魔法を詠唱し、装填を行った。
全員の準備が完了したと報告を受けたレイナードは部下へと語りかけた。
「聞け!百年ぶりの、北からのお客さんだ。今までも小競り合いはあったが、今回は桁が違う。負ければ、終わりだ」
その言葉に、部下たちは静まり返る。
レイナードは続ける。その声は、よく通った。
「だが、俺たちは備えてきた!何年も、何十年もだ!百年前と同じように、尻尾を巻いて逃げ帰らせてやれ!」
おおっ!と歓声があがる。
レイナードは抜刀すると、高々とそれを掲げた。
「まずは前哨戦だ。行くぞ!角笛鳴らせ!」
言い終わるや否や、馬を駆る。
遅れて、角笛が鳴り響いた。
「俺に、続けええええ!」
先陣を切るレイナードにレティシアは顔色を変えた。
「隊長!話が違いますよ!くっ……」
彼女のそばに控える部下に鋭く指示を飛ばす。
「ソール、ムーア、隊長の護衛に!守り抜きなさい!」
「はっ!」
短く返事をすると、ソールとムーアは疾走した。
「私たちは隊長たちの撤退支援をします。準備を」
少し汗を浮かべつつも、レティシアは冷静に部隊を動かしだした。
***
敵軍との距離はおおよそ二アーガロス(おおよそ六百メートル)。
レイナードは馬を加速させる。その距離はあっという間に半分ほどになった。
彼は突撃しつつ短い詠唱を行う。
『連弾』
石礫が数発、高速で放たれた。
それは狙い違わず先頭のゴブリンたちに命中し、一撃で撃ち倒した。
レイナードに続く騎兵たちも次々と石礫を発射する。
不意を討ったその攻撃は、魔王の先遣隊を次々に撃ち抜いていく。
盾を構える者もいたが、レイナードが放った魔弾に盾ごと風穴を開けられた。
だが、敵軍の立て直しも早かった。
フロストエルフたちが防御魔法を展開する。
分厚い氷の盾が投石攻撃を防ぐと、お返しとばかりに氷の刃が数十本放たれた。
レイナードたちは、馬を自在に操りそれを回避した。
出撃中の部隊は三十人と少ないが、精鋭揃いである。多少の魔法で、その隊列が乱れることはない。
だが、彼らが回避に手を取られた隙を見計らい、敵の群れから騎兵が飛び出してきた。
馬の代わりに大型の狼に乗ったそれが、高速でレイナードに迫る。
しかし彼は焦ることなく、次の手を打った。
『散弾』
再び短い詠唱。石礫の一つが砕け、放射状に撒き散らされた。
その破片に大した殺傷能力はない。だが、俊敏な狼の動きを止めるには十分だった。
レイナードの瞳が鋭く光る。
『双弾』
その一瞬を見逃さず、二つの魔弾が放たれた。
騎乗していたエルフとその騎獣は頭蓋を砕かれ、戦場に転がった。
「立ち止まるな!動きながら撃て!」
レイナードは足を止めることなく、鋭い檄を飛ばす。
しかし、彼の意識が味方に向かったその刹那。
再び放たれた氷の刃が、彼に向かって飛来した。
***
角笛に続いて聞こえてきたのは、突撃する騎馬の足音。
トリスタンたち四人は顔を見合わせた。
ギルがすかさず口を開く。
「防衛隊だな」
「乱戦に巻き込まれたくはない。この隙に突破しよう。アレク、この先の道もわかる?」
「ああ、もう少し進めば平野がある。今みたいに敵軍に接近することはないはずだ」
「よし、突破しよう。アリア、道を拓くよ」
「りょーかい!」
トリスタンとアリアは岩陰から飛び出すと、敵部隊に斬りかかった。
不意を討ち、瞬く間に数匹のゴブリンを斬り伏せる。
トリスタンは奥にフロストエルフがいることに気がついた。
「アリア!奥に魔法使い!」
「うん!」
それだけ言うとトリスタンは左手を口に添える。
フロストエルフの魔法を見逃さぬよう、集中する。
言の葉を拾うものが、それを感じ取とった。
【改律・崩壊】
フロストエルフの魔法が暴発し、その腕を凍り付かせる。
何が起きたのか分からず、フロストエルフはパニックに陥った。
アリアはその隙に距離を詰めると、一刀で彼を斬り伏せた。
「アレク!ギルさん!走ろう!」
「ああ!」
「うむ!」
岩陰に隠れていた二人が飛び出し、北へと走り出す。
「アリア、殿を頼める?」
「わかった」
戦いの間隙を縫うように、四人は北へ走った。
***
『石の一擲』
レイナードに向かっていた氷の刃は、割り込んできた石礫によって撃ち落とされた。
「おうソール。手間をかけさせたな」
レイナードはニヤリと笑って、彼を救った部下に声をかける。
「隊長。心臓に悪いんでそういうのやめてください」
レイナードの周囲を漂う石が盾のように前方に展開していた。ソールが撃ち落とさずとも、氷の刃はそれらに防がれていただろう。
だが、ソールはそんなギリギリの芸当を隊長にさせるつもりはない。
レイナードから視線を外すことなく、隣を走るムーアに声をかける。
「ムーア、隊長の周りを固めるぞ」
「承知」
二人は速度を上げ、レイナードの両翼に付く。
両翼を固められたレイナードは、次々と敵を撃ち倒していく。
「あっ、そうだ隊長。レティ姉さん、かなり怒ってたんで、先に言っときますね」
「……このまま魔王倒しに行こうぜ。それで解決だ」
「さて隊長。そろそろ弾切れですね。覚悟決めといてください」
魔王軍は防衛隊の投石と機動力に対応することができず、甚大な被害を被った。
指揮系統は機能せず、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。
対する防衛隊の被害は軽微。死者はいない。
緒戦は、見事な勝利だった。




