再点火③
アリアは何をするでもなくベッドに寝転んでいた。
だが、ふと思いついたようにサイドテーブルに置いた払うものを手に取る。
スラリとそれを抜き放つ。
燐光が溢れ、彼女を淡く照らした。
特に汚れはついていないが、アリアは短剣を軽く拭き取ると、油を塗った。
続いて、ショートソードや投げナイフも同じように手入れをする。
ひと段落ついたところで、扉を叩く音がした。
「アリア、改めて謝りたいんだ」
何度も聞いた声珠の声だ。ノックの主人が誰か、すぐにわかった。
アリアは少し逡巡する。
だが、イシドロの言葉を思い出し、扉を小さく開いた。
隙間からそっと覗き込む。案の定、トリスタンが立っていた。
その顔は憔悴している。しかしそこには、強い決意が宿っているように見えた。
あの雨の日、自分をまっすぐに見つめていた青い目。今はそこに、優しさ以外の意志が宿っている。
「アリア、ごめん。君を傷つけた」
トリスタンが大きく頭を下げる。
「……一旦、部屋で話聞くよ」
そう言ってアリアはトリスタンを部屋へと招き入れた。
部屋に一つだけある椅子を彼に勧める。アリアはベッドに腰掛けた。
「ちょっと元気になったね。何かあった?」
質問を投げかける。
彼は椅子に座ると、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「そう、だね。オーウェンに喝を入れられたよ」
「そっか。いい人だよね、オーウェン」
「うん……」
友人を褒められ、トリスタンは嬉しそうに頷いた。
「だから……もう一度、謝りに来た。受け入れて、もらえるかな?」
トリスタンは目を逸らすことなくアリアを見つめていた。その言葉に嘘がないのは間違いはなかった。
「うん。まあ、許してあげなくもない、かな」
少し気恥ずかしくなったアリアはそっぽを向く。
「……雪うさぎ亭のフルコース」
「……えっ?」
「雪うさぎ亭のフルコースで、手を打つ」
「……わかった」
トリスタンは重々しく頷いた。
「よし」
「……ありがとう。アリア」
トリスタンは再び頭を下げる。
「それと、早速で申し訳ないんだけど、依頼を受けようと思うんだ」
トリスタンは先ほどのケイシーやオーウェンとのやりとりを話した。
「だから、俺はこの仕事をやり遂げたいんだ」
「スタンのために?」
「俺のため?え、いや……依頼人のためじゃない……?」
首を傾げるトリスタン。その仕草がなんだか面白かった。
「ふふっ」
思わず笑いが溢れる。
「どうかした?」
「ううん。久しぶりにスタンの顔見たなって思って。
優しくて、まっすぐで──」
アリアは目を逸らして口の中で呟く
──ちょっと、かっこよくなったかな。
***
「駄目だ」
ラッセルは短く、突き放すように答えた。
「どうして!?依頼、受けてるんですよね?」
「ああ、受けたさ。だが、それを斡旋するかどうかは別だ」
「俺は!俺はもう大丈夫です!だから……」
食いつくような様子のトリスタンを気にもせずに、ラッセルは言う。
「北の遺跡まで三日はかかる。『大侵攻』まで一週間ないんだぞ。帰ってきた頃には、この街は包囲されてる。死ににいくようなもんだろう」
「俺は……俺は……」
『死にません』。そう言えるような状況では、当然なかった。
トリスタンは力なく肩を落とす。
その二人に割って入ったのはリーザだった。
「ラッセル。あんまりいじめるんじゃないよ」
「リーザ。そうは言ってもな……」
「まあ、アンタの気持ちもわかるよ。うちの子たちを死なせたくはないからね」
リーザは拳を握りしめた。その手は、少し震えている。
「スタン。依頼だよ」
彼女はトリスタンをまっすぐ見つめる。
「依頼人は私。内容は、【過剰火力】パメラの帰還サポート」
「……パメラさんの?」
「そう。調査隊の護衛についてるのはパメラなんだ」
「……パメラさんが護衛?遺跡ごと焼き払うつもりだったの?」
思わずアリアが口を挟む。
トリスタンも、内心では同意してしまった。
「……指名だよ。名前が売れてるってだけで依頼してきたんだ。他の冒険者を当てようとしたが、人手が足りなくてなぁ」
ラッセルは肩をすくめる。
「パメラの魔法なら、包囲されてても一瞬は崩せるだろう。その隙に逃げ帰ってきな」
「待て、リーザ。俺はまだ納得してねぇぞ」
「ラッセル。今、この子たちを止められると思う?ここで許可出さなきゃ、城壁乗り越えて出ていきかねないよ」
リーザの言葉に、ラッセルは渋々頷いた。
「はぁ……仕方ない。俺たちはパメラが帰ってくることを防衛隊に伝えておく。アイツがいれば戦況は有利になるんだ。防衛隊だって力を貸してくれるさ」
「スタン。いいかい。あくまでパメラの帰還が第一だよ。けど、パメラへの依頼は調査隊の護衛だ。わかったね」
そう言うと、リーザは片目をつぶってみせた。
トリスタンとアリアは大きく頷く。
「ありがとうございます。確かに、承りました」
「承ったよ!」
依頼を受け、準備をしようとした時、トリスタンの腹の虫が鳴いた。
「くくっ。悪い悪い。スタン、飯作ってやるよ」
思わず吹き出したラッセルが食堂に向かう。
その時、扉を開けてオーウェンが姿を現した。両手に大量の荷物を持っている。
「いよう、お二人さん。お届け物だぜ!」
そう言うと彼は、持ってきたものを次々とテーブルに並べる。
「食糧、防寒着、靴もあるぞ」
「オーウェン……どうして?」
「おいおい。あのトリスタンが完全に折れるなんて、思っちゃいないさ」
オーウェンはニヤリと笑い、真っ直ぐにトリスタンを見つめる。
トリスタンは恥ずかしそうに目を逸らして言う。
「さすが、『応援』のオーウェンだね」
「おい、やめろ。まあ、軽口叩けるなら上等じゃねぇか。」
オーウェンは拳を突き出した。
トリスタンがそれに応じて、拳をコツンと突き合わせる。
***
トリスタンとアリアは自室で作戦会議を行っていた。
「もう少し人数が欲しいね。斥候ができる人と、運び手かな」
「斥候なら私がやってもいいけど?」
「いや、それだとアリアの負担が大きすぎるよ。一週間の長丁場だからね」
「そっか。そうだね」
「そのあたりの募集はマスターに頼んでるけど、集まるかどうか……」
「私たち二人なら、合流までは行けるよね。けど、連れて帰るのが厳しいかな」
「うん。最悪でも運び手だけは確保したいね」
続けてトリスタンはリゲルサクセ周辺の地図を広げる。
「とりあえず人手はもうちょっと待つとして……ルートの確認をしよう。行きはいいとして、問題は帰りだね」
「考えがあるの?」
「包囲を破るのはパメラさん頼みになっちゃうけど、少しでも安全なルートを取りたい」
トリスタンはリゲルサクセの東側を指でなぞる。
「こっちの湿地帯。底なし沼とかもあるから、多分大規模には展開できないはず。こっちを経由して南の街道に出よう」
「それで、南門辺りでパメラさんの魔法使うんだね」
「そう。パメラさんの魔法なら目立つから狼煙がわりにもなるし、防衛隊が気づいて連携してくれるかもしれない」
「なるほどね。うん、改めて見ると大博打だねぇ」
アリアは苦笑いする。
「うん。付き合わせちゃってごめ──」
アリアが手をかざし、トリスタンの言葉を遮る。
「大丈夫。大丈夫だよ」
「うん」
二人は笑い合うと準備に取り掛かった。
***
「パメラ不在か。残念だな……」
レイナードは報告書を確認し、ぼやく。
「なぁ、レティ。部隊を出してパメラを迎えに行かせるべきだと思うか?」
そばに控える副官に声をかける。
レティシアは少し考え込むと、すぐに返事をした。
「いえ、確かに彼女の魔法は強力ですが、それを前提に作戦を組んではいません。手遅れだった場合、逆に我々の戦力を削ることになります」
「そうだな。必要なら、レティが進言してくれてるか」
「ええ、最悪のケースでも、隊長がいれば防衛自体は問題ないかと思いますが……」
「この街が落ちないってだけならな。だが、それだけだ」
レイナードは少し俯いて答えた。その声には、少しの怒りと、虚無感が混じっている。
「……失礼しました」
レティシアは頭を下げる。
レイナードは手を振るだけでそれに応えた。
彼女は頭を上げると、話を続ける。
「一応、救助にはトリスタンとアリアの二人が向かうそうです」
「ふむ……じゃあギルを紹介してやろう。危険な仕事だし、運び手はなかなか見つかってないんじゃないか」
レティシアは即答する。
「わかりました。手配しておきます」
「頼む」
少し間をおいて、レイナードは言いづらそうに切り出す。
「なぁ、敵の先遣隊が見えたら、騎馬を出して叩きたいんだが、駄目か?」
「……隊長、先陣を切るつもりですね?了承しかねます」
レティシアの目が鋭く光る。
「う……。頼むよ。誓って無理はしない。少しでも……少しでもいいから、俺が市街地で戦う可能性を減らしたいんだ」
レイナードはまっすぐにレティシアを見つめた。
レティシアはため息をつく。
「はぁ……わかりました。ただし、私も行きます。お目付け役は必要でしょうから」
「えっ、じゃあ指揮はどうするんだよ?」
「緒戦なら私の部下が対応できます。その間くらいは大丈夫でしょう」
「助かる。いい部下に恵まれて幸せだぜ」
「私は、いい上司に恵まれてない気がしますが」
レティシアはじっとりと上司を見つめた。
「……さて、書類を仕上げようか」
レイナードは視線を逸らし、無理やり話題を切り替えた。 書類を手に取ると、目を通しサインをする。
ペンが走る音と、パチパチと燃える暖炉の音だけが部屋に響いた。
***
翌日。トリスタンとアリアが準備を進めていた時、リーザが声をかけてきた。
「ねえ、二人にお客さんだよ。食堂においで」
「私たちに?誰だろ?」
アリアの視線に、トリスタンは首を横に振って応えた。
「とりあえず行ってみようか」
「うん」
食堂に向かうと、見覚えのある少年が座っていた。
彼は二人を見つけると笑顔で手を振ってくる。
「アレク!」
トリスタンとアリアも笑みを返すと、彼のいるテーブルに腰をかけた。
「もうモルデハイムは大丈夫なのか?」
「ああ、後処理も終わったしな。リアナも大丈夫そうだ」
アレクは二人を交互に見つめた。
「仲直りは済んだのか?」
「……まだ。雪うさぎ亭のフルコースに連れてってくれたら許す」
アリアはむっつりとそっぽを向く。
「雪うさぎ亭かよ!スタンもご愁傷様だな」
「ははは……」
トリスタンは苦笑する。しばらく無駄遣いはできなさそうだ。
アレクが表情を引き締めた。
「時間もないし、本題に入るぜ。北に行くんだろう?踏破師、探してないか?」
そう言うアレクに、アリアはきょとんとして言葉を返す。
「……いや、遺跡には潜らないよ?」
「……あ、いや、そうか。この街だと踏破師ってそうだよな」
アレクは苦笑して頭を掻く。
「本来、踏破師ってのはあらゆる道を征する奴らのことだ。この街だと、遺跡の調査が中心になっちまってるがな」
「アレク……気持ちは嬉しいけど、本当に危険だよ?」
トリスタンが申し訳なさそうに言う。
「わかってるさ。けど、二人には恩がある。俺にできることで、返させてくれないか?」
アレクは窺うように二人を見つめる。
その決意は硬そうだった。
「……わかった。頼りにさせてもらうよ」
トリスタンはアレクに手を差し出した。
アレクもそれに応え、その手を握り返す。
「おう、任せてくれ」
アレクは白い歯を見せると、自らの胸を叩いた。
その時、入り口のドアが開いた。
姿を現したのは子どもほどの身長の男だ。だが、その体躯は岩のように頑強だった。
胸元に届くほどの白い髭はきれいに結えられている。
リゲルサクセでは珍しいドワーフだった。
「失礼。ここにトリスタンという者がいると聞いたのだが」
トリスタンは一瞬唖然とした。ドワーフの知り合いはいない。
「……俺ですが、何か用でしょうか?」
「うむ。防衛隊からの紹介でな。もし運び手を探しているなら、力を貸してやってくれと言われている」
トリスタンとアリアは顔を見合わせた。
「それは……とてもありがたいです。こちらでお話をさせてください」
「わかった」
ドワーフはひと言言うと、三人の元へ歩み寄った。無言で椅子に腰掛ける。
「ギル。ギル・バートリーだ」
「ギルさん?!」
トリスタンは目を見開いた。ギル・バートリーといえばこの街で有名な運び手だ。
寒冷地を往くパーティの荷物を一手に引き受ける運び手。ギルは街で五本の指に入る腕利きだった。
「トリスタン・ロッテンフィールドです」
「アリア・バレンシアよ」
「アレク・デンだ」
トリスタンはギルに頭を下げた。
「ご一緒できるのは光栄です。ぜひ力をお貸しください」
ギルは短く返事を返す。
「うむ。わかった」
ギルは三人を順番に見た。
「……若いな。だが、いい目をしている」
ギルは表情を崩すことなく続けた。
「荷物の管理と後方支援は任せてくれ。だが、すまないが戦闘はできん。それでいいなら、力を貸そう」
「ドワーフの人たちって、斧を振り回してるイメージあるけど、駄目なの?」
アリアが首を傾げる。
「ああ……昔、色々あってな。今は武器が握れんのだ」
「そっか。うん、なら殴り合いは任せて」
アリアが親指を立てる。
「問題ありません。改めて、よろしくお願いします」
「承知した。出発はいつだ?」
「明日にでも発ちたいと思いますが、アレクとギルさんはどうですか?」
アレクとギルは頷いた。
「大丈夫だぜ」
「構わない」
アレクは手を突き出す。
その上に、アリアが自分の手を重ねた。
トリスタンも手をかざすと、ギルも手を伸ばしてくれた。
「へへへ」
アレクが笑う。
トリスタンもつられて笑った。
「行こう。北へ」
新たな仲間と共に、トリスタンは歩むことを決意する。
後戻りのできない冒険が、はじまろうとしていた。




