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再点火①

アリアはひどく不機嫌だった。

彼女はトリスタンを置いてリゲルサクセへと帰ってきていた。

彼女はむっつりとした顔で羊肉にフォークを突き刺し、口へと運ぶ。

香り高いハーブが獣臭を中和し、肉の旨みが口に広がる。

絶品だ。だが、その料理ですら、彼女の腹の虫を抑えることはできない。

一日遅れて、トリスタンも帰還していた。彼は彼女に話しかけようとしていたが、アリアは無視を続けていた。

それが数回続いたところで、彼は声をかけるのを控えていた。

「なぁ、アリア。何があったのかは知らんが、スタンを無視し続けるのも可哀想じゃないか?」

そう声を掛けてきたのはマスターのラッセルだ。

苦笑しつつ、気を遣うように声を掛けてくる。

「別にー。わたし怒ってないし!」

ふい、とラッセルから顔を背ける。

仕草は少女のそれだ。だが、彼女の不機嫌は宿にも影響を与えている。店内の雰囲気は重く沈んでいた。

原因は喧嘩だ。

トリスタンとの件だけではない。彼女は、自分にちょっかいをかけてきた人間に、片っ端から喧嘩をふっかけていた。

まず最初の被害者はジョンだった。

彼はトリスタンとアリアの仲違いに気づくと、そこを面白がって口にした。

アリアは無言で彼を店の外へ連れ出すと、叩きのめした。

また、「話を聞こうか?」などと近づいてきた軟派な男たちも同じ目に遭った。

店の中で暴れない程度には理性的だ。だが、それだけだった。

ラッセルは困ったように頭を掻く。深くため息をつくと、アリアが食べ終わった皿を下げた。

アリアはごちそうさまとひとこと言うと、代金をテーブルに置いて店から出た。


***


アリアは、町外れの教会に向かっていた。

正確には"元"教会だ。放棄されたそこに、物好きの冒険者が住み着いている。

拳骨神父ナックルプレイ】イシドロ・クロウ。

酒場で話題になる、「リゲルサクセで一番強いのは誰か?」

瓦礫の塔(ラストスタンド)】レイナード・ステイシア、【過剰火力オーバーヒート】パメラ・パレスと並び、必ず名前が上がるのが彼だ。

アリアが建物に近づくと、農作業をしている男が視界に入った。

アリアが声をかけようと口を開いた瞬間、男が顔を上げてアリアを見た。

熟年の男だ。元々黒かったであろう髪には白髪が混じり、グレーに見える。

引き締まった体躯と、キビキビした動きは、老いを感じさせない。

その顔は優しげだが、アリアを見る目は一瞬、鋭く光った。

「アリアか。そんなに殺気だってどうした?」

「じーちゃん。ちょっと手合わせしてよ」

その言葉にイシドロは苦笑する。

「ジジイ呼ばわりされる年じゃないと思ってるんだがな。スタンみたいに師父なんてつけなくていいから、せめて名前で呼んでくれ。」

イシドロはトリスタンに格闘術の手解きをしている。彼はイシドロを師父と呼び慕っていた。

「……アリアから手合わせの申し出は珍しいな。ちょっと待ってろ」

そう言ってイシドロは鍬を持ったまま教会に入っていった。


数分後、イシドロが姿を現した。その手には、刃が潰されたナイフを持っている。

それをアリアに投げてよこすと、イシドロは無手で構える。

アリアはそれを受け取ると、確認するように口を開く。

「じーちゃんは武器なしでいいの?」

イシドロは不敵に笑う。

「はっ、わかってるだろう。俺は拳だけでいい」

アリアも答えるように口角を吊り上げた。

「じゃあ、行くよ」



アリアは一直線に距離を詰める。

勢いそのまま踏み込んだ足は地面を震わせるかのようだった。神速の突きを繰り出す。

イシドロも同時に踏み込んだ。体を捻りつつ左手でアリアの腕を逸らす。間髪入れず、伸び切った腕に右手を巻き付けようとする。

アリアは咄嗟にナイフを手放す。かろうじて組み付かれる前に腕を引いた。

カラリ、と地面に落ちたナイフが音を立てる。

イシドロは、それをアリアに蹴ってよこす。

「いきなり武器を手放すなよ?」

「ふんだ。本番なら予備持ってるもん!」

アリアはナイフを素早く拾う。

一旦距離を取り、ナイフを逆手に持って構え直す。

次の瞬間、地を這うようにイシドロに駆け寄る。

間合いに入った瞬間、飛び上がるようにナイフを斜め上に振り上げた。

それをイシドロはスウェーでかわす。

避けられることは織り込み済みだ。アリアは切り上げた勢いのままに体を捻り、左足で後ろ蹴り回しを放つ。

だが、イシドロはそれをあっさりと受け止めた。

さらにその足を放り投げるように振り上げる。

アリアは思わずバランスを崩し、倒れ込んだ。

「っ〜〜!!」

アリアは唇を噛み、すぐに起き上がる。

「フェイントってのは余裕があるときにするもんだ。必死にやるもんじゃあないぜ」

「うるさい!」

小さく叫ぶと、アリアはイシドロにおどりかかる。だが、まるで子どもをあしらうようにことごとく捌かれてしまった。

十数回の交錯を経て、アリアに限界が訪れた。足枷に体力を吸われた彼女は踏ん張りが効かず、尻もちをついてしまう。その刃は、一度たりともイシドロを捉えることはできなかった。

「体の動かし方が雑だな。いつもはもうちょっとましだろ?」

アリアは何も答えず、仰向けに倒れ込んだ。右腕を持ち上げ、目元を隠す。

イシドロは近くにあった布で汗を拭う。もう一枚布を取り上げると、アリアに放ってよこした。ふわりと舞ったそれが、アリアのお腹に落ちる。

「う〜〜!」

アリアは悔しそうに唸るだけだった。

「言いたいことがあるなら吐き出してみろ。神父様が聞いてやろう」

「……生臭神父」

アリアの軽口にいつもの力はない。精神的にも、肉体的にもギリギリの状態だった。

イシドロは地面に腰を下ろし、アリアに背を見せる。

「やれやれ。」

数十秒の沈黙が流れる。口を開いたのはアリアだ。

「……スタンが悪いんだよ」

「喧嘩か?」

「違う!私は……私は!苦しそうにしてたスタンを、助けた。……つもりだったんだもん」

「スタンがそれを嫌がったのか?」

「嫌がってはない……と思う。けど」

「けど?」

「ちょっと、遠くに行っちゃいそうだった。……置いてかれそうで、怖かった」

「はっはっは。アリアも可愛い所あるな」

「じーちゃん、うるさい!」

アリアは目元を隠したまま足をバタつかせて抗議する。

「まあ、あれだ。いつかは道を違えるかもしれない。だが、スタンはいきなりそんな事するやつじゃないだろ?」

「……うん」

「大人びてはいるが、アイツだってまだ子どもみたいなもんだ。そんなことだってあるさ。許してやれよ」

「ちゃんと謝ってきたら許す……かも」

「それでいいさ。じゃあ、俺は戻るからな」

「うん。イシドロさ……じーちゃん。ありがと」

アリアは目元を見せなかったが、その声は柔らかくなっていた。

イシドロは立ち上がると振り返ることなくアリアに声をかける。

「やれやれ……風邪引くなよ。じゃあな。」


***


トリスタンは無言でリーザのサンドイッチを口にしていた。

文句ひとつなく食事を摂る彼を、リーザが心配そうに見つめている。

「美味しかったかい?」

食べ終わったのを見て、リーザが口を開く。

トリスタンは視線を向けると、答えた。

「……わかりません。ごちそうさまでした」

「重症だね。これは」

彼の反応を見たリーザは小さく呟く。

彼女は少し考え込むと、おもむろに話を切り出した。

「スタン、ちょっとお使いを頼めないかい?」

「え?ええ、構いませんよ」

「ありがとね。保存食の買い出しをして欲しいんだ」

そう言ってリーザは注文表を取り出す。

トリスタンはそれを受け取ると中身を確認した。行き先はトリスタン達も行きつけのカークの肉屋だ。

トリスタンは、視線をリーザに戻す。

「わかりました。それくらいなら構いませんよ」

トリスタンは立ち上がると、扉の向こう側へ消えていく。

リーザはその背中を黙って見送った。


「さて、そろそろ来る頃かね?」

トリスタンを見送ってしばらくした頃、リーザが一人つぶやく。懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

その瞬間。扉を開けて一人の客が姿を現した。

「いらっしゃい」

リーザは客を出迎える。

入ってきたのは防衛隊の制服を着た男だ。

彼は真面目そうな表情を崩すことなく、一枚の書類を見せる。

「ご苦労様です。防衛隊です。リゲルサクセ防衛のためのご協力をお願いします」

リーザは表情を引き締めた。防衛隊からの協力依頼。それはつまり──

「大侵攻、かい?」

男は神妙に頷く。

「そうです。おそらく……一週間ほどで始まります」

「そう……わかった」

リーザは先ほど取り出した羊皮紙を差し出した。その中にはこの宿と拠点にしている十数人の冒険者の名前が書かれている。

「これが今紹介できる子たちだね」

男はそれを受け取ると、中身を検めた。

一通り確認すると、男がリーザに尋ねる。

「【過剰火力オーバーヒート】パメラ殿は?」

「あいにく依頼を受けてる。そろそろ帰ってきてもおかしくない頃だけどね」

「そうですか……トリスタン君とアリアさんの名前も無いようですが」

「うーん。今、あの二人はちょっとね……死なせに行くようなものだよ」

「……そうですか。残念ですが、リーザ殿の見立てを信じます」

「すまないね」

「いえ、【拳骨神父ナックルプレイ】に【灰刃グレイエッジ】。この二人だけでも十分な戦力です。頼りにさせていただきます」

丁寧に一礼をすると、防衛隊の男は足早に店を後にした。

リーザは大きく息を吐く。

リゲルサクセは都市として冒険者に寛大だ。それは、街を救い、領主となった英雄リーゲルが冒険者だったこともある。それだけでなく、有事の際の戦力としても期待されている部分があった。

「みんな、死ぬんじゃないよ」

誰もいない食堂で、リーザは静かにつぶやいた。

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