再炎計画⑤
二人は教会の方へ歩きながら、手短に打ち合わせを行う。
「奇襲だし、早さを重視しようと思う」
「うん。いいと思うよ」
「侵入路だけど、さすがにドアを蹴破るのは目立つ。
だから、人通りの少なそうな路地の窓から入ろう」
見ていた限りではモルデハイムの街の窓の多くは木製の鎧戸だった。壊しても大きな音は出ないだろう。
「なるほど。わかった」
トリスタンはチラリと願いの剣を見た。
教会から脱出したときのように「切り抜いて」もいいかもしれない。
「二手に分かれて、出入り口塞いでおいてもいいんじゃない?」
アリアの意見にトリスタンは少し考える。
「……いや。地下室にいるなら、逃げ場は限られる。一気に追い詰めよう」
「そうだったね。じゃあ、袋の鼠だ。
生捕りでいいんだよね?」
「うん。話を聞いておきたいからね。けど、多分魔法使いだ、油断しないで」
「もちろん」
そこまで話をすると、二人は目的地へと歩を進めた。
硫黄の匂いが充満するレンガ造りの街。その合間を縫うように進む。いつの間にか、この匂いにも少し慣れてきたように感じた。
見覚えのある教会を横目に、北へと進む。
しばらく歩いたところで、赤い屋根の建物が目に入った。
「あれだね」
アリアが小さく呟く。
トリスタンは無言で頷くと周囲をそれとなく見渡した。
人通りの少なそうな路地を指差す。
「あの路地かな。窓があればいいんだけど」
「うん。了解」
アリアの返事を待ってから、トリスタンは路地へと向かう。
日当たりが悪いのか、薄暗い路地には湿った空気が滞留していた。
「スタン、あれ」
アリアが指差した先には一つの鎧戸。少し小さいが、人ひとりであれば何とか入れそうだった。
トリスタンは一つ頷く。
鎧戸を軽く引っ張るが、案の定開くことはなかった。
だが、わずかに開いた隙間から紐が覗く──鍵はない。開かないように、扉同士を紐で括っているだけのようだ。
トリスタンはアリアに目配せをする。
彼女はウインクをすると、取り出した払うもので紐を切った。
「ザルだねぇ」
「護衛が二人いるんだ。その辺りは少し緩かったのかもね」
音もなく窓を開けると、静かに室内に入る。籠手の隙間には布を噛ませてある。金属音は一切しない。聞こえるのは、衣擦れの音だけだ。
部屋の中に誰もいないことを確認すると、トリスタンは振り返ることなくアリアにサインを送った。
寝室だろう。整えられているとは言いがたいベッドが二つ。ロジャーとダグラスのものだろうか。奥には扉が一つ見えた。
アリアが入ってきたことを確認すると、奥の扉へと進む。
静かにドアノブを回し、ゆっくりと扉を開く。廊下だ。トリスタンは素早く左右を見渡す。
正面に扉が一つ。右の突き当たりにも扉。左は廊下が続き、途中で右に折れ曲がっている。
トリスタンは正面の扉に目星をつけた。護衛の寝室と離れたところにはいないだろう。
扉の前に立ち、アリアに視線を送る。彼女は頷くと、周囲を警戒した。
扉を開ける。そこもまた寝室だった。
人影はない。整えられたベッドと、机が一つ。
机の上には何冊かの本が積まれていた。
ベッドのそばに開け放たれた落とし戸が見えた。あれが地下への入り口だろう。
「アリア」
トリスタンに背を向け、廊下で警戒しているアリアに小さく声をかける。落とし戸を指差すと、彼女は部屋に入り扉を閉めた。
ゆっくりと落とし戸へ近づき、階下を覗き込む。
灯りはついているようだが、それ以外には何もわからない。冷たい土壁が見えるだけだ。
木製の梯子が、二人を地下へと誘っているように見えた。
トリスタンは小さく息を吐くと、梯子へと手を伸ばす。そのままゆっくりと地下へと降りた。
ゆっくりと梯子を降りる。上では、アリアが投げナイフを構えて警戒してくれていた。
とはいえ、狭い入口の上からの投擲となるとかなり難易度は高い。自分に当たる可能性を考慮すると、そんな事態は遠慮したかった。
無事に下まで降りきると、振り返って通路の先を確認する。その先には閉じられた扉が一つあるだけだ。
トリスタンは袖で汗を拭うと、上階のアリアに安全だとサインを送った。
アリアが降りてくるまでの間、剣に手を伸ばし警戒する。
ここまでは順調だ。おそらく侵入に気づかれていない。
だが、少し──嫌な予感がした。それは作戦が失敗しそうだということではない。開いてはならない箱を開けようとしているような、漠然とした不安。
だが、そんな不確かなことで、撤退という選択肢は取れない。
トリスタンはその懸念を払うように、軽く頭を振った。
アリアが降りてくるのを確認する。
ここは閉所だ。トリスタンはアリアへ気遣うような視線を送る。
アリアは少し汗を浮かべながらも頷く。
その返事を確認すると、正面の扉へと音もなく近づいた。
ドアノブへと手を伸ばし、ゆっくりと開く。
ロジャーの言う通り、その先は書斎のようだった。
所狭しと羊皮紙のスクロールが立ち並んでおり、とても整理されているとは言いがたい。
部屋の奥には一つの本棚と、机。こちらに背を向け、その机に座る男が一人。おそらくセルシオだろう。
トリスタンはゆっくりと部屋に入る。
その瞬間──スクロールのスタンドが籠手に引っかかり、音を立てて倒れてしまった。
男は振り返ると、一瞬驚いた顔をする。だが、即座に魔法を唱え出した。
『炎の矢』
略式詠唱に、詠詩改律は間に合わない。
トリスタンとアリアは身構えた。
しかし、その狙いは二人ではなかった。放たれた蒼い炎は、倒れたスクロールに命中。激しく燃え上がった。
「くっ」
トリスタンは咄嗟に顔を庇い、後退する。
その二人の隙をついた男は、隣にあった本棚を蹴り倒す。本棚の後ろから隠し通路が現れた。
男は急いでその通路に駆け込む。
「なっ?!」
アリアが驚いた声を上げる。ロジャーからは脱出路の存在は聞いていない。おそらく、ロジャーにすら知らされていなかったのだろう。
「逃がさない!」
二人は炎を避けて男を追う。
通路に駆け込むと、男の姿はすでにない。
突き当たりに梯子が見えた。トリスタンはそれをよじ登る。
上階は居間のようだった。
背後で扉が閉まる音。
トリスタンは通路から這い出すと、すぐにその後を追う。扉を開けた先は裏路地だ。
周囲を見渡すと、男の背中が遠ざかっていた。
アリアが来たことを確認すると、トリスタンは男を追いかけて駆け出した。
入り組んだ狭い路地を、二人はすり抜ける。
しばらく進んだところで、通路は行き止まりとなった。
三アルマ(約二メートル十センチ)ほどの塀に阻まれた袋小路。だが男は立ち止まることなく、魔法を詠唱する。
『力の恩寵』
疾走の勢いそのままに、男はジャンプで塀を飛び越えた。
「逃がすかぁ!!」
アリアはそう叫ぶと、速度をさらに上げて塀へと走り寄った。
壁を蹴り、猫のように塀を駆け上がる。
塀の上に着地したアリアはトリスタンへと手を伸ばした。
「スタン!」
トリスタンは勢いよく飛び上がり、アリアの手を取った。力を合わせてよじ登る。
「ありがとう」
トリスタンは塀の上から男の姿を探す。
下は大きな通りだ。人通りが少しあるが、背中を見せて走り去る姿はよく目立った。
道行く人が二人を物珍しそうに眺めている。トリスタンはそれを気にすることなく塀から飛び降りる。再び男を追いかけはじめた。




