再炎計画④
アリアは後ろを気にしながら目的地へと向かう。鎧の追手を振り切らない程度に速度を調整する。
やがて、見覚えのある鉱床へと辿り着いた。
辺りに人影はなさそうだ。ここなら、遠慮なく戦える。
アリアは立ち止まると、振り返る。鎧の追手を待ち受けた。
「ヒヒッ、女だ」
追手が笑う。
低く濁った声。おそらくは男。
「久しぶりに、肉が焼けるいい匂いが嗅げそうだ」
下卑た声色に、アリアはぞわりとする。
「……変態。近づいたら刺すよ?」
「その強がり、いいね。燃やし甲斐がある」
戦いは避けられない。そう感じたアリアは剣を抜き、戦闘体制に入った。
右にショートソード、左には投擲用のナイフをそれぞれ手にする。
対する男もまた、槍を構えた。
先に動いたのは男だ。
「投擲するは炎の短槍『焦がす矛』」
蒼炎が一本の槍を形作り、軌跡を残して飛来する。
詠唱が始まる前には、すでにアリアは男に向かって駆け出していた。
前方に跳躍して炎の槍を回避する。
そのまま体を捻りつつ男の肩に着地。
左手のナイフを、バイザーの隙間に捩じ込んだ。
金属を削る音、そして肉が裂ける音。
「ぐあああっ!!」
左目を貫かれ、男が絶叫した。
アリアはナイフを手放し素早く飛び降りる。
空いた左手で払うものを抜いた。
「今なら命だけは助けてあげるけど?」
クルクルと払うものを弄びながら、飄々と告げる。
その笑みは、冷たい冷気を纏っていた。
「お前……お前ぇぇぇ!」
男は目からナイフを抜き、地面に叩きつけた。
吠えるように、名乗る。
「手にするは熱線放つ弩
一度放てば、鉄すらも醜く溶かす
【弩弓】、ダグラス!」
「女あ!串刺しにして、丸焼きにしてやるぞ…!」
「やってみなよ」
溶鉄。蒼炎使いの中でも鉄を溶かすことのできるのは一握りである。
──スタンがそんな感じに言ってたっけ。
アリアはトリスタンの講義を思い出す。
さすがにその威力の攻撃は無視できない。彼女は警戒を強めた。
「形作る、炎の連弩
焼き尽くせ、溶かし消せ
『穿つ蒼炎の弩』」
ダグラスの頭上に蒼い炎が集まり、巨大な塊となった。
それに怯むことなく、アリアは矢のように突撃する。
迎撃するように、炎の塊から熱線が放たれた。
アリアは体をひねってかわす。蒼い閃光が、地面を溶かした。
『力の恩寵』
筋力強化の略式詠唱。
ダグラスは前進しながら槍を横薙ぎに振るう。
それはまるで鎧を着ていないかのような速度だった。
不意を突かれたアリアはそれを避けることができず、かろうじて剣で受け止める。
「くっ」
だが、勢いを殺し切ることができず、そのまま吹き飛ばされた。
追撃の熱線。
アリアは転がってそれを避けると、地を蹴って起き上がった。
ペロリと唇を舐める。赤い瞳が、氷のような輝きを放った。
「……警告はしたからね」
焼け焦げた大地を、冷気が撫でた。
蒼い焔が奔る。
だがそれは、アリアの影すら捉えることはない。黒く灼かれた地面と、焦げた臭いを残すのみだ。
魔法を放った隙をつき、アリアは彼我の距離を一瞬で詰める。
ダグラスは槍を振るって迎撃した。
アリアは地を滑るようにそれを掻い潜る。すれ違いざま、逆手に持った払うものを一閃する。
鎧に覆われていない脇下を正確に切り裂いた。
「痛ぇぇ!このっ、……女ぁ!!」
ダグラスの攻撃はアリアを捉えることはできず、逆にアリアの攻撃は吸い込まれるように鎧の隙間に食い込んだ。
鉄色の鎧は徐々に赤く染まり、その動きは目に見えて弱っていた。
頑丈な鎧は、致命打を受けるのを防いでいた。
だがそれは、苦しみを長引かせただけだったのかもしれない。
ダグラスの失った左目。その死角にアリアは潜り込んだ。
慌てて体の向きを変えるダグラス。その隙を、彼女は見逃さない。
剣が煌めき、残った右目に剣を突き立てた。
その一撃を受け、ダグラスは倒れ込む。鎧の隙間から溢れた血が、地面を濡らした。
アリアは剣を振り、こびりついた血を払う。
「人を燃やして喜んでるような変態は、いない方がいいよね」
そう吐き捨てると、投げ捨てられたナイフを拾う。
それをダグラスのマントで拭うと、仕舞い込んだ。
「ぐっ……」
突然、アリアは激しく呼吸を繰り返す。耐えきれずにその場にしゃがみこんだ。
チラリと足枷に視線をやる。刻まれた紋章が、淡く光っていた。
その足枷は、装着者の激しい動きに反応して体力を奪う。
もう少し長引いていたら動けなくなっていたかもしれない。戦いでは圧倒したが、その実は薄氷の上で踊っていたようなものだ。
しばらく休み、慣らすように何度か足を振ると、彼女は歩き去った。
***
実際には小一時間ほどだろうか。
アリアとダグラスが遭遇したと聞いてから、とても長い時間が経ったように感じた。
「スタン……アリアは、大丈夫だと思うか?」
気を使うように、アレクが話しかけてくる。
「大丈夫だと、信じてるよ。アリアは……純粋な斬り合いなら俺より上だ。魔法にだって耐性あるしね」
「じゃあ、安心できるんじゃないのか?」
「いや、問題は足枷だね。あれのせいで数分しか全力で動けないんだ」
トリスタンは手を握りしめた。
「短期決戦で倒せてるかどうか……倒せたとしても、動けなくなってるかもしれない」
アレクは思わず唾を飲み込んだ。
「でも、大丈夫だよアレク。俺の相棒は、強いんだ」
自分に言い聞かせるように言って、トリスタンはアレクに笑いかけた。
その時、扉をノックする音が響いた。
二人は一瞬肩を振るわせると、目を見合わせる。ノックの音は外からだ。
トリスタンは剣を手に取ると、ゆっくりと扉に近づいた。
「ただいま」
扉の向こうから聞こえてきたのは聞き慣れた勝ち気な声。ノックの主人はアリアだった。
トリスタンは胸を撫で下ろす。
急いで扉へ向かった。
「アリア!おかえり!大丈夫だった?」
「うん。平気だよ。それより……外に戦った跡があったけど」
「うん。こっちも襲撃受けてたんだ。そっちは制圧済み」
そう言ってトリスタンは、視線で拘束されたロジャーを示した。
ロジャーは大袈裟に肩をすくめる。
「嬢ちゃんはダグラスから逃げてきたのか?なら──」
「違うよ」
ロジャーの言葉をアリアは遮る。
アリアは何か言いかけて、一瞬リアナとアレクを見た。
すぐにロジャーに向き直ると、ニコリと笑う。
「やっつけちゃった」
「……っ!」
ロジャーは息を呑んだ。アリアの言葉に嘘はないと感じたようだった。
「はぁ……ガキにいいようにやられるとは、俺もヤキが回ったもんだぜ」
ロジャーは大きなため息をつく。
「……なあ、見逃してくれるってんなら、俺の知ってることをなんでも話す。どうだい?」
その言葉にアリアは眉をしかめた。
「ねぇスタン。こんなにあっさり裏切るやつ信じていいの?」
ロジャーは取り繕うように話をする。
「待て待て。あのな……雇い主は失敗に厳しいんだよ。直接手を下さないにしても、俺の次の役目は捨て駒だ。だから俺は消えときたい。」
「ふーん。まあ、筋は通ってるね」
アリアは一瞬目を鋭く細める。
「──けど。傭兵にしろ冒険者にしろ、あっさり裏切ろうとするのはどうなの?」
その言葉に、ロジャーは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……返す言葉もねぇが、命あっての物種だろう?」
「信用はしきれないけど、ロジャーさんは強かった。わざと捕まるようなことはさせないんじゃないかな」
「なるほどね。実際戦ったスタンがそう言うなら、いいよ」
アリアはチラリとトリスタンを見る。その後、すぐにロジャーに視線を戻した。
「けど、解放するのは全部終わってからね。それまではぐるぐる巻きにしておくから」
ロジャーは苦笑いをする。
「容赦ねえなぁ。わかった。それで手を打ってくれ」
それだけ言うと、不敵に笑う。
「で、何が聞きたい?言っとくが、俺は実行役だ。そこまで期待するなよ」
その言葉にトリスタンは少し考えこんだ。聞きたいことはたくさんある。
「目的はリアナではなく俺なのか?」
「ああ、目的が変わった。俺が命じられたのはトリスタンの捕獲だ。銀髪の嬢ちゃんと、赤髪の兄ちゃんは排除だな」
アリアとアレクに目をやりつつ、ロジャーは答える。
「なぜ俺を?」
「それは知らん。ボスからの命令だ。ああ──だが、どうもお前のことは知ってるみたいだったぞ。『書院』のエリート候補だったんだろ?再炎なんとかの」
「【再炎計画】……そうだね。俺はそこにいた」
トリスタンは遠い目をした。一瞬、『書院』時代に思いを馳せる。
彼の過去を知っているということは、ほぼ間違いなく『書院』の関係者だ。リゲルサクセで彼の過去を知っている人物は数少ない。
「スタン、大丈夫?」
アリアが声をかけてくる。しばらく考え込んでいたのを、心配されていたようだ。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
アリアに頷き返し、ロジャーへの質問を続ける。
「あなたのボスの名前は?」
「セルシオだ」
その名前に聞き覚えはなかった。とはいえトリスタンは『書院』の中では少しは名が知れている。一方的に知られているのかもしれない。
「知らない名前だね」
仲間に情報共有する意味も兼ねて言葉を発する。
「その人は強いの?」
質問したのはアリアだった。
「わからん。基本的には荒事は俺とダグラスが担当だったからな。だが、身のこなしは学者って感じだな」
「なるほどね。じゃあ近づけばどうにでもなるね」
アリアらしい思考にトリスタンは苦笑する。
「その人は今どこに?」
「隠れ家……と言うかボスの書斎がある。あの教会からそう離れてはいないぞ」
「詳しい場所は?」
「教会から北に二ブロックほど行ったところだ。赤い屋根の平屋、地下室に居るんじゃないか?」
「入るのに符牒とかはあるの?」
「特にない。鍵はかかってるだろうがな。ノックしたら開けてくれるが、俺とダグラス以外の声なら無視するだろう」
そこまで言って、ロジャーは言葉を付け足す。
「おっと、俺は行かねえぞ。さすがにそこまではできん」
アリアは腕を組んで少し考え込む。
「そうすると逆に難しいかもね。扉蹴破るか、窓から押し入っちゃった方がいいかも?」
「あまり騒ぎにはしたくないけど、作戦の失敗に気づかれる前に対応したいね」
トリスタンはロジャーに尋ねる。
「他に護衛は?」
「いないとは思う。少なくとも俺は知らない」
「そんなところかな?」
アリアが他に聞きたいことがないかを皆に確認する。
三人が頷くのを確認すると、彼女はロジャーの後ろに回った。
「お、おい、見逃してくれるって話だったよな!?」
慌ててロジャーが身じろぎする。
アリアはニコリと笑うと、布を取り出す。間髪入れずにロジャーに猿轡を噛ませた。
「んー!!」
「魔法使えるんでしょ?当然の対応だよね」
強く強く念入りに布を結ぶと、アリアはロジャーから離れた。
彼女はすぐにトリスタンに視線を移す。
「じゃあ、行こっか」
セルシオの居場所に踏み込むつもりだろう。アリアは即断即決だ。
「うん、行こう」
トリスタンは彼女に同意すると、アレクとリアナに向き直る。
「ごめん、少しの間三人きりにさせちゃうんだけど……」
「任せろ!いざとなればリアナとドリスさんだけでも何とか逃がすさ」
アレクが親指を立てる。
「大丈夫だよ。二人とも、無事に帰ってきてね」
リアナは頷くと二人に微笑んだ。
トリスタンはそれでも後ろ髪を引かれる思いではあった。しかし、現状の打破をしない限り身動きが取れない。
「ありがとう」
トリスタンは二人にそう言うとアリアに目配せした。
アリアはニコリと笑い、頷いた。
言葉をかわすことなく、二人は扉を開ける。目指す先は当然、セルシオの根城だった。




