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ベネディクト・ブレイブス〜声無き勇者と銀の少女〜  作者: 藤木 規史
第五話 プロジェクト・エンバーライト
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再炎計画④

アリアは後ろを気にしながら目的地へと向かう。鎧の追手を振り切らない程度に速度を調整する。

やがて、見覚えのある鉱床へと辿り着いた。

辺りに人影はなさそうだ。ここなら、遠慮なく戦える。

アリアは立ち止まると、振り返る。鎧の追手を待ち受けた。

「ヒヒッ、女だ」

追手が笑う。

低く濁った声。おそらくは男。

「久しぶりに、肉が焼けるいい匂いが嗅げそうだ」

下卑た声色に、アリアはぞわりとする。

「……変態。近づいたら刺すよ?」

「その強がり、いいね。燃やし甲斐がある」

戦いは避けられない。そう感じたアリアは剣を抜き、戦闘体制に入った。

右にショートソード、左には投擲用のナイフをそれぞれ手にする。

対する男もまた、槍を構えた。

先に動いたのは男だ。


「投擲するは炎の短槍『焦がす矛(ハスタ・フランマエ)』」


蒼炎が一本の槍を形作り、軌跡を残して飛来する。

詠唱が始まる前には、すでにアリアは男に向かって駆け出していた。

前方に跳躍して炎の槍を回避する。

そのまま体を捻りつつ男の肩に着地。

左手のナイフを、バイザーの隙間に捩じ込んだ。

金属を削る音、そして肉が裂ける音。

「ぐあああっ!!」

左目を貫かれ、男が絶叫した。

アリアはナイフを手放し素早く飛び降りる。

空いた左手で払うもの(リミナトル)を抜いた。

「今なら命だけは助けてあげるけど?」

クルクルと払うもの(リミナトル)を弄びながら、飄々と告げる。

その笑みは、冷たい冷気を纏っていた。

「お前……お前ぇぇぇ!」

男は目からナイフを抜き、地面に叩きつけた。

吠えるように、名乗る。


「手にするは熱線放ついしゆみ

 一度放てば、鉄すらも醜く溶かす


弩弓バリスタ・ライン】、ダグラス!」


「女あ!串刺しにして、丸焼きにしてやるぞ…!」

「やってみなよ」

溶鉄。蒼炎使いの中でも鉄を溶かすことのできるのは一握りである。

──スタンがそんな感じに言ってたっけ。

アリアはトリスタンの講義を思い出す。

さすがにその威力の攻撃は無視できない。彼女は警戒を強めた。


「形作る、炎の連弩れんど

 焼き尽くせ、溶かし消せ

 『穿つ蒼炎の弩(バリスタ・フランマエ)』」


ダグラスの頭上に蒼い炎が集まり、巨大な塊となった。

それに怯むことなく、アリアは矢のように突撃する。

迎撃するように、炎の塊から熱線が放たれた。

アリアは体をひねってかわす。蒼い閃光が、地面を溶かした。

力の恩寵グラティア・ウィルトゥーティス

筋力強化の略式詠唱。

ダグラスは前進しながら槍を横薙ぎに振るう。

それはまるで鎧を着ていないかのような速度だった。

不意を突かれたアリアはそれを避けることができず、かろうじて剣で受け止める。

「くっ」

だが、勢いを殺し切ることができず、そのまま吹き飛ばされた。

追撃の熱線。

アリアは転がってそれを避けると、地を蹴って起き上がった。

ペロリと唇を舐める。赤い瞳が、氷のような輝きを放った。

「……警告はしたからね」

焼け焦げた大地を、冷気が撫でた。


蒼い焔が奔る。

だがそれは、アリアの影すら捉えることはない。黒く灼かれた地面と、焦げた臭いを残すのみだ。

魔法を放った隙をつき、アリアは彼我の距離を一瞬で詰める。

ダグラスは槍を振るって迎撃した。

アリアは地を滑るようにそれを掻い潜る。すれ違いざま、逆手に持った払うもの(リミナトル)を一閃する。

鎧に覆われていない脇下を正確に切り裂いた。

「痛ぇぇ!このっ、……女ぁ!!」

ダグラスの攻撃はアリアを捉えることはできず、逆にアリアの攻撃は吸い込まれるように鎧の隙間に食い込んだ。

鉄色の鎧は徐々に赤く染まり、その動きは目に見えて弱っていた。

頑丈な鎧は、致命打を受けるのを防いでいた。

だがそれは、苦しみを長引かせただけだったのかもしれない。

ダグラスの失った左目。その死角にアリアは潜り込んだ。

慌てて体の向きを変えるダグラス。その隙を、彼女は見逃さない。

剣が煌めき、残った右目に剣を突き立てた。

その一撃を受け、ダグラスは倒れ込む。鎧の隙間から溢れた血が、地面を濡らした。

アリアは剣を振り、こびりついた血を払う。

「人を燃やして喜んでるような変態は、いない方がいいよね」

そう吐き捨てると、投げ捨てられたナイフを拾う。

それをダグラスのマントで拭うと、仕舞い込んだ。

「ぐっ……」

突然、アリアは激しく呼吸を繰り返す。耐えきれずにその場にしゃがみこんだ。

チラリと足枷に視線をやる。刻まれた紋章が、淡く光っていた。

その足枷は、装着者の激しい動きに反応して体力を奪う。

もう少し長引いていたら動けなくなっていたかもしれない。戦いでは圧倒したが、その実は薄氷の上で踊っていたようなものだ。

しばらく休み、慣らすように何度か足を振ると、彼女は歩き去った。


***


実際には小一時間ほどだろうか。

アリアとダグラスが遭遇したと聞いてから、とても長い時間が経ったように感じた。

「スタン……アリアは、大丈夫だと思うか?」

気を使うように、アレクが話しかけてくる。

「大丈夫だと、信じてるよ。アリアは……純粋な斬り合いなら俺より上だ。魔法にだって耐性あるしね」

「じゃあ、安心できるんじゃないのか?」

「いや、問題は足枷だね。あれのせいで数分しか全力で動けないんだ」

トリスタンは手を握りしめた。

「短期決戦で倒せてるかどうか……倒せたとしても、動けなくなってるかもしれない」

アレクは思わず唾を飲み込んだ。

「でも、大丈夫だよアレク。俺の相棒は、強いんだ」

自分に言い聞かせるように言って、トリスタンはアレクに笑いかけた。

その時、扉をノックする音が響いた。

二人は一瞬肩を振るわせると、目を見合わせる。ノックの音は外からだ。

トリスタンは剣を手に取ると、ゆっくりと扉に近づいた。

「ただいま」

扉の向こうから聞こえてきたのは聞き慣れた勝ち気な声。ノックの主人はアリアだった。

トリスタンは胸を撫で下ろす。

急いで扉へ向かった。

「アリア!おかえり!大丈夫だった?」

「うん。平気だよ。それより……外に戦った跡があったけど」

「うん。こっちも襲撃受けてたんだ。そっちは制圧済み」

そう言ってトリスタンは、視線で拘束されたロジャーを示した。

ロジャーは大袈裟に肩をすくめる。

「嬢ちゃんはダグラスから逃げてきたのか?なら──」

「違うよ」

ロジャーの言葉をアリアは遮る。

アリアは何か言いかけて、一瞬リアナとアレクを見た。

すぐにロジャーに向き直ると、ニコリと笑う。

「やっつけちゃった」

「……っ!」

ロジャーは息を呑んだ。アリアの言葉に嘘はないと感じたようだった。

「はぁ……ガキにいいようにやられるとは、俺もヤキが回ったもんだぜ」

ロジャーは大きなため息をつく。

「……なあ、見逃してくれるってんなら、俺の知ってることをなんでも話す。どうだい?」

その言葉にアリアは眉をしかめた。

「ねぇスタン。こんなにあっさり裏切るやつ信じていいの?」

ロジャーは取り繕うように話をする。

「待て待て。あのな……雇い主は失敗に厳しいんだよ。直接手を下さないにしても、俺の次の役目は捨て駒だ。だから俺は消えときたい。」

「ふーん。まあ、筋は通ってるね」

アリアは一瞬目を鋭く細める。

「──けど。傭兵にしろ冒険者にしろ、あっさり裏切ろうとするのはどうなの?」

その言葉に、ロジャーは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「……返す言葉もねぇが、命あっての物種ものだねだろう?」

「信用はしきれないけど、ロジャーさんは強かった。わざと捕まるようなことはさせないんじゃないかな」

「なるほどね。実際戦ったスタンがそう言うなら、いいよ」

アリアはチラリとトリスタンを見る。その後、すぐにロジャーに視線を戻した。

「けど、解放するのは全部終わってからね。それまではぐるぐる巻きにしておくから」

ロジャーは苦笑いをする。

「容赦ねえなぁ。わかった。それで手を打ってくれ」

それだけ言うと、不敵に笑う。

「で、何が聞きたい?言っとくが、俺は実行役だ。そこまで期待するなよ」

その言葉にトリスタンは少し考えこんだ。聞きたいことはたくさんある。

「目的はリアナではなく俺なのか?」

「ああ、目的が変わった。俺が命じられたのはトリスタンの捕獲だ。銀髪の嬢ちゃんと、赤髪の兄ちゃんは排除だな」

アリアとアレクに目をやりつつ、ロジャーは答える。

「なぜ俺を?」

「それは知らん。ボスからの命令だ。ああ──だが、どうもお前のことは知ってるみたいだったぞ。『書院』のエリート候補だったんだろ?再炎なんとかの」

「【再炎計画】……そうだね。俺はそこにいた」

トリスタンは遠い目をした。一瞬、『書院』時代に思いを馳せる。

彼の過去を知っているということは、ほぼ間違いなく『書院』の関係者だ。リゲルサクセで彼の過去を知っている人物は数少ない。

「スタン、大丈夫?」

アリアが声をかけてくる。しばらく考え込んでいたのを、心配されていたようだ。

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

アリアに頷き返し、ロジャーへの質問を続ける。

「あなたのボスの名前は?」

「セルシオだ」

その名前に聞き覚えはなかった。とはいえトリスタンは『書院』の中では少しは名が知れている。一方的に知られているのかもしれない。

「知らない名前だね」

仲間に情報共有する意味も兼ねて言葉を発する。

「その人は強いの?」

質問したのはアリアだった。

「わからん。基本的には荒事は俺とダグラスが担当だったからな。だが、身のこなしは学者って感じだな」

「なるほどね。じゃあ近づけばどうにでもなるね」

アリアらしい思考にトリスタンは苦笑する。

「その人は今どこに?」

「隠れ家……と言うかボスの書斎がある。あの教会からそう離れてはいないぞ」

「詳しい場所は?」

「教会から北に二ブロックほど行ったところだ。赤い屋根の平屋、地下室に居るんじゃないか?」

「入るのに符牒とかはあるの?」

「特にない。鍵はかかってるだろうがな。ノックしたら開けてくれるが、俺とダグラス以外の声なら無視するだろう」

そこまで言って、ロジャーは言葉を付け足す。

「おっと、俺は行かねえぞ。さすがにそこまではできん」

アリアは腕を組んで少し考え込む。

「そうすると逆に難しいかもね。扉蹴破るか、窓から押し入っちゃった方がいいかも?」

「あまり騒ぎにはしたくないけど、作戦の失敗に気づかれる前に対応したいね」

トリスタンはロジャーに尋ねる。

「他に護衛は?」

「いないとは思う。少なくとも俺は知らない」

「そんなところかな?」

アリアが他に聞きたいことがないかを皆に確認する。

三人が頷くのを確認すると、彼女はロジャーの後ろに回った。

「お、おい、見逃してくれるって話だったよな!?」

慌ててロジャーが身じろぎする。

アリアはニコリと笑うと、布を取り出す。間髪入れずにロジャーに猿轡を噛ませた。

「んー!!」

「魔法使えるんでしょ?当然の対応だよね」

強く強く念入りに布を結ぶと、アリアはロジャーから離れた。

彼女はすぐにトリスタンに視線を移す。

「じゃあ、行こっか」

セルシオの居場所に踏み込むつもりだろう。アリアは即断即決だ。

「うん、行こう」

トリスタンは彼女に同意すると、アレクとリアナに向き直る。

「ごめん、少しの間三人きりにさせちゃうんだけど……」

「任せろ!いざとなればリアナとドリスさんだけでも何とか逃がすさ」

アレクが親指を立てる。

「大丈夫だよ。二人とも、無事に帰ってきてね」

リアナは頷くと二人に微笑んだ。

トリスタンはそれでも後ろ髪を引かれる思いではあった。しかし、現状の打破をしない限り身動きが取れない。

「ありがとう」

トリスタンは二人にそう言うとアリアに目配せした。

アリアはニコリと笑い、頷いた。

言葉をかわすことなく、二人は扉を開ける。目指す先は当然、セルシオの根城だった。


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