再炎計画③
トリスタンは窓から外を警戒していた。
モルデハイムの方角を特に注意しつつ、周辺を監視する。
リアナは母親の部屋で一緒に待機してもらっていた。
ふと、モルデハイムの方向から、誰かが堂々と歩いてくるのが見えた。
ハンターハットを目深に被っているため、人相は窺えない。しかし、革鎧に身を包んだ体格からは男であると推察できた。
マントを羽織っているため見えにくいが、帯剣している。
迷いなくこの家に向かっている。通りすがりというわけではなさそうだった。
トリスタンは剣を掴むと、リアナのいる部屋の前へ急ぐ。
扉をノックすると一方的に告げた。
「リアナ。誰か来たみたいだ。俺が対応するけど、何かあったら逃げられるようにしておいて」
「う、うん!わかった」
扉越しの返事と同時にトリスタンは動き出す。
すぐに玄関に向かうと、扉を開けて外へと飛び出した。
目の前には、先ほどの男。
彼は、いきなり現れたトリスタンに驚いているようだった。一瞬動きを止める。だが、すぐに軽薄な笑みを浮かべた。
「まさか出迎えてもらえるとはな」
「門前払いってやつですよ」
トリスタンは表情を崩すことなく告げる。
「いいや、目的はリアナじゃない。お前だよ、トリスタン・ロッテンフィールド」
トリスタンは肩をピクリとさせる。
「何故、俺の名を?」
「さてな?一緒に来てくれるなら教えてやってもいいぞ。ああ、リアナには手を出さないぜ」
トリスタンは目つきを鋭くする。
「そんな言葉を信じられるとでも?」
「ははっ、だろうな」
男は愉しそうに笑う。
バサリとマントを翻す。腰の剣に手を伸ばすと、抜き放った。
そして、滔々と詠う。
「我は拙速を好む者。
その言葉は軽かれど
驟雨の如く降り注ぐ
『早詠い』ロジャー・パック
行くぞ、小僧!」
トリスタンも剣を抜き、その詠を分析する。
『名乗り』。それは、魔法使いが行う“自らの再定義”。
自分という存在を声に出し肯定することで、一時的に魔力や身体能力を高める儀式だ。
同時に、自らの手札を晒す行為で、まさに紙一重の切り札といえる。
初手でそれを切ったということは──短期決戦型。その名の通り、速度で押し切るつもりだ。
──おそらく、相性が悪い。
トリスタンは思考を巡らせながら、ロジャーの動きを観察した。
先に仕掛けたのはロジャーだ。
『走れ火線』
出現した炎の矢が三本、軌跡を残してトリスタンへと迫る。
その魔法構成、何よりも速度にトリスタンは舌を巻く。
詠詩改律。対魔法使いにおけるトリスタンの切り札。
だが、ロジャーの魔法は──視てから割り込むには、早すぎる。
火線をサイドステップでかわすと、間を置かずロジャーに向かって駆け出す。
詠詩改律が通じない以上、距離を取るメリットはない。言の葉を拾うものの感覚を頼りに、さらなる迎撃の魔法を掻い潜った。
数秒でゼロとなった彼我の距離に、顔色を変えたのはロジャーだった。
打ち合った剣が火花を散らす。数合の斬り結び──純粋な剣技では、トリスタンが優勢だった。
ロジャーの腕や肩に、いくつか浅い傷が刻まれる。
それでも、ロジャーは怯まなかった。
鍔迫り合いの瞬間、彼は短く詠唱する。
『足元に気を付けな!』
次の瞬間、トリスタンの足元が凍りついた。
足が滑り、体勢が崩れる。
「──!?」
言の葉を拾うものが警鐘を鳴らす。──追撃が、来る。
『撒き散らす雷』
放射状に放たれた雷が、トリスタンを撃ち抜いた。
全身に痛みが走る。一瞬、体の自由が効かなくなった。
「終わりだ」
ロジャーが剣を打ち下ろす。
トリスタンは痺れる体に鞭を打ち、無理やり体を動かした。
歯を食いしばり、猛攻を籠手で受け止める。甲高い音が響いた。
「ははっ、やるじゃないか」
ロジャーが楽しそうに歯を見せた。
「一撃で仕留められないなんて、大したことないですね」
トリスタンも笑みで答える。
ロジャーは鋭く目を光らせた。
「なら──お前が倒れるまで、言葉を降らせるだけだ」
炎が舞い、雷が奔る。踏み込めば崩され、引けば追撃に晒される。
トリスタンの髪は煤で汚れ、皮鎧のあちこちには霜が付いていた。
ロジャーの戦闘詩術に、トリスタンは防戦一方だった。
言の葉を拾うものがなければ、五体満足とはいかなかっただろう。
冷静に、糸口を探す。
だがそれは、ロジャーも同じだった。
言の葉を拾うものに集中するトリスタンの隙をつき、ロジャーが蹴りを放つ。
つま先は鳩尾を打ち抜き、肺から空気が漏れた。
トリスタンは左手で口元を抑え、込み上げるものを飲み込んだ。
「お前……俺の魔法が視えているな?」
唯一のアドバンテージ、言の葉を拾うもの。
それを見透かされ、トリスタンの動きが止まる。
ロジャーは僅かに口角を吊り上げた。
「たまにいる。そういう奴が、な」
ゆっくりと、剣を構え直すロジャー。
「次からは、それを織り込む。そろそろ限界だろ?」
トリスタンは小さく息を吐いた。
もう少し戦いの癖を見たかったが、これ以上引き伸ばせば押し切られる。
一か八か──そう腹を決め、左手を口元に当てたまま踏み込んだ。
剣を振り上げ、振り下ろす。
ロジャーはそれを剣で受け止めた。
鍔迫り合いとなった。トリスタンはお互いの体が触れそうなほどに距離を詰める。
数秒の拮抗。先に仕掛けたのはロジャーだ。
『足元に気を付けな』
その二つ名に違わぬ高速の魔法構成。だがその一瞬を、トリスタンは見逃さなかった。
足元へ集う言霊の流れ。それを、掴み取る。
掌握完了。世界が、呼吸を止める。
【改律・転換】
この距離なら、攻撃魔法を使わない。ならば選択は一つのはずだった。来るのがわかっていれば、詠詩改律が間に合う。
トリスタンが命じるままに、ロジャーの足元が凍りつく。
「なっ──!?」
混乱と焦燥が、手に取るようにわかった。
トリスタンは、その隙を逃さず剣を一閃する。
腕を深く斬られたロジャーは武器を取り落とし蹲った。
カラン、と落ちた剣が、戦いの終わりを告げる。
激戦の熱気が、北風にさらわれていった。
苦痛に堪えながら、ロジャーが沈黙を破る。
「お前、奥の手を隠してやがったな?」
「……いや、詠唱が早すぎて、今の今まで対応できなかっただけです」
「そうか……」
そう呟いたロジャーの声は、少し柔らかかった。
ギリギリの戦いだった。
ゼロ距離での、足元を凍らせる魔法。それ以外の選択肢がロジャーにあったならば、立場は逆転していただろう。
トリスタンはロジャーに剣を突きつける。
「縛ります。動かないでくださいね」
「殺さないのか?」
「……無闇に殺す気はないですよ。それに、聞きたいこともあります」
「……」
ロジャーは少し考え込んでいるようだ。
同時に、こちらの隙を窺っているようにも見える。トリスタンは彼の一挙手一投足を見逃さないように注視する。
「かぁー、勝っても油断しねぇのな。わかったよ、言の葉に誓って抵抗しないさ」
「……助かります」
そう言うとトリスタンはロジャーを後ろ手に縛る。合わせて、腕の傷の手当ても行った。
「ありがとよ」
「家に入りましょうか。あなたがいれば、いきなり火をつけたりはされないでしょうし」
トリスタンはロジャーを連れてリアナの家へと戻る。
リアナが、奥の部屋から不安げに顔を覗かせていた。
捕えられたロジャーと、傷だらけのトリスタンを見て、彼女は一瞬立ちすくむ。
しかし、気を取り直すと、家の奥から包帯や消毒液を持ってきてくれた。
「リアナ、ありがとう」
「ううん。スタン君が無事でよかった」
そんな話をしていた時、扉が激しくノックされた。
同時に、アレクの叫ぶ声。
「リアナ!スタン!大変だ!蒼炎使いに襲われた!」
「っ!!そいつは今どこに!?」
「俺を逃すためにアリアが戦ってくれてる。鉱床の方だ!」
トリスタンは思わず家から飛び出しそうになる。だが、トリスタンがここを離れた場合、リアナとアレクに危険が及ぶ可能性があった。
「蒼炎使いの情報は!?」
トリスタンは食いつくようにロジャーに詰め寄った。
「……そいつはダグラス。人を燃やして楽しむ変態だ。だが、今から行っても遅いんじゃないか?」
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