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ベネディクト・ブレイブス〜声無き勇者と銀の少女〜  作者: 藤木 規史
第五話 プロジェクト・エンバーライト
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再炎計画③

トリスタンは窓から外を警戒していた。

モルデハイムの方角を特に注意しつつ、周辺を監視する。

リアナは母親の部屋で一緒に待機してもらっていた。

ふと、モルデハイムの方向から、誰かが堂々と歩いてくるのが見えた。

ハンターハットを目深に被っているため、人相は窺えない。しかし、革鎧に身を包んだ体格からは男であると推察できた。

マントを羽織っているため見えにくいが、帯剣している。

迷いなくこの家に向かっている。通りすがりというわけではなさそうだった。

トリスタンは剣を掴むと、リアナのいる部屋の前へ急ぐ。

扉をノックすると一方的に告げた。

「リアナ。誰か来たみたいだ。俺が対応するけど、何かあったら逃げられるようにしておいて」

「う、うん!わかった」

扉越しの返事と同時にトリスタンは動き出す。

すぐに玄関に向かうと、扉を開けて外へと飛び出した。

目の前には、先ほどの男。

彼は、いきなり現れたトリスタンに驚いているようだった。一瞬動きを止める。だが、すぐに軽薄な笑みを浮かべた。

「まさか出迎えてもらえるとはな」

「門前払いってやつですよ」

トリスタンは表情を崩すことなく告げる。 

「いいや、目的はリアナじゃない。お前だよ、トリスタン・ロッテンフィールド」

トリスタンは肩をピクリとさせる。

「何故、俺の名を?」

「さてな?一緒に来てくれるなら教えてやってもいいぞ。ああ、リアナには手を出さないぜ」

トリスタンは目つきを鋭くする。

「そんな言葉を信じられるとでも?」

「ははっ、だろうな」

男は愉しそうに笑う。

バサリとマントを翻す。腰の剣に手を伸ばすと、抜き放った。

そして、滔々(とうとう)うたう。


「我は拙速を好む者。

 その言葉は軽かれど

 驟雨の如く降り注ぐ

 『早詠い(タングルツイスター)』ロジャー・パック

 行くぞ、小僧!」


トリスタンも剣を抜き、そのうたを分析する。

『名乗り』。それは、魔法使いが行う“自らの再定義”。

自分という存在を声に出し肯定することで、一時的に魔力や身体能力を高める儀式だ。

同時に、自らの手札を晒す行為で、まさに紙一重の切り札といえる。

初手でそれを切ったということは──短期決戦型。その名の通り、速度で押し切るつもりだ。

──おそらく、相性が悪い。

トリスタンは思考を巡らせながら、ロジャーの動きを観察した。


先に仕掛けたのはロジャーだ。

走れ火線(ウィア・イグニス)

出現した炎の矢が三本、軌跡を残してトリスタンへと迫る。

その魔法構成、何よりも速度にトリスタンは舌を巻く。

詠詩改律ワードハック。対魔法使いにおけるトリスタンの切り札。

だが、ロジャーの魔法は──視てから割り込むには、早すぎる。

火線をサイドステップでかわすと、間を置かずロジャーに向かって駆け出す。

詠詩改律が通じない以上、距離を取るメリットはない。言の葉を拾うもの(リーフシーカー)の感覚を頼りに、さらなる迎撃の魔法を掻い潜った。

数秒でゼロとなった彼我の距離に、顔色を変えたのはロジャーだった。

打ち合った剣が火花を散らす。数合の斬り結び──純粋な剣技では、トリスタンが優勢だった。

ロジャーの腕や肩に、いくつか浅い傷が刻まれる。

それでも、ロジャーは怯まなかった。

鍔迫り合いの瞬間、彼は短く詠唱する。

足元に気を付けな(タペーテ・グラキエイ)!』

次の瞬間、トリスタンの足元が凍りついた。

足が滑り、体勢が崩れる。

「──!?」

言の葉を拾うもの(リーフシーカー)が警鐘を鳴らす。──追撃が、来る。

撒き散らす雷フルミナ・ディスペルサ

放射状に放たれた雷が、トリスタンを撃ち抜いた。

全身に痛みが走る。一瞬、体の自由が効かなくなった。

「終わりだ」

ロジャーが剣を打ち下ろす。

トリスタンは痺れる体に鞭を打ち、無理やり体を動かした。

歯を食いしばり、猛攻を籠手で受け止める。甲高い音が響いた。

「ははっ、やるじゃないか」

ロジャーが楽しそうに歯を見せた。

「一撃で仕留められないなんて、大したことないですね」

トリスタンも笑みで答える。

ロジャーは鋭く目を光らせた。

「なら──お前が倒れるまで、言葉を降らせるだけだ」


炎が舞い、雷が奔る。踏み込めば崩され、引けば追撃に晒される。

トリスタンの髪は煤で汚れ、皮鎧のあちこちには霜が付いていた。

ロジャーの戦闘詩術に、トリスタンは防戦一方だった。

言の葉を拾うもの(リーフシーカー)がなければ、五体満足とはいかなかっただろう。

冷静に、糸口を探す。

だがそれは、ロジャーも同じだった。

言の葉を拾うもの(リーフシーカー)に集中するトリスタンの隙をつき、ロジャーが蹴りを放つ。

つま先は鳩尾を打ち抜き、肺から空気が漏れた。

トリスタンは左手で口元を抑え、込み上げるものを飲み込んだ。

「お前……俺の魔法が視えているな?」

唯一のアドバンテージ、言の葉を拾うもの(リーフシーカー)

それを見透かされ、トリスタンの動きが止まる。

ロジャーは僅かに口角を吊り上げた。

「たまにいる。そういう奴が、な」

ゆっくりと、剣を構え直すロジャー。

「次からは、それを織り込む。そろそろ限界だろ?」

トリスタンは小さく息を吐いた。

もう少し戦いの癖を見たかったが、これ以上引き伸ばせば押し切られる。

一か八か──そう腹を決め、左手を口元に当てたまま踏み込んだ。

剣を振り上げ、振り下ろす。

ロジャーはそれを剣で受け止めた。

鍔迫り合いとなった。トリスタンはお互いの体が触れそうなほどに距離を詰める。

数秒の拮抗。先に仕掛けたのはロジャーだ。

足元に気を付けな(タペーテ・グラキエイ)

その二つ名に違わぬ高速の魔法構成。だがその一瞬を、トリスタンは見逃さなかった。

足元へ集う言霊の流れ。それを、掴み取る。


掌握完了。世界が、呼吸を止める。

【改律・転換】


この距離なら、攻撃魔法を使わない。ならば選択は一つのはずだった。来るのがわかっていれば、詠詩改律ワードハックが間に合う。

トリスタンが命じるままに、ロジャーの足元が凍りつく。

「なっ──!?」

混乱と焦燥が、手に取るようにわかった。

トリスタンは、その隙を逃さず剣を一閃する。

腕を深く斬られたロジャーは武器を取り落とし蹲った。

カラン、と落ちた剣が、戦いの終わりを告げる。

激戦の熱気が、北風にさらわれていった。


苦痛に堪えながら、ロジャーが沈黙を破る。

「お前、奥の手を隠してやがったな?」

「……いや、詠唱が早すぎて、今の今まで対応できなかっただけです」

「そうか……」

そう呟いたロジャーの声は、少し柔らかかった。


ギリギリの戦いだった。

ゼロ距離での、足元を凍らせる魔法。それ以外の選択肢がロジャーにあったならば、立場は逆転していただろう。

トリスタンはロジャーに剣を突きつける。

「縛ります。動かないでくださいね」

「殺さないのか?」

「……無闇に殺す気はないですよ。それに、聞きたいこともあります」

「……」

ロジャーは少し考え込んでいるようだ。

同時に、こちらの隙を窺っているようにも見える。トリスタンは彼の一挙手一投足を見逃さないように注視する。

「かぁー、勝っても油断しねぇのな。わかったよ、言の葉に誓って抵抗しないさ」

「……助かります」

そう言うとトリスタンはロジャーを後ろ手に縛る。合わせて、腕の傷の手当ても行った。

「ありがとよ」

「家に入りましょうか。あなたがいれば、いきなり火をつけたりはされないでしょうし」

トリスタンはロジャーを連れてリアナの家へと戻る。

リアナが、奥の部屋から不安げに顔を覗かせていた。

捕えられたロジャーと、傷だらけのトリスタンを見て、彼女は一瞬立ちすくむ。

しかし、気を取り直すと、家の奥から包帯や消毒液を持ってきてくれた。

「リアナ、ありがとう」

「ううん。スタン君が無事でよかった」

そんな話をしていた時、扉が激しくノックされた。

同時に、アレクの叫ぶ声。

「リアナ!スタン!大変だ!蒼炎使いに襲われた!」

「っ!!そいつは今どこに!?」

「俺を逃すためにアリアが戦ってくれてる。鉱床の方だ!」

トリスタンは思わず家から飛び出しそうになる。だが、トリスタンがここを離れた場合、リアナとアレクに危険が及ぶ可能性があった。

「蒼炎使いの情報は!?」

トリスタンは食いつくようにロジャーに詰め寄った。

「……そいつはダグラス。人を燃やして楽しむ変態だ。だが、今から行っても遅いんじゃないか?」

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