再炎計画②
「とりあえず、状況の確認だな」
そう言ってアレクは、リアナにオリヴァーの件を共有する。
「まあ、リアナに危害が及ぶかってなると微妙ではあるが……」
「けど、さっき視線を感じたよ。安心はできないね」
アレクの言葉を引き継ぎ、アリアが口を開いた。
トリスタンは少し考え込んだ。
「うん。俺とアリアは何とかなるとしても、アレクとリアナは心配だね。アレクは戦える?」
「スタン基準には無理だ。逃げるだけなら何とかなるかもしれないが」
「それで十分だよ」
トリスタンは安心させるように微笑む。
「けど、リアナがまだ狙われてる可能性がある。二人は何か心当たりある?」
トリスタンはリアナとアレクを交互に見て尋ねる。
アレクは少し考え込み、答える。
「留守にしてた幹部が残ってるが……」
「でも、それならどうしてオリヴァーを……その、あんなことしたのかしら?」
言葉を詰まらせるリアナ。
『殺した』という言葉をリアナは口にすることができなかったようだ。
「恨みを買ってそうだし、復讐か?」
「どうだろう。牢屋に侵入して実行してることを考えると、もっと早くに実行してもおかしくない?」
「あいつ小物だったし、口封じとか?」
アリアのその言葉に、トリスタンは反応する。
「……アレク、幹部には腕利きの護衛がついていたって言ってたよね」
「ああ。詳しくは知らないが、魔法使いが二人いる」
「そのうちの一人が、オリヴァー殺害の下手人っていうのは考えられないかな?」
「だが、護衛が雇い主を殺すか?」
「いや、雇い主がオリヴァーじゃなくて、その幹部だとしたら?」
トリスタンは少し目を閉じると、力強く開く。
「正直、オリヴァーは魔法が少し使える程度の男だった。そう考えると、今回の殺人だけじゃなく、偽リーゲル教団自体の──本当の黒幕はその幹部かもしれないね」
トリスタンは少し肩をすくめる。
「仮説だけどね」
その言葉に、アレクは考え込む。
「筋は通ってる、か」
「うん。私もそんな気がする」
アリアがコクコクと頷くのを見て、トリスタンは口を開く。
「次は方針、だね。最優先は、リアナとアレク、ドリスさんの安全確保。それが担保できるなら護衛と戦う必要はない。」
半ばアリアに言い聞かせるように続ける。
アリアも、真剣に頷いていた。
「もし戦闘になるなら、オリヴァー殺害の下手人──仮に蒼炎使いとするね。コイツは俺が相手をするよ。もう一人護衛がいるけど、どちらも同じ力量ってことはないと思う。さすがに二人とも蒼炎が使えるとは考えにくい」
鉄を溶かせる程の蒼炎使いはそう多くない。その上での判断だった。
リアナが心配そうな表情を浮かべていた。
「スタン君。守ってくれるのは本当に嬉しいけど、無理しないでね」
「大丈夫。俺なら不意をつかれない限り何とかなるよ」
「そうだね。スタンなら大丈夫。完封しちゃうよ」
アリアからの評価にトリスタンは苦笑する。
しかし否定するつもりもなかった。魔法使い相手なら、詠詩改律のあるトリスタンが遅れをとることはそうそうない。
方針が固まったところで、トリスタンは次の話を切り出す。
「後は──情報が欲しいね。いつまでも立て篭もるわけにはいかないし」
「相手が焦れて焼き討ちでもされたら悲惨だよな」
「それは大丈夫じゃないかな?もし私たちの命だけが目的なら、今燃やしてるよ」
その言葉に、リアナがチラリと窓の外を見る。
何事も起きていないのを確認すると、小さく安堵の息を漏らしていた。
「うん。でも、逃げられる程度に火をつけることは考えられるからね。そこは注意しよう」
アレクとリアナは無言で頷いた。
「ねえスタン。ここでリアナたちを守っていてくれる?私は街に出て情報探ってみようと思う」
「……うん。その分担が良さそうだね」
トリスタンとアリアは頷きあう。
アレクがそこに割り込んだ。
「なら、俺も行かせてくれないか?俺なら地理もわかるし、少しは知り合いもいる」
アリアはじっとアレクを見つめる。
「危険だよ?」
アレクも目を逸らすことなく、アリアを見返した。
「わかってる。けど、何もしないでいたくはないんだ」
「わかった。私の言うことは聞いてね」
「あ、ああ!もちろん」
リアナは何か言いたげにアレクを見ていた。
しかし、少し強張った笑みを浮かべると、アレクに声をかける。
「アレク……気をつけてね」
「ああ。無理はしないさ」
アレクは神妙な面持ちで頷いた。
トリスタンは懐から一通の羊皮紙を取り出す。
「アレク、これを」
アレクはその紙を受け取ると、首を傾げた。
「これは?」
「今回の俺たちへの依頼書だよ。リゲルサクセ防衛隊からの正式なものだ。ちょっと依頼内容からはズレるけど、話を聞くのに役に立つかもしれない」
「助かる。リアナを──頼む」
「もちろん。任されたよ」
トリスタンは微笑む。
アリアとアレクは簡単に準備をするとすぐに家を出ていった。
「リアナ、俺も最大限警戒するけど、何かおかしなことがあったら教えてね」
「うん。よろしくお願いします」
トリスタンは窓から周囲を伺う。外の景色に異常はない。ただ、生暖かい空気が、少し気味悪かった。
***
「トリスタンはリアナの護衛に回るはずだ。だからロジャー、お前はそっちへ回れ。単独で動いた奴がいたらダグラスに狩らせろ」
大将と呼ばれていた男は冷淡に指示を出す。
ロジャーは首を傾げ、質問する。
「構わんが、なぜあいつらの動きがわかる?」
「あいつらが知っていることは、蒼炎使いがいる、という情報くらいだ。おそらく、それが最大の脅威だとあいつは思うだろう。」
「……そのためにわざわざオリヴァーの始末をダグラスに?」
大将と呼ばれた男はニヤリと笑う。
「そうだ。そしてトリスタンは、その脅威を自ら引き受けようとするだろう。そういう風に、育ってるんだよ」
「そういうもんかねぇ。まあ、大将がそう言うなら従うけどな」
ロジャーは肩をすくめる。
「ただ、あいつに暴れさせるのは郊外にするぞ。ところ構わず火の海にするわけにはいかんだろう」
「ああ、手筈は任せる」
「あいよ、好きにやらせてもらうさ」
ロジャーはぞんざいに手を振ると、歩き去った。
***
アリアとアレクは偽リーゲル教の教会へと赴いていた。
衛士が一人、入り口前に立っているのが見える。
アレクは気さくにその衛士へ話しかけた。
「おっちゃん、何か詳しいことわかった?」
「アレクか。いや、あんまり進展はないな」
二人は顔見知りのようだ。
「こっちのお嬢さんは?」
アリアを目に留めた衛士がアレクに尋ねる。
「リゲルサクセから来た冒険者だよ。色々あってこの教団の調査してたんだ」
そう言ってアレクは防衛隊からの依頼書を取り出した。
「アリアよ。よろしくね」
紹介されたアリアはニコリと笑って挨拶をする。
「ああ。朝方、アレクから聞いてた子たちか。今回は災難だったな」
「あはは、命があっただけ良かったよ」
アリアは肩をすくめる。
「オリヴァー以外にも幹部を閉じ込めてたはずだけど、他の人は無事だったのか?」
「ああ、他の奴らは無事だった。そいつらの話を聞くに、殺されてたのはオリヴァーで間違いなさそうだ」
「そっか……」
アレクは一瞬言い淀む。
「あのさ、もう一人、セルシオって幹部がいたはずなんだ。そいつは姿を見せてない?」
衛士は少し考え込むが、首を横に振って答えた。
「いや、特に教団の関係者は見てないな」
「そうか……他に閉じ込めてた奴らは、犯人の顔を見てないの?」
「いや、見てる。見てるが……」
衛士は顎に手を当てた。
「兜を被っていたらしくてな。顔はわからないってことだ。ただ、おそらくダグラスじゃないか、とは言ってたな」
「ダグラス?」
アリアはおうむ返しに聞き返す。
「ああ、教団に雇われてた用心棒だと」
アレクとアリアは思わず目を見合わせた。それは、リアナの家で推測していた内容だった。
だとすると──相手の方が一手早い。こちらは後手に回る可能性があった。
「どうしたか?」
「いや、なんでもないよ」
アレクは表情を取り繕う。
「ちなみに、現場の地下を見せてもらったりは……?」
「アレクの頼みでも、それは無理だな」
「だよね。おっちゃん、ありがとう」
「おう、二人とも気をつけてな」
***
その後、二人は教会周辺の聞き込みを行ったが、芳しい成果はなかった。
二人は近くの公園を訪れ、少し休憩していた。
「なかなか情報がないね」
アリアが小さく呟く。
「ああ、下手人がわかったってだけだもんな」
「リアナの家に来るのがわかってれば待ち伏せしてもいいんだけど……」
「タイミングが分かってればな。常に警戒しとくわけにはいかないだろ。時間を選べる相手が有利じゃないか?」
「だよね。やっぱり地道に目撃者探すしか──」
言いかけたところで、アリアはアレクの首根っこを掴み、強引に押し倒した。
「ちょ、何を──」
直後、アレクの立っていた空間を蒼い炎が貫く。
「アレク、私が囮になるから逃げて」
アレクの耳元でそう囁くと、アリアは跳ね起きてナイフを抜いた。
「わかった!」
アレクが返事と共に駆け出すのがわかった。
炎が飛来した方角。そこには鈍色の鎧を纏った人影があった。
「やっ!」
掛け声と共にナイフを投擲する。
ナイフは狙い違わず頭へと命中するが、分厚い兜を貫くことはなかった。
しかし、意識をアリアに向けさせることはできたようだった。
男は炎の矢を作り出しアリアへ放つ。
アリアは素早く身を伏せ、それをかわす。同時に地面の石ころを拾い上げた。
体を起こすやいなや、それを人影へと投げつける。
それは吸い込まれるように兜に命中した。
ダメージはない。だが、わずかな衝撃と、何よりも着弾した時の音。それは兜をかぶっている人間にとっては不快なものだ。
アリアはニヤリと笑って手招きする。
鎧の人影が、ゆっくりとこちらへ歩いてくるのがわかった。
アリアはアレクの逃げた方向をチラリと見る。
彼はこちらを気にしながら逃げているが、十分な距離を取れているようだった。
それを確認したアリアは、人のいない方向へ駆け出す。この街の地理に詳しいわけではない。唯一知っている開けた場所──露天掘りの鉱床へと向かった。




