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ベネディクト・ブレイブス〜声無き勇者と銀の少女〜  作者: 藤木 規史
第五話 プロジェクト・エンバーライト
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再炎計画①

つるはし亭を後にしたトリスタンたちは、リアナの家へと招待されていた。

モルデハイムの郊外にひっそりと佇む建物は、歴史を感じさせた。

少し埃っぽい空気が漂っている。しばらく帰ることができていなかった事が伺えた。

「ドリスさんは大丈夫なのか?」

少し心配そうに、アレクが尋ねる。

「うん。まだ休んでるけど、平気だよ。ありがとう」

ニコリと笑い、答えるリアナ。

「アレク。できれば席を外してくれないかな?」

リアナがアレクに声をかける。声珠から発される声色は変わりないが、その顔は申し訳なさそうだった。少し目を伏せて続ける。

「私の家系の……その、あんまり知られたくない過去だから」

「……わかった。街の様子でも見て来るよ」

「あっ、私も行く!」

アレクとアリアは連れ立って外へと歩いていった。

二人が部屋から出ていくことを確認し、リアナはため息をつく。

「ごめんね、アレク」

そう呟くと、リアナはトリスタンへ向き直った。

「スタン君、ちょっと待っててね」

そう言ってリアナは部屋の奥変換向かう。

しばらくして、金属製の小さな箱を取り出してきた。

「一応聞くけど、意思は変わらないよね?」

そう言うと、箱を開ける。

その中には、羊皮紙の束が入っていた。

「もちろん。そんなつもりはないよ」

羊皮紙をチラリと見て、トリスタンは答えた。

トリスタンをしばらく見つめると、リアナは小さく頷く。

「わかった。

その前に歴史の知識を確認させて。250年前、白王国クルシュタ建国について、スタン君はどこまで知ってる?」

トリスタンは少し考え込む。

「250年前……南の帝国の侵攻から逃れた人々が作り上げた国、だね。当時は白炎もなく、極寒と飢餓の中、とても厳しい時代だった。そう習ったよ」


白炎びゃくえん』──王都に存在する不思議な炎。

それは、この地の寒気だけを払う、聖なる炎だと言われている。二百五十年にも渡り燃え続けるその炎は、寒冷地の真っ只中にある白王国クルシュタを支える物だった。


「うん。その後、初代魔王の討伐についてわかる?」

「わかるよ。この寒さの元凶、北の魔王。彼を討伐するため、白炎使いを筆頭に勇者たちが北へと向かう。彼らは激闘の末、魔王を倒すものの、魔王は怨念となって今だにこの地を冬に閉ざしている。

白炎使いはその呪いを払うために首都に大きな白い炎を作り出した。それが国を照らし、温めているから、俺たちは普通に生活できている」

「そうだね。白炎を戴く国、白王国クルシュタ。それがこの国の歴史。

──表向きは、ね」

その言葉に、部屋の温度が下がるのを感じた。ここから先を聞けば、引き返せないのだろう。

頬を冷たい汗が伝う。

リアナはトリスタンを真っ直ぐ見つめ、語る。

「北の魔王。その存在自体が、嘘だよ」

「待って、それじゃあリゲルサクセに侵攻してきているのは?!」

思わず声を上げたトリスタンをリアナは手で制する。

「順番に話すね。白炎使いが倒したとされる存在。それは魔王じゃなかったんだ。それはただの先住民。彼らフロストエルフを追い出し、私たちは住処を手に入れた」

トリスタンは殴られたような衝撃を受けた。

「それは──それはつまり、俺たちの祖先は侵略者だった……」

「そう。だから魔王を倒しても、この地が冬から逃れることはないの。でも、当時の人たちも、魔王せいでこの地が雪に覆われている、っていう噂があったみたい。だから討伐隊が組まれたんだよ」

リアナはトリスタンの反応を見つつ続ける。

「白炎使いはね。先住民の長を討ってから、その事実に気付いたみたい。だから彼は、その力を振り絞って国を照らし暖める白炎を作り出した。」

「それが……」

「うん。首都にある白炎。冬の呪いを払う力、燃やすべきもののみを燃やす聖火。

スタン君、白炎使いのその後は知ってる?」

「いや、そこは教えてもらってないね」

「そうだよね。白炎使いはその力を使い果たし、魔法を紡げなくなった。そしてひっそりと歴史から姿を消した。

彼の名はウェイド。ウェイド・グレイス。私たちの、ご先祖さまだよ」

かつての英雄の血が流れている。それは信じがたい事実であった。

「けど──話はそれで終わりじゃないよ。私たちが声を出せない原因。そこにつながるの」


リアナは少し考え込むと、再び口を開いた。

「スタン君は『呪い』を信じてる?」

湿地帯でルカに教えられた言葉に、トリスタンはピクリと反応する。

「そうだね。最近、教えてもらったよ」

「そう……これは呪い。白炎使いへの呪詛。それは彼本人ではなく、その子孫へと向けられたんだ」

リアナは目を伏せる。

「ウェイドが白炎を使えれば解呪できたそうだけど、彼は王都の白炎を生み出した時にその力を使い切っていたの。だから、今もそれは続いている」

リアナは羊皮紙の束をトリスタンに差し出した。

「私が話した内容は、ここに書いてあるよ。読んでみる?」

トリスタンはそれを無言で受け取る。すぐに読み出す気にはなれなかった。


「私たちの祖先の秘密はこんな感じだよ。できれば、みんなは知らないほうがいいよね」

「うん……そう、だね」

秘密を共有できたのか、リアナはそれでも少し嬉しそうだった。

「まあ、アレクにはいつか知ってもらわないといけないんだけどね」

リアナが漏らしたその言葉に、トリスタンが反応する。

「えっ、それって……」

「あ!!なんでもないよ!なんでもない」

リアナは顔を赤くして手をブンブンと振る。

「スタン君は信用してるから、その羊皮紙は持って帰ってもいいよ。無くさないでね」

少し恥ずかしそうに、リアナは無理やり話題を元に戻した。

「ありがとう。後で読ませてもらうよ」

「うん。何かわかったら私にも教えてくれると嬉しいかな」

「もちろん。話しにくいことを教えてくれてありがとう」

「いいよ。家族のことだもん」

リアナは微笑む。

トリスタンも笑みを返した。

「うん。じゃあ今日は一度つるはし亭に帰るよ。何かあれば、頼って」

「ありがとう。じゃあ、気をつけてね」

トリスタンはリアナに手を振ると、家を後にした。


***


宿の一室で、トリスタンはウェイドの手記を読んでいた。

視界の端で、アリアが武器の手入れをしている。

彼女はチラチラとトリスタンの様子を伺っていた。手記の中身が気になっているのだろう。

「スタン、何かわかった?」

トリスタンは羊皮紙に落としていた視線をアリアに向ける。

羊皮紙の中身は、リアナの家で聞いた内容を裏付けるものだった。

「うん。そうだね、俺の呪いの原因の目星はついたよ」

「じゃあ、一歩前進だね。解決策は見つかりそう?」

その言葉に、トリスタンは少し顔を曇らせた。

「そこはなんとも言えないかな。原因が根深すぎてね」

トリスタンはリアナに聞いたことをそのまま伝えた。

アリアはそれを聞いて少し考え込む。

「なるほど。流石にごめんなさいして解決するようなものじゃないよね」

「そうだね。そもそも彼らは今魔王軍側だし、近づくことすら……」

そこまで言って、トリスタンは一つのことに気づく。

クルシュタの建国の歴史、そして魔王の侵略。

200年前、英雄リーゲルに討伐された魔王アルビダ。

100年前、防衛隊に撃退された魔王アガレス。

共にフロストエルフだったと、記録されている。

つまり、『大侵攻』は──

「復讐……?」

点と点がつながる気がした。背筋を冷たいものが伝う。

「スタン?どうかした?」

アリアが首を傾げる。

トリスタンはアリアにどう伝えるか悩んだ。

ただ、嘘をつくつもりはない。

「思いついたことがあるんだ。けど……今は話せない。少し、整理したいんだ」

「そっか。じゃあまた教えてね」

「ごめんね。アリア」

「いいよ。私はもう寝るね」

「そうだね。俺も休むよ」

二人はそれぞれのベッドに入り、目を閉じる。

アリアの寝息が聞こえる中、トリスタンはなかなか寝付く事ができなかった。


その知らせが届いた時、トリスタンとアリアは朝食を摂っていた。

「スタン!アリア!」

食堂のドアを勢いよく開けて飛び込んできたのはアレクだ。

二人は驚いた表情でアレクを見つめる。

彼は息を切らせつつも、衝撃的な事実を口にする。

「オ……オリヴァーが殺された」

「なっ……」

トリスタンは飲みかけの水をこぼしそうになる。慌ててそれをテーブルに置くと、アレクへ詰め寄った。

「何があった?」

「わからない。朝、奴らの教会の近くを歩いていたら、騒ぎになってたんだ」

アレクは息を整える。

「近くの衛士に話を聞いたら、黒焦げの死体が見つかったって聞いてな……」

「元信者の仕業ってわけじゃないの?」

アリアがもっともなことを尋ねる。しかし、アレクは首を横に振った。

「鉄格子が溶けてたらしい。そんなことができる奴はそうそういないだろ?」

「魔法使い……?」

そう呟き、トリスタンは思考を巡らせる。鉄を溶かせる程の魔法使いは一握りだ。トリスタンもできなかった訳ではないが、相当な"溜め"がいる。

「……他に捕えてた幹部は?」

牢にはニルスなどの幹部も捕らえられていたはずだった。

「……いや、すまん。わからん。俺も現場を見てきた訳じゃないからな」

「気にしないで、アレク。ありがとう」

そこに勢いよく割り込んできたのはアリアだ。

「ねえ!あんなやつのことより、リアナは大丈夫なの?」

その言葉にトリスタンとアレクは目を合わせる。

「そうだね。リアナのところに行こう!」

「あ、ああ!案内する!着いてきてくれ」


三人はリアナの家へと急いだ。街並みを駆け抜けた先に見えるのは、先日衝撃的な話を聞かされたあの家だ。

煙などが上がってる様子は見えないが、内部はわからない。アレクは駆けつけた勢いそのままに、扉を激しく叩いた。

「リアナぁ!ドリスおばさん!」

返事は──ない。

「ああ、リアナ……」

アレクはその場に座り込んだ。

「あれ?アレク?どうしたの?」

後ろから声珠の音が聞こえる。そこに立っていたのは、野菜を抱えたリアナだった。


座り込んでいたアレクは素早く立ち上がると、リアナに抱きついた。

「ちょ……!どうしたのアレク!?」

アレクは無言のままだ。ただ、リアナの存在を確かめるように、抱きしめていた。

「アレク……ちょっと、苦しいかな。」

アレクは気づいたようにリアナから離れた。

「あっ……ごめん!俺、またリアナが遠くにいっちゃうんじゃないかと思って……」

「ふふ。大丈夫だよ。それより、何かあったの?」

アレクの様子を見て何かを察したのだろう、リアナが首を傾げた。

「そうなんだ……その……」

アレクは少し言い淀む。

「多分。オリヴァーが、殺された」

その言葉にリアナは固まる。持っていた野菜が手からこぼれ落ちた。

「嘘……」

「だから……俺、リアナが心配で」

「……ありがとう、アレク。スタン君とアリアちゃんも」

リアナは野菜を拾うと、そう言って笑った。しかし、その手は震えている。

その様子を見たトリスタンは、リアナをまっすぐに見た。

「大丈夫。俺とアリアが二人を守るよ」

「うん、任せて!」

アリアも笑う。

「二人とも、ありがとう。とりあえず座って話そう?」

そう言うとリアナは三人を家へと先導する。

リアナが扉を開けようとした瞬間、アリアが勢いよく振り返った。

その視線は猛禽のように鋭く、遥か先を睨みつけている。

「アリア?」

その様子を見たトリスタンは、思わず腰の剣に手を伸ばした。

「……誰かに見られてたかも。でも、気配は消えちゃった」

「そう……とりあえず、状況を整理しよう」

「うん。そうだね」

二人は、アレクに続いて扉をくぐる。白木の扉が、閉じられた。


***


一つの影が、閉じられた白木の扉を見つめていた。

ロジャーと呼ばれていた男である。

「やれやれ、この距離で気づくかねぇ。あの嬢ちゃんも、結構やばそうだ」

肩をすくめてひとりごちる。

「まあ、あの嬢ちゃんは生死問わず、だ。可哀想だが、ダグラスをあてがわせてもらうぜ」

男は小さく息を吐くと、何事もなかったかのように立ち去った。

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