沈黙の血脈⑥
リアナを目にすると、集まった人々がざわめいた。
「聖女様だ」「こんな夜半に何が?」「司教がいないぞ」「隣にいるのはアレクか?」
その喧騒に呑まれ、リアナは一瞬固まる。
それを見たアレクは軽くリアナの背中を叩き、囁く。
「大丈夫だ、俺がついてる」
リアナはピクリと肩を上げると、大きく深呼吸した。
「み、皆さん、集まってくれてありがとうございます。
きょ、今日は、どうしてもお伝えしたいことがあります。多分、その……皆さんにはいいお話ではないかもしれません」
リアナは俯き、言葉を詰まらせる。
チラリと隣のアレクを見ると、ふたたび顔を上げた。
「私は……私は、聖女などではありません!
ただの……声の出せない、街娘です。怪我を治したのも、司教の魔法です」
その言葉に、人々は一瞬沈黙する。しかし次の瞬間、どよめきが起こる。
「ど、どういうことだ?」「嘘だろう?」「でも、聖女様が嘘をつくのか?」
リアナは声珠を握りしめ、叫ぶように魔力を流し込んだ。
「司教は!オリヴァーは……私の母を人質にして私に……聖女のふりをさせていたんです」
リアナは、さらに言葉を続ける。
その瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
肩は震え、鼻をすする。しかし声珠から発される声は一定で、無機質だ。
「これ以上……これ以上皆さんを、騙したくありません。けれど、私にはこれしか……言えません」
一拍おき、人々を見つめるリアナ。
「お願いです。信じてください。そして……できれば、母を助けるため……手を貸してくれませんか?」
再びどよめきが起こりそうになった瞬間、アレクが前へ出た。
「みんな!これを見てくれ!」
彼が懐から取り出したのは、羊皮紙の束。
保管庫から盗み出した帳簿だった。
「俺は潜入して、ずっと機会をうかがってた。
ここにあるのは、鉱石の横流し……武器の密造の記録だ。
こんなもの、まともな教団がやることじゃない!」
アレクはリアナの救出だけでなく、そんなものまで持ち出していたようだった。トリスタンは彼の手際に舌を巻く。
アレクから羊皮紙を受け取り中身を改めた人々は、リアナの言葉が本当だと感じたようだった。あるものは怒り、あるものは蹲り、あるものは呆然と佇んでいた。
「力を貸してくれる人はこっちに来てくれ!もしそうでなくても、明日まで何もせず待っていてくれ」
アレクが人々に声をかける。
何人かの人々がアレクのもとに集い出した。
一方で、リアナの近くには現状を理解できていない人や、落胆する人が残っているようだった。
トリスタンは彼女に危害が及ばないよう、彼女の近くに行く。
「リーゲル様は……この街を見守ってはくれていないのですか……」
項垂れる女性信者に、リアナは声をかけることが出来ないようだった。
家族を助けるためとはいえ、信者たちの信仰を壊したのは彼女だ。
トリスタンはリアナの肩を叩くと、声珠を指差す。
リアナははっとすると、首にかけた声珠を外した。それをトリスタンに手渡す。
トリスタンは受け取った声珠を首から下げると、女性に声をかける。
「そんなこと……ありませんよ」
声珠越しでも意図が伝わるよう、笑顔を作る。
「リーゲル神は今、戦神としてリゲルサクセを守っています。
リゲルサクセはこの国の盾。……この街も、戦神リーゲルの守護下にあるんです」
赤髪の豪快な神を思い出す。ここに集まった人々は、真の意味で彼の信者ではない。けれど、そんなことを気にする神ではないだろう。
だからこそ──少し悲しそうに、トリスタンは続けた。
「だから、そんな事……言わないでください」
その言葉に、女性は顔を上げる。
「私にはわかりません……でも、ありがとうございます」
女性は一礼すると、その場を立ち去った。それを見ていた信者数人も、思い思いに踵を返す。
トリスタンはリアナと目を合わせると、微笑む。
「アレクと合流しよう」
リアナが頷くのを確認してから、トリスタンはアレクのいる方へ歩き出した。
アレクの周りには十人ほどが集まっていた。
多くが坑夫と思われる格好をしているが、数人女性が混じっている。
彼らの瞳には──恐れと、怒り、そして立ち向かう意志が宿っている。
「お、スタン!リアナ!ちょうどよかった」
アレクがトリスタンとリアナを見つけて安堵したように笑った。人をかき分け、近づいてくる。
「作戦会議と行こうぜ」
***
「まず突入に関してだが、明るくなってからがいいと思う。夜だと人質の顔がわからない可能性あるしな」
「そうだね。一刻でも早く行きたいところだけど、仕方ない」
「すまんなスタン。で、集まってもらった人たちには陽動を頼みたいんだ。教徒は武装してる可能性があるから、無理しなくていい。危なそうなら逃げてくれ」
集まった人々を順番に見ながらアレクが言う。
その言葉に、彼らは頷いた。
「その間に、俺とスタンで別ルートから突入しよう。まず優先するのは人質の救助。リアナのお袋さんと、スタンの連れだな」
トリスタンは頷く。
「わかった。俺たちが抜け出したルート、そのまま侵入に使えるかな?」
「そうだな。それで行こう」
そこまで言うとアレクはリアナを見る。
「リアナは彼らと一緒に陽動に参加してくれ。リアナもいればそこまで手荒なことはしてこないだろう」
リアナは大きく頷いた。
「陽動は正面玄関で騒ぐくらいでいい」
「人質を救出したらどうする?」
「正面玄関に行って、慌ててる奴らを後ろからぶっ飛ばして出よう。スタンならできるだろ?」
「まあ、相手の強さによるかな」
「次善策でオリヴァーをとっ捕まえる手もあるが……一応部屋の位置は教えとくな」
そう言って、アレクは簡単に教会の見取り図を書く。その一点を指さした
「ここだ。最悪あいつを押さえれば、あとは烏合の衆だ」
トリスタンの目が鋭く光る。
リアナとアレクはお互いに目を見合わせると、強く頷きあっていた。
***
トリスタンとアレクは教会の裏手に潜んでいた。昨日トリスタンが切り裂いた穴が、ぽっかりと開いている。
「そろそろだ、騒ぎが起きたら行くぞ」
アレクがそう言うや否や、正面玄関の方で騒ぎが起こった。喧騒が二人の元に届く。
「行こう」
二人は頷きあうと、教会へ突入した。
リアナが閉じ込められていた部屋に入ると、アレクが聞き耳を立てた。
トリスタンは邪魔をしないように動きを止める。
「大丈夫だ。先導するからついてきてくれ」
「わかった」
部屋を出て左の曲がり角へ。アレクは手鏡を取り出すと、それを使って角の奥を覗き見る。
アレクは手だけでトリスタンについてくるように促すと、角の奥へと進んでいった。
そうやってしばらく歩くと、昨日見た地下への入り口まで到着した。
声を押さえてアレクが話す。
「ここだ、見張りが居ると思うから気をつけてくれ」
トリスタンは無言で頷いた。
アレクは地下へと進んで行く。その足音はほとんど聞こえなかった。
踊り場まで進んだところで、アレクが手でトリスタンを制す。
「一人しか残ってねえな。陽動組が上手くやってくれてるみたいだ。スタン、頼めるか?」
「ああ、大丈夫」
トリスタンは踊り場から階下を覗き込む。棍棒を持った見張りの男が一人、少し緊張したように立っていた。
トリスタンは踊り場から飛び出した。
影が落ちるような速さで駆け下りる。
それを見た男が目を見開いた。
「お前……?!」
返事などしない。
トリスタンは鞘のまま願いの剣を振り抜いた。
金属音が鈍く響く。
男は咄嗟に棍棒で受けとめると、鍔迫り合いとなった。
彼が息を吸い込み、声をあげようとした刹那。
トリスタンは全力で剣を押し込んだ。見張りを壁に押し付ける。
勢いよく背中を叩きつけられ、見張りの呼吸が詰まる。
その腹へ、トリスタンの膝が突き上げられた。
「──ッ!」
見張りは体をくの字に折った。追撃とばかりにその顎を殴りつける。
彼は力なく崩れ落ちた。
「お見事」
姿を見せたアレクが讃えるように言う。
トリスタンはそれに手を上げて応えると、周囲を見渡した。
見張りが立っていた壁の近くに鍵がかけてある。
「これだね」
トリスタンは鍵を取ると、アレクに投げ渡した。
「ああ、リアナのお袋さんはあっち。スタンの連れは反対だな。それぞれで担当しよう」
「わかった」
そう言うと、トリスタンはアリアの牢獄へと向かった。
「アリア!」
トリスタンが牢獄へと踏み込むと、弱々しく座り込んだアリアがピクリと反応した。
慌てて駆け寄るトリスタン。彼は、アリアの状態を見て絶句した。
必死に石壁を掻きむしったのだろう。何本かの爪は中程まで折れ、血が滲んでいる。吐瀉物が、まだらに床を汚していた。
「スタン、ごめんね……」
そう言って、アリアは気を失った。
「アリア!」
トリスタンはアリアを抱えると、すぐにアレクの元に向かう。
昨日から押さえ込んでいた怒りが、再び溢れ出した。視界が赤く染まる。
わずかに残った理性だけで、アレクにアリアの介抱を頼む。
「おい!スタン!!」
アレクが声をかけてくるが、振り返らない。
彼に教えられたオリヴァーの部屋。そこに向かって歩き出した。
***
しばらく進むと、目の前にローブを着た男たちが立ちはだかった。
トリスタンは剣を抜き、無造作に男たちに歩み寄る。
一人目の男が剣を振り上げた刹那、床を蹴り一瞬で距離を詰めた。
反応が遅れ、目を見開く男。その顎を、下から殴りつける。
男は、膝をついて昏倒した。
二人目は槍を持っていた。
繰り出された刺突を剣先で受け流しつつ前進。すれ違いざま、右腕を剣で切り裂く。
すぐに振り返り、その勢いのまま男を蹴り飛ばす。男は壁に叩きつけられ、ずるずると崩れ落ちた。
背後に気配。三人目の男が棍棒を振りかざし迫っていた。
振り向きざま剣を切り上げ、棍棒を根元から叩き切る。
狼狽える男に、すかさず追撃の拳を放つ。こめかみを痛打された男は、もんどり打って倒れた。
四人目はニルスだった。既に剣を構えている。
彼を確認するや否や、トリスタンの目が鋭く光る。
烈火のように突撃すると、剣を振り下ろした。
ニルスは何とかそれを受け止める。
だが、トリスタンは構わず、何度も剣を打ちつけた。
ギン!ギン!と剣が打ち合い、火花が散る。
何合目かの打ち合いの後、ニルスの剣は半ばで折れた。
さらに距離を詰める。間合いは剣の内側だ。そのまま、荒々しく胸ぐらを掴む。
氷のような視線が、ニルスを射抜いた。
ニルスの頬を、一筋の冷たい汗が伝う。
ぐい、と彼を引き寄せると、柄頭で彼の顔面を何度も殴りつけた。
意識を失ったニルスを、もはや興味を失ったように放り捨てる。
トリスタンは打ち倒した男たちを一瞥もせず、歩を進めた。




