沈黙の血脈②
ギルドそばまで来た時、トリスタンとアリアは建物の前に十人ほどの人だかりができていることに気づいた。
中心にいるのは二人の男女だった。
一人は少女。腰ほどまで伸びた黒髪は艶やかで、青い瞳が印象的だった。その黒髪は、身につけた白いローブに映えている。少し伏目がちに佇んでいた。
もう一人は中年の男。背が高く、金髪碧眼。神官が身につけるようなローブを羽織っている。少し芝居がかった様子で、周囲を見回している。
人だかりのほとんどは坑夫だと思われた。身につけているチュニックは土で汚れている。
「ねえ。あの子、スタンに似てない?」
アリアがトリスタンの袖を引く。
「え?そうかな。髪と目の色が同じだけじゃない?」
トリスタンは首を傾げて答える。
「まあ、それもあるんだけど……んー、まあいいや。ちょっと混ざってみようよ!」
そう言ってアリアは小走りに人だかりに向かう。
「ちょっ、アリア……」
トリスタンは慌てて彼女を追いかけた。
「リアナ様、そろそろ始めましょう」
そう言ったのは背の高い金髪の男だった。
リアナと呼ばれた黒髪の少女は、小さく肩を振るわせると顔を上げた。
「さて、リーゲル神の奇跡に触れたい者はいるかな?」
男はそう言うと、周囲を囲んでいる人々に声をかけた。
リーゲル神という言葉を聞いて、トリスタンとアリアは目を見合わせる。
二人が言葉を交わそうとした時、坑夫の一人が声を上げた。
「俺を助けてください!オリヴァー様!俺はこの街の坑夫です。昨日の落盤で怪我をしました」
その額には血の滲む包帯が巻かれていた。
オリヴァーと呼ばれた背の高い男は神妙に頷いた。
「災難でしたね。しかしご安心ください。リーゲル神の加護を受けたリアナ様が、貴方を助けてくださいます。」
大仰に手を広げると、オリヴァーは続ける。
「さあ、こちらへ。お手数ですが包帯を外していただけますか?」
その言葉に従い、坑夫は包帯を外した。
その額には生々しい裂傷が刻まれていた。数人の観衆が息を呑む。
オリヴァーに招かれるまま、坑夫は二人に近づいた。
「リアナ様。よろしくお願いします」
少女は大きく頷くと、坑夫の額に手をかざす。かざされた手に、オリヴァーもまた手を重ねる。
「この地の神たるリーゲルの名の下に、癒しを。彼の者を苛む苦痛から解き放ちたまえ。『回復』」
暖かな光と共に、坑夫の傷は少しずつ塞がっていった。
「ああ……痛みがない!ありがとうございます!聖女様。」
坑夫は感極まって涙を流す。
その様子を見て、少女はニコリと微笑んだ。
「聖女様はお疲れです。本日はここまでとします。もし他に祝福を受けたい方が居れば、我々の教会までお越しください。」
「待ってください!」
思わずトリスタンは声を上げていた。
「先ほどの治癒、あれはオリヴァーさんの魔法でしょう?戦神リーゲルの奇跡などではないはずです」
周囲の視線がトリスタンに集中する。
「な、何を言っているのだね君は!?」
そう声を荒げたのはオリヴァーだ。
「リーゲル神の奇跡は何度もここで披露されている。それに、先ほどの奇跡が、魔法であるという根拠はあるのかね?」
その言葉に、トリスタンははっとする。
「根拠は──」
『言の葉を拾うもの』で感じたそれが、魔法であるとトリスタンは知っている。だがそれを、証明する手段は彼にはない。
「根拠は……っ、ありません」
「そうだろう!言いがかりはやめたまえ」
トリスタンは俯く。思わず声を出してしまった自分の迂闊さと、リーゲルを騙るこの男。怒りと無力感が、トリスタンの胸の内をかき回していた。
「少し騒ぎにはなりましたが、明日もまたこちらに参ります。よろしくお願いしますね」
大きくお辞儀をするオリヴァー。それを見た坑夫たちは散らばっていった。
「……うん?」
落ち着きを取り戻したオリヴァーは、トリスタンの声珠に気付いたようだ。
「君は言葉を失っているのかな?」
その言葉に、隣のリアナもピクリと反応した。じっとトリスタンを見つめる。
「え……ええ。そうです」
少し詰まりながらトリスタンが返事をする。
「よければ我々の教会に来ないか?何か力になれることもあるかもしれない」
続いてオリヴァーはアリアに向き直る。
その視線は下から舐めるようにアリアを眺めていた。
「君は?」
その視線に気付いたアリアは、警戒感をむき出しにする
「誰だっていいでしょ?私達は旅してるだけなんだから、もう会うことなんてないわ」
「そうか。まあ、せっかくの縁なのだ。一晩の宿くらいは提供しようと思ったのだがね」
「せっかくのお言葉ですが、初対面で世話になるわけにはいきません」
感情を押し殺し、トリスタンが告げる。
その言葉に、オリヴァーはニコリと笑った。
「少し押し付けがましかったかな。すまなかったね。では、我々はここで失礼するよ。」
そう言って踵を返すオリヴァー。
リアナもそれに続いた。
「アリア、ごめんね。騒ぎにしちゃった」
トリスタンがそう言う。その唇は、強く噛み締められていた。
「ちょっとびっくりしたけど、スタンらしいよ。気にしないで」
アリアはトリスタンの肩を軽く小突く。
「けど……何あの男!気持ち悪すぎて鳥肌立ったんだけど!」
彼女は彼女で腹に据えかねるものがあるようだった。先ほどの視線を思い出したのだろう。身震いしている。
「多分……いや、絶対イカサマだと思う。けど──これ以上、顔を突っ込むのはやめといたほうがいいかな」
「うん。イラっとはするけど、あんまり関わりたくないね」
「とりあえず……リゲルサクセに帰ったら。戦神リーゲルの神殿に相談だけしておくよ」
「わかった。じゃあギルドに行こう」
二人は採掘ギルドの建物へと足を踏み入れた。
***
建物の中は閑散としていた。受付のギルド員と、待合席に数人の坑夫が座っている。
待合席の坑夫が二人に気付き、声をかけてきた。
「おや、さっきの兄ちゃんじゃないか」
土埃に汚れた服に包まれた体は大きく、分厚い。だがその顔には親しみやすい笑みが浮かんでいた。
「ええと……?」
見覚えがない人物にトリスタンは首を傾げる。
「……ああ!すまんな。さっきの集会に居て、声を上げてくれてたろ?俺もあの場にいたんだよ」
「そうだったんですね」
トリスタンは微笑む。
「その……何かご用ですか?」
そう言いつつも、少し用心する。
「あ、俺はケイリー。見ての通り坑夫だ。
俺は炎神の信徒でな。──まあ、兄貴が炎神の司祭なんだけどな。まあ、なんだ。リーゲル神ってのはちょっと胡散臭く感じてる」
トリスタンの警戒を感じ取ったのか、男は敵意はないと言う仕草をし、自己紹介した。
白炎を戴くクルシュタでは、炎を司る女神ダリアスは広く信仰されている。鉱山都市であるモルデハイムにも信者は多い。
「俺はトリスタンです。こっちはアリア」
二人は軽く自己紹介をする。
「あの司教オリヴァーって奴はどうも信用できなくてなぁ」
ケイリーは顎に手をやる。
「あの『奇跡』。あれはただの魔法だと思います。残念ながら、証明できませんが」
「わかるのか?」
「そうですね。俺はもともと『書院』にいましたから、なんとなくは」
「なるほどね。『書院』の名を出すならトリスタンの方が信用できそうだ」
そう言ってケイリーは笑う。
「まあ、俺の仲間も何人か入れ込んじまってるんだ。問題が起きないならいいんだが……」
「あの……俺たちはこの街からの鉱石の納品が遅れていると言うことで、リゲルサクセから調査に来てます」
ケイリーは腕を組んで考え込む。
「ううん?俺が掘ってる場所では特に問題も起きてないが、どうなんだろうな」
「そうですか……一度、受付でも聞いてみます。ケイリーさん、ありがとうございます」
「ああ、こちらこそ。いい気分転換になったよ」
ケイリーに手を振ると、二人は受付へと向かった。




