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国営鉄道を追放された俺、弱小私鉄で「温泉付き遊園地」を作ったら大繁盛!  作者: 塩塚 蘭仮名


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第6話:少女歌劇と、走る劇場

国家予算を背景にした絢爛豪華な大劇場の誕生。都心へ乗客を吸い上げられ、再び危機に瀕するボロ私鉄に、黒田は車庫に眠る「古いボロ電車」を指さした。

 泥川(どろかわ)電鉄が社運を賭けて建設した「文化住宅」が完成し、それまでただの寂しい停車場に過ぎなかった駅前が、新しいモダンな街としての産声を上げてから数週間が経った。


赤レンガのモダンな家並みからは夕食の支度をする煙が立ち上り、新住民となった家族連れの笑い声が夕暮れの沿線に響く。泥川電鉄の乗客数は順調に伸び、社内にはようやく明るい兆しが見え始めていた。


 そんなある日の午前。泥川電鉄のささやかな木造事務所に、激しい足音が近づいてきた。


「宗次さん! 大変です! またしても、とんでもなく大変なことになりました! すぐにこの新聞を見てください!」


 若き社長の千代ちゃんが、額に汗を浮かべ、息を切らせて事務所の頑丈な木製扉を文字通り叩き開けた。あまりの勢いに、古い蝶番が「ギィィ」と悲鳴を上げる。


彼女が震える手で机の上に広げたのは、今朝発行されたばかりの中央新聞だった。そこには、墨黒々と、そしてあまりにも仰々しい特大の見出しが躍っていた。


『官営鉄道の総力を挙げた反撃! 都心に東洋一の巨大大劇場が誕生! 絢爛豪華な歌劇に観客殺到、未曾有の大盛況!』


 紙面には、新しく都心の一等地に建設されたという、ギリシャ建築を思わせる白亜の巨大劇場の写真がデカデカと掲載されている。


「これは……また派手にやりましたね」


 事務所の片隅で、静かに書類の整理をしていた霧島——元は官営鉄道の隠密(刺客)でありながら、今はすっかり泥川電鉄の有能な雑用係兼護衛として馴染んでいる男——が、眼鏡の奥の目を鋭く光らせて新聞を覗き込んだ。


「馬場局長です……! 間違いありません!」


千代ちゃんは泣きそうな顔で、自身の小柄な頭を抱え込んだ


。「うちの『文化住宅』の成功で、官営鉄道の乗客を奪われたのが相当悔しかったに違いありませんわ。腹いせに、あんな都心の超一等地に国権と巨額の予算を背景にした大劇場を作ったんです!


しかも、国内外で有名な劇団や一流の演奏家、果ては人気の踊り子さんまで、泥川電鉄の予算の何十倍もの資金を注ぎ込んで全部買い占めてしまったんですよ!? 泥川の住民さんたちを、力技で都心へ連れ戻そうとしているんです!」


 千代ちゃんは机を叩き、悔しさに唇を噛む。


「まだ開拓が始まったばかりの泥川には、お休みの日に楽しめるような娯楽が何もありません……。


もし、せっかく引っ越してきてくれた住民さんたちが、毎週お休みの日になるたびに都心の大劇場へ遊びに行ってしまったらどうなりますか!?


うちの泥川電鉄は、週末になると誰も乗らないガラガラの幽霊列車になっちゃいますよぉ……!」


 絶望に打ちひしがれる千代ちゃんを前にして、私はといえば、自作の頑丈な木製ベンチに深く腰掛けたまま、のんびりと佇んでいた。手元にある火鉢の上の鉄瓶が、シュンシュンと心地よい湯気を立てている。


私はお気に入りの湯呑みに、少し濃いめに淹れた温かい煎茶を注ぎ、「ずずっと」と遠慮のない音を立ててすすった。


「まあまあ、千代ちゃん。そんなにカリカリしたら体に毒だよ。ほら、まずはこの温かいお茶でも飲んで、一回落ち着きなよ。


焦っても良いアイデアは出ないからね」


「これが落ち着いていられますか!」


千代ちゃんは両手を激しく振り回し、私ののんびりした態度に抗議した。


「相手は国家の予算を湯水のように使える、泣く子も黙る官営鉄道の巨大大劇場なんですよ!? こちらは今日明日の石炭代を計算している弱小ローカル私鉄なんです! 次元が違いすぎます!」


「でもさ」


 私は急須を持ち上げ、千代ちゃんの分の湯呑みにも、綺麗な緑色のお茶をトクトクと注ぎながら微笑んだ。


「都心までガタゴトと一時間もかけて、おめかししてお芝居を見に行くのって、結構疲れるじゃない?


劇場の席に座る前に行列に並んで、お芝居が終わったら、また大混雑の満員電車に揺られて帰ってくる。楽しかったはずなのに、家に帰る頃にはヘトヘトになって『やっぱり家が一番だね』なんて言うのがオチだよ」


「そ、それはそうですけど……。人間、それでも刺激的な娯楽を求めてしまうものでしょう?」


「ならさ、うちも劇場を作ればいいじゃないか」


 私の口から飛び出したあまりにも突飛な提案に、千代ちゃんは言葉を失った。


「ええっ!? げ、劇場ですか!? 宗次さん、さっき私の話を聞いていました!?


うちには、そんな大劇場を建てるための土地も、レンガを買うお金も、役者さんを雇う資金も、どこを探したって一銭もありませんよ!」


「建てる必要なんて、最初からないよ」


 私は立ち上がり、事務所の窓ガラスを指さした。


窓の向こう、陽光が降り注ぐ車庫の片隅には、長年の運行で塗装が剥げかけ、今はほとんど予備車として眠っている、一両の古い木造ボロ電車が静かに佇んでいた。


「ほら、あそこに、世界で唯一の『走る劇場』があるじゃないか」


「……はい?」


 千代ちゃんは、私の指さす古い車両と私の顔を、何度も往復しながらぽかんと口を開けた。


「つまりね、電車の中で、お芝居や歌を披露するんだよ。乗客の皆さんが目的地に向かって揺られている間、目の前でずっと楽しいエンターテインメントが見られる。


そうすれば、退屈な移動時間そのものが、ワクワクするテーマパークのアトラクションになるでしょう? 移動のために電車に乗るんじゃない。


そのお芝居を見るために、みんなが泥川電鉄に乗りたがるようになるんだ」


「電車そのものを……劇場に……?」


 千代ちゃんがその斬新すぎる概念を理解しようと固まっている後ろで、雑用係の霧島が、持っていた書類を床に落とした。その体は武者震いのように小刻みに震えている。


(な、何ということだ……!)


霧島は心の中で、驚愕のあまり絶叫していた。


(馬場局長は莫大な建設費を投じて『不動の箱』を作った。しかし黒田様は、すでにある『移動する箱』を劇場に変えるとおっしゃるのか!


土地代ゼロ、建設費ゼロ、移動時間という最大の弱点を最大の強みに変える……。


このお方は、またしても官営鉄道の度肝を抜く、天才的な逆転の発想を平然と思いついてしまわれた……!)


「よし、思い立ったら吉日だ。さっそく準備に取り掛かろう!」


私はお茶を飲み干すと、腕まくりをして立ち上がった。


 私はまず、文化住宅に引っ越してきたばかりの、元気で明るい沿線の少女たちを集めることにした。


彼女たちは新しい街での生活に胸を躍らせており、何か新しいことを始めたがっていたのだ。集まった十数人の少女たちに、私は企画を説明した。


「みんな、泥川電鉄のステージで、歌って踊ってみないかい?」


 少女たちは目を輝かせ、大喜びで賛同してくれた。


 そこからの私の行動は早かった。車庫に眠っていた古い木造車両の座席を一部撤去し、車両の中央部分に、地元の廃材を利用して作った小さな木製の簡易ステージを組み上げた。床には安全のために滑り止めの工夫を施し、吊り革には華やかなリボンを巻き付けた。


衣装は、沿線の主婦たちが古着を持ち寄って手作りしてくれた、和洋折衷の可愛らしい袴姿だ。


 こうして、泥川電鉄独自の劇団『泥川少女歌劇団』が結成された。

 狭い車内でのレッスンが始まった。電車は走ると当然揺れる。カーブになれば体が傾く。


「きゃあ!」


「大丈夫かい? 無理に完璧なステップを踏もうとしなくていいんだよ」


 転びそうになった少女を支えながら、私は優しく語りかけた。


「いいかい、みんな。都心の一流の役者さんのように、上手に完璧に踊ろうとしなくていい。


この泥川電鉄の舞台で一番大切なのはね、乗客の皆さんが旅の途中でクスッと笑えて、日頃の疲れを忘れて、心がパッと明るくなるような……


そんな温かい『おもてなし』の気持ちなんだ。揺れたら揺れたで、それを笑いに変えちゃえばいいのさ」


「「はい! 宗次先生!」」


 少女たちの弾けるような歌声が、ガタゴトという電車の駆動音と心地よく調和し、車内に響き渡る。泥川電鉄の新しい挑戦の準備は、あっという間に整った。


 数日後。都心の一等地にそびえ立つ、官営鉄道の豪華絢爛な局長室。


「ハハハハ! 見ろ! 今週も我が官営鉄道の大劇場は満員御礼、大盛況だ!」


 馬場局長は、最高級の革椅子に深く腰掛け、高価なクリスタルガラスのワイングラスを贅沢に揺らしながら、天井に向かって高笑いしていた。窓の外に見える大劇場には、着飾った紳士淑女が列をなしている。


「泥川のあの田舎者どもに、本物の『文化』というものの圧倒的な差を見せつけてやったのだ!


泥川電鉄のあの小娘社長と、得体の知れない黒田とかいう男め、今頃は週末の利用客が綺麗にゼロになって、干からびているに違いない!


我が官営鉄道の圧倒的な資金力と権力の前で、自らの無力さを骨の髄まで思い知ったことだろう! 痛快、実に痛快極まりないわ!」


 馬場が極上のワインを口に含んだ、まさにその時。


 ドカーン!! と、報告に上がった部下が、青ざめた顔で室内の重厚な扉を蹴破るような勢いで飛び込んできた。


「き、局長ぉぉぉッッ!! 大変です! 大変なことが起きましたぁぁーーッ!!」


「なんだ騒々しい。品性の欠片もないぞ」


馬場は不機嫌そうに眉をひそめ、グラスを机に置いた。


「静かにしろ。黒田の奴が、いよいよ経営が立ち行かなくなって、我が社に降伏の白旗でも揚げに頭を下げに来たか?」


「ち、違います! その真逆です! 泥川電鉄が……本日より、世にも奇妙な『車内少女歌劇』なるものを開始いたしました!!」


「……なに? 車内、だと?」


「はい! 彼らは劇場を建てる代わりに、走る電車そのものを劇場にしてしまったのです!


特製の移動ステージ車両の中で、沿線から集められた可憐で初々しい少女たちが、華やかな歌と、電車の揺れを活かしたアクロバティックで楽しい踊りを披露しております!


これが『移動しながらお芝居が楽しめる!』『泥川電鉄に乗った瞬間から、そこはもう夢の国だ!』と、都心の若者や家族連れの間で爆発的に口コミが広がり、現在、大バズりしております!」


「ば……バズる……!? 何を言っているのだお前は!」


「さらに! 『泥川少女歌劇団』のチケットは乗車券と一体化しており、超格安! 都心からわざわざ泥川へ向かう観光客が、今や各駅に殺到して押し合いへし合いの状態であります!


反対に……我が社の大劇場は、泥川電鉄に話題を完全に持っていかれ、本日の昼の公演は空席だらけでガラガラであります!!」


「がふっ……!?」


 馬場は激しく胸を押さえ、口に含んでいた最高級ワインを、時価数百円のペルシャ絨毯の上へ豪快にぶちまけた。その顔は怒りと驚愕で歪み、ワインの赤色以上に真っ赤に染まっている。


(おのれ……おのれ黒田ぁぁぁッ! 劇場を地面に『建てる』のではなく、線路の上を『走らせる』だと……!?


土地を買う必要もなく、巨額の建設費もかけず、元からある古い車両を改造しただけで、我が社の数百万の巨大投資を完全に無力化しおった……!


なんという……なんという悪魔的コストパフォーマンス、そして恐るべき経営センスだ……っ!!)


馬場は机を叩き、あまりの衝撃にガタガタと震える膝を押さえるのが精一杯だった。


 その頃。ガタゴトと心地よい音を立てて山あいを走る、泥川電鉄の車内。


「わあ、可愛いわねぇ!」

「一生懸命な姿に涙が出ちゃうわ」

「歌もとっても上手よ!」


 車内は、乗客たちの割れんばかりの拍手喝采と、温かい笑顔で満ちあふれていた。ステージの上の少女たちは、額にきらめく汗をぬぐいながら、最高の笑顔で観客に応えている。


 そんな賑やかな車内の一番後ろの席で、私は乗客たちに混ざって、のんびりと笑顔で手拍子を打っていた。


「宗次さん、本当に大成功です! どの車両も満員御礼、今月の売上は過去最高を記録しました!」


 千代ちゃんが、頬を紅潮させ、満面の笑みを浮かべて私の隣の席に腰掛けた。その手には、ぎっしりと乗車賃が詰まったがま口のバッグが握られている。


「ははは、みんな楽しそうで本当に良かったねぇ、千代ちゃん。


小難しい顔をしてお芝居を見るのもいいけれど、やっぱり電車の中は、これくらい賑やかでみんなが笑顔なのが一番だよ。さあ、駅に着いたら、少女歌劇団のみんなに美味しいお団子でもご馳走してあげようか」


 私は窓の外を流れるのどかな景色を眺めながら、次の楽しい思いつきに胸を躍らせるのだった。

「建てるのではなく、走らせる」という悪魔的コストパフォーマンス。莫大な投資を無力化された馬場の叫びを乗せてガタゴト走る車内は、やがてホームに客が溢れかえるほどの異常事態へ突入する。

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