第4話:刺客、おもてなしに毒される
官営鉄道の闇を支える凄腕の隠密調査員・霧島。泥川電鉄をスキャンダルで破滅させるべく、冷徹な死神が寂れた終着駅に降り立った――。
「——黒田宗次。我が官営鉄道を脅かす悪魔的策士か。フッ、所詮はしがない元・平社員……この俺の敵ではない」
泥川電鉄の寂れた終着駅。 改札を抜けてきた一人の男が、目ぶちに深く帽子をかぶり直した。
男の名は、霧島。 官営鉄道の馬場局長が「裏の仕事」のために雇っている、凄腕の隠密兼調査員だ。
黒田の「悪魔的な謀略」の証拠を掴み、泥川電鉄をスキャンダルで抹殺するために送り込まれたのだった。
(まずは奴の動向を観察し、不正の証拠を握る……!)
霧島が駅前広場に足を踏み入れると、そこには自作のベンチで呑気に茶をすする男——黒田の姿があった。
(……フン、油断しきった顔をしおって。だが俺の目はごまかせんぞ)
霧島が警戒しながら黒田の横を通り過ぎようとした、その時だった。
「やあ、お兄さん。遠くからいらしたんですか? お疲れでしょう」
黒田が、親しみやすい笑顔で話しかけてきたのだ。 手には、湯気が立ち上る茶碗と、出来立ての団子が載った小皿がある。
「な……ッ!?」
霧島は身構えた。
(バカな、俺の間合いにいつの間に……! 隠密である俺の気配を察知したというのか!?)
「まあまあ、立ち話も何ですから。そこのベンチで一服していってください。
今日のお茶は、地元の農家さんからいただいた一番茶でね。とっても香りがいいんですよ」
「き、貴様……俺が誰だか分かって……」
「え? 旅の方でしょう? 泥川に来てくれたお客さんは、みんな大事なお客様です」
黒田は屈託のない笑みを浮かべ、強引に霧島をベンチへ座らせると、温かい茶碗を手渡した。
(くっ……毒か!? いや、この男のことだ、何らかの心理的揺さぶりを……!)
霧島は意を決し、警戒しながら茶を一口すすった。
「〜〜〜〜〜ッ!?」
芳醇な香りと、甘みのある温かいお茶が、長旅で強張っていた霧島の胃と心に、じわ〜っと染み渡っていく。
「ど、どうです? 美味しいでしょう。それと、このみたらし団子もどうぞ。焦がし醤油が自慢なんです」
差し出された団子を一口かじると、香ばしい醤油の風味と柔らかい餅の食感が口いっぱいに広がった。
(な、なんだこの美味さは……! 疲れた身体に染み渡る……!
う、うまい……うますぎる……っ!)
「ふふ、良い顔で食べますねえ。仕事で行き詰まった時は、甘いものとお茶が一番ですよ。
お兄さん、なんだかすごく肩に力が入っていたから」
黒田は穏やかな目で霧島を見つめ、優しく微笑んだ。
霧島の手から、ポロリとメモ帳が落ちそうになった。
(この男……俺が『裏の仕事』で精神をすり減らしていることまで見抜いていたというのか……!?)
霧島の脳裏に、恐ろしい雷が落ちた。
(待てよ……! 黒田宗次は、俺が官営鉄道の刺客だと知りながら、あえて毒でも武器でもなく『極上のおもてなし』で出迎えたのか!?
『戦う必要などない、疲れたなら休め』と……! なんという底知れぬ器の大きさ……っ!)
感動と戦慄で、霧島の全身体の毛穴が開いた。
(馬場局長は『黒田は悪魔だ』と言っていた……。だが違う!
悪魔なのは、社員を道具のように扱い、刺客を放つ馬場局長の方だ! 黒田様こそが、真に人の心を理解するお方……!)
「あ、あの……黒田様!」
「ん? なにかな、お兄さん」
霧島はガバッと立ち上がり、黒田の前に膝をついた。
「俺を……俺を泥川電鉄で働かせてください!! この命、黒田様と泥川電鉄のために捧げます!!」
「ええっ!? 働きたいの!? いや、うちは給料安いよ!?」
「金など要りません! 俺に必要なのは、黒田様の元で学ぶ『人の心』です!!」
「いやいやいや、重い重い!!」
その日の夕方。 官営鉄道の局長室。
「なに? 霧島からの報告書だと?」
馬場局長は、届いた封筒をニヤニヤしながら開封した。
「ふはは! さすがは俺の刺客だ。黒田の奴め、どんな悪事の証拠を掴まれたか——」
しかし、報告書を開いた馬場の顔から、急速に血の気が引いていった。
『馬場局長へ。本日をもって官営鉄道を退職し、泥川電鉄へ移籍いたします。
黒田様の『真のおもてなし』に触れ、自分の浅ましさを恥じるばかりです。なお、我が官営鉄道の不正な書類・隠蔽工作の写しは、全て黒田様へお渡しいたしました。
悪しからず。
霧島より』
「がはぁぁぁッッ!?」
馬場は激しく血を吐き(比喩)、机に突っ伏した。
(裏切られた……!? 俺の最強の刺客が、たった一日で黒田の手下に寝返ったというのか……!?)
馬場の全身がガクガクと震え出す。
(おのれ……おのれ黒田……! 刺客すらも『おもてなし』という名の洗脳術で懐柔し、我が方の不正の証拠まで握りおったか……!
なんという恐ろしい男だ! 奴は最初から俺が刺客を放つことまで計算に入れていたのだ……っ!!)
一方その頃。 泥川電鉄の駅前。
「いや〜、新しい従業員の霧島くん、元・官営鉄道の優秀な調査員だったらしくてさ。駅の掃除も防犯も完璧にやってくれるんだよ。助かるなあ」
私は、千代ちゃんと一緒にのんびり夕空を眺めていた。
「宗次さんって、本当にすごい人を引き寄せますね!」
「ははは、運が良いだけだよ。……あ、千代ちゃん、お団子もう一本食べる?」
「はいっ!」
平和な泥川電鉄に、また一人「頼もしい仲間(信者)」が増えたことを、私はのほほんと喜ぶのだった。
毒よりも恐ろしい「極上のおもてなし」によって、最強の刺客は秒で敬虔な信者へ。不正の証拠まで奪われ大爆発する局長室をよそに、泥川電鉄には「観光客を完全消滅させる」最悪の包囲網が敷かれようとしていた。




