第3話:速すぎる列車と、お弁当の奇跡
泥川電鉄を圧殺すべく送り込まれた、官営鉄道の誇る最新鋭特急〈疾風号〉。圧倒的な「速さ」という暴力が、のどかな田園地帯を蹂躙せんとする!
「大変です、宗次さん!!」
泥川電鉄の事務所に、千代ちゃんが悲鳴を上げて飛び込んできた。息を激しく切らし、手にした新聞を私の前に突きつける。
「見つめてください、これ! 官営鉄道が、うちの路線の目と鼻の先に『臨時特急』を走らせるって……!」
新聞の紙面には、黒々と大きな文字が踊っていた。
『官営鉄道の誇り! 最新型蒸気機関車〈疾風号〉運転開始! 従来の半分の時間で都心へ!』
「従来の半分の時間……!?」
千代ちゃんは泣きそうな顔で頭を抱えた。
「どうしよう……! うちのボロ電車じゃ、スピードで勝てるわけありません! お客さん、みんなあっちの特急に乗っちゃいますよぉ……!」
私は温かい緑茶をずずっとすすり、ほっと一息ついた。
「まあまあ、千代ちゃん。落ち着いて」
「落ち着いていられませんよ! 馬場局長っていう人、宗次さんを追い出した腹いせに、うちを潰しに来たんです!」
(うーん、馬場局長も相変わらず極端だなあ。新車を入れるなんて、予算をかけるところがズレている気がするけれど……)
私は窓の外を眺めた。
「ねえ千代ちゃん。従来の半分の時間で着くってことは……乗り心地はどうなんだろうね?」
「えっ……? 乗った人の噂だと、ものすごいスピードでガタガタ揺れて、煙もすごくて息苦しいって……」
「やっぱり」
私はニッコリと笑った。
「じゃあ、うちはもっと『ゆっくり』走りましょう」
「はい……!? ゆ、ゆっくり……!?」
「ええ。せっかく景色が綺麗な田園地帯を走るんだから、スピードを出したら勿体ないですよ。
電車をわざとゆっくり走らせて……車内で『美味しいお弁当』を食べてもらうんです」
私は机の上に、サラサラと絵を描いた。
「地元の農家さんから分けてもらった新鮮な野菜と、近くの川で獲れた魚の煮物。それから、冷めても美味しい炊き込みご飯を箱に詰めます。
名付けて『泥川名物・行楽行楽弁当』です」
「お、お弁当……? 電車の中でお弁当を食べるんですか……!?」
「そうです。急いで移動したい人は官営鉄道の特急に乗ればいい。
でも、せっかくの休日に『のんびり旅を楽しみたい』人は、うちの電車で流れる景色を見ながら、美味しいお弁当を食べたいはずです」
千代ちゃんはぽかんと口を開けたが、やがて目を輝かせた。
「そ、それ……すっごく楽しそうです……!」
「でしょう? お弁当を買ってくれた人には、お茶もセットでサービスしましょう。よし、さっそく試作だ!」
数日後。
官営鉄道の最新型特急〈疾風号〉は、大混乱に陥っていた。
「な……なんだこの空席の山は!?」
馬場局長は、報告書を叩きつけた。
「我が官営鉄道が誇る最新鋭の機関車だぞ! 速度は従来の二倍! なぜ客が乗らんのだ!?」
冷や汗を流す部下が、震える声で答える。
「は、はい……。スピードを追求しすぎた結果、振動が激しく『乗り物酔いする』『景色を見る余裕がない』と乗客から不満が噴出しておりまして……。
さらに、車内が狭く食事もできないため、ビジネス客以外の観光客が敬遠し始めております……」
「ぬぬぬ……! では、観光客はどこへ行ったのだ!?」
「そ、それが……泥川電鉄です……」
「なにぃ!?」
部下は恐る恐る、一握りの写真を取り出した。
「黒田氏は、電車の速度をあえて『半分』に落としました。そして車内で地元の特産品を詰めた『駅弁』の販売を開始したのです。
乗客たちは『揺れない車内で、綺麗なのどかな風景を見ながら絶品のお弁当が食べられる』と大絶賛……! 今や週末のチケットは完売状態です!」
「がはっ……!?」
馬場は胸を押さえて吐血しそうになった。
(ま、またしても……またしても黒田の罠か……っ!!)
馬場の脳内で、恐ろしいパズルのピースが組み合わさっていく。
(奴は……奴は最初から我が社の〈疾風号〉の弱点(乗り心地の悪さ)を完璧に予見していたのだ!
あえて自社の電車を減速させることで、『速度競争』という我が社の土俵から降り、まったく新しい『体験型観光』という市場を創出しおった……!!)
「おのれ……おのれ黒田ぁぁぁ!!」
馬場は局長室で絶叫した。
「『速さ』こそが鉄道の価値だと信じて疑わなかった私を、あいつは『遅さ』で嘲笑っているのだ……! なんという悪魔的知略! なんという底知れぬ男だ……っ!!」
その頃。泥川電鉄の車内。
「う〜ん、やっぱり電車に揺られながら食べるお弁当は格別だなあ」
私は、乗客と一緒にガタゴト揺れる車内で、炊き込みご飯を頬張っていた。
「宗次さん、大大成功ですよ! お弁当の売り上げだけで、新しい車両が買えちゃいそうです!」
千代ちゃんが満面の笑みで私の隣に座る。
「ははは、喜んでもらえて何よりだよ。……あ、千代ちゃん、玉子焼き食べる?」
「はいっ! いただきます!」
窓の外には、のどかな田園風景と美しい夕焼けが広がっている。
(やあ、今日も平和だなあ。馬場局長も、たまにはこういうゆっくりした電車に乗って息抜きすればいいのに)
私が呑気にそんなことを考えているとは知らず、官営鉄道の馬場局長が「黒田を社会的に抹殺する」ために更なる刺客を準備していることを、私はまだ知らなかった。
速度競争をあえて放棄し、「遅さ」を売るという究極のカウンター。血を吐く元上司の怨嗟が響く中、今度は社会的に黒田を抹殺するため、夜の闇から「本物の刺客」が動き出す。




