第2話:ただのお茶屋に震え上がる男
クビにしたゴミ企画屋が、ボロ私鉄で始めたのは……まさかの「露天商」!? 格式高き官営鉄道の局長室に、お茶と団子の匂いが漂う不穏な報告が舞い込む。
「——何だと? 黒田の奴が、泥川電鉄に拾われただと?」
官営鉄道の豪華な局長室。 馬場局長は、手元の報告書を見つめながら鼻で笑った。
「ハッ! あんな廃線寸前の弱小私鉄に身を寄せるとはな。あのゴミ企画屋に相応しい落ちぶれ方だ。
……それで? 奴は泥川電鉄で何をしているんだ。まさか無謀なダイヤ改正でも提案して自滅しているのか?」
報告に上がった若い部下は、冷や汗を拭いながら首を振った。
「い、いいえ局長……。黒田氏は、駅前の空き地に小さなお茶屋と団子屋の屋台を設置し、花壇を作ったそうです」
「……は?」
馬場は呆気にとられた。
「お茶屋だと? 鉄道会社に転職しておいて、やっていることが露天商か!
どこまで愚かな男だ。客を運ぶのが鉄道の仕事だというのに、お茶や団子を売ってどうする!」
「それが……」
部下は恐る恐る、二枚目の報告書を差し出した。
「泥川電鉄のあの駅は、一本乗り遅れると次の電車まで二時間待たされる不便な駅でした。
しかし、お茶屋とベンチが出来たことで、乗客たちが『待ち時間も悪くない』と留まるようになりまして……。さらに、お茶を買うと帰りの運賃が割引になる券を配り始めたのです」
「何……?」
「結果、周辺の住民が『わざわざお茶を飲んで、割引券で安く買い物に行く』ようになり、乗車率が従来の二倍に跳ね上がっております」
馬場の表情から笑みが消えた。
「バカな……! 運賃を割り引けば、その分利益が減るはずだろうが!」
「ええ、普通ならそうです。しかし、割引券目当てに乗客数が倍増したため、減額分を遥かに上回る運賃収入が入っているのです!
さらに、お茶屋と団子屋の売り上げの数パーセントが、出店料として泥川電鉄に入り……」
馬場の手が、カタカタと小さく震え始めた。
(……待て。待て待て待て!)
馬場の脳内で、持ち前の過剰な猜疑心が猛スピードで回転し始める。
(あいつの狙いは……単なる『待ち時間の穴埋め』などではない! 鉄道という『移動手段』の価値観そのものを塗り替えようとしているのだ!)
馬場の額に、たらりと冷や汗が流れた。
(我が官営鉄道は、正確な定時運行と輸送量こそが至高と考えていた。
だが……黒田の奴は『目的地に着くまでの時間』ではなく『駅にいる時間』そのものを商品に変えてしまった! 乗車率を増やしながら、出店料で不労所得まで得るだと……!?)
「局長……? お顔色が優れませんが……」
「だ、黙れ!!」
馬場は激しく立ち上がり、胸元をかきむしった。
(恐ろしい男だ……! 私が追放した腹いせに、我が官営鉄道の根幹を揺るがすビジネスモデルを提示してみせたというのか!?
あの平然とした顔の裏で、このような悪魔的な策略を練っていたとは……っ!)
「局長、いかがなさいますか? 我が社の沿線でも、同じようにお茶屋を……」
「愚か者!!」
馬場は叫んだ。
「我が官営鉄道が、あんな弱小私鉄の真似事ができるか! 格式が落ちるわ!
……ええい、泥川電鉄などすぐに潰してやる! あやつらの沿線に、我が官営鉄道の最新型蒸気機関車を増便しろ!
圧倒的な速度と本数で、あんなお茶屋ごとき踏み潰してやるのだ!!」
「は、はいっ!」
部屋を飛び出していく部下の背中を見送りながら、馬場は窓の外を睨みつけた。
「黒田……! お前の企みなど、全てお見通しだぞ……!」
一方その頃。 泥川電鉄の長閑な駅前。
「ふう……今日もいい天気だなあ」
私は、自作のベンチに腰掛け、温かい緑茶をすすっていた。 隣では、千代ちゃんが満面の笑みで売上金を数えている。
「宗次さん! すごいです、今月のお給料が払えます! 線路の補修もできちゃいます!
ほんとにお茶屋さんとお団子屋さんだけでこんなに客さんが増えるなんて……!」
「ははは、良かった良かった。やっぱりお茶は煎茶に限るねぇ」
私は日向ぼっこをしながら、のんびりと空を仰いだ。
(ああ……官営鉄道のカリカリした職場に比べて、ここは本当に天国だなあ。
別に大儲けしたいわけじゃないし、このままのんびりお花に水をやって、美味しいお茶が飲めればそれで満足なんだけど)
私がそんな呑気なことを考えているとは夢にも思わず、官営鉄道の刺客(最新型蒸気機関車)が迫っていることを、私はまだ知らなかった。
「これは『時間』そのものを支配する悪魔のビジネスモデルだ……っ!」過剰な猜疑心で震え上がる元上司は、最速の刺客を解き放つ。迫り来る最新型蒸気機関車を前に、男はまだお茶をすすっていた。




