↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国営鉄道を追放された俺、弱小私鉄で「温泉付き遊園地」を作ったら大繁盛!  作者: 塩塚 蘭仮名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/31

第1話:ゴミ企画屋、追放される

効率こそが正義の巨大鉄道組織。そこで「客を楽しませる」という最大の禁忌を犯した一人の男が、今、ゴミのように投げ捨てられようとしていた。

「——君のような『ゴミ』に払う給料は、我が官営鉄道には一文もないのだよ」


 書類の束が、私の顔のすぐ横をすり抜け、ペタペタと冷たい石造りの床に散らばった。


 重厚な革張りの椅子に深々と腰掛け、嘲笑を浮かべているのは、官営鉄道企画局の局長・馬場(ばば)だ。金縁の眼鏡の奥で、彼の細い目が小刻みに揺れている。


「聞けば君は、またバカげた提案書を出したそうじゃないか。『車内での温かいお茶と軽食の販売』? 『乗車券と演劇鑑賞券のセット割引』? ハッ、片腹痛い!」


「ですが局長。我が国の鉄道網は拡大し、単なる『移動手段』から『旅の楽しみ』へと利用客のニーズが移り変わっています。長旅の客を楽しませるサービスこそが、今後の——」


「黙れ!」


 馬場は机を激しく叩いた。


「我が官営鉄道の使命はただ一つ! 客という名の『荷物』を、指定された時間に、指定された場所へ、効率よく叩き込むことだ! 客を喜ばせる? 楽しませる? 笑わせるな、ここは見世物小屋ではない!」


 馬場は嘲笑を深め、私の胸ポケットから官営鉄道の証章を乱暴に引き抜いた。


「今日限りで君はクビだ、黒田。君のような『ゴミ企画屋』の居場所など、この巨大な官営鉄道のどこにもない。精々、路頭に迷うがいい!」


 散らばった書類を踏みつけながら、私は静かに深々と頭を下げた。


「……長い間、お世話になりました」


 叫び出すでもなく、未練がましくすがりつくでもない私の態度に、馬場は拍子抜けしたような顔をしたが、すぐに鼻で笑ってシッシッと手を払った。


(ふぅ……やっと辞められた)


 重い鉄の扉を閉めた瞬間、私は内心で盛大にガッツポーズを決めていた。


 ——実は、渡りに船だったのだ。


 固苦しい官営鉄道の組織に縛られ、毎日定時運行のグラフとにらめっこする生活には、もうウンザリしていた。私のやりたかったのは、もっと気楽で、乗った人がクスッと笑えるような、楽しい鉄道作りだったのだから。


 退職金の入った小袋を懐に押し込み、私は前々から目をつけていた「ある場所」へと足を向けた。

 官営鉄道の華やかな中央駅から列車で一時間。

 のどかな田園風景を抜けた先にある、終着駅。


 ひび割れた木造の駅舎には、錆びついた看板が掲げられていた。


『泥川(どろかわ)電鉄』


 開業したはいいものの、乗客数が伸び悩み、いつ倒産してもおかしくないと噂される、超・弱小ローカル私鉄だ。



「……うわぁ、想像以上にボロいな」


 ガタつくドアを押して事務所に入ると、そこには頭を抱えて机に突っ伏している、一人の若い女性がいた。


 使い古された制服に身を包み、書類の山と格闘している。彼女こそ、亡き父の後を継いでこの泥川電鉄の社長になったばかりの娘、千代(ちよ)だった。


「うう……今月の電気代が払えない……線路の補修費も足りない……このままだと本当に廃線になっちゃうよぉ……」


「あの、すみません」


「ひゃいっ!?」


 声をかけると、千代は跳び上がって驚き、慌てて書類を隠そうとして机の上のインク瓶を倒しかけた。


「た、た、お客様ですか!? 申し訳ありません、次の電車はあと二時間後でして……!」


「いえ、客ではありません。本日付で官営鉄道を辞めてきました、黒田宗次(くろだ そうじ)と申します。こちらで雇っていただけないかと思いまして」


 私が手土産の煎餅を机に置くと、千代は目を丸くした。


「か、官営鉄道!? そんな超エリート組織を辞めて、なんでうちみたいな潰れかけの会社に……!?」


「あちらは息が詰まりましてね。私はもっとのんびり、お茶でも飲みながら楽しい仕事がしたかったんです。


給料は安くて構いませんよ。その代わり、私の企画をいくつか試させてください」


「き、企画……?」


 千代は半信半疑といった様子で私を見つめた。


 私は窓の外——誰もいない、閑古鳥が鳴いている駅前広場(というかただの空き地)を指さした。


「まず第一弾として……あの空き地に、小さなお茶屋と団子屋の屋台を呼びましょう。それと、ベンチと花壇を作ります」


「えっ……お茶屋? 電車に関係ないじゃないですか! うちは鉄道会社ですよ!?」


「いいえ、大ありです」


 私はニッコリと微笑んだ。


「二時間も電車を待つ間、寒空の下で突っ立っているなんて苦行でしょう? 待っている間に温かいお茶と甘い団子が食べられて、綺麗な花が見られたら……『待ち時間』が『楽しい時間』に変わります。


ついでに、お茶を買った人には帰りの運賃を十パーセント引きにする券を配りましょう」

 千代はぽかんと口を開けた。


「たったそれだけで……客が増えるんですか?」


「ええ。とりあえず、私のポケットマネーで花壇の種とお茶の道具を買ってきますから。のんびり始めましょう」


 私は上着を脱ぎ、腕まくりをした。


 ——この時、私は知る由もなかった。


 私が「ヒマつぶし」と「自分の趣味」で始めたこの小さな茶屋が、やがて業界全体を揺るがす大騒動へと発展していくことを。

 そして、クビを言い渡したはずの官営鉄道の馬場局長が、この「たった一つの屋台」を見て、青ざめた顔で深読みを始めることになるのを——。

ただ気楽に、のんびりとお茶を飲みたかっただけの元エリート。彼が放った一見ただの「ヒマつぶし」が、巨大な組織の脳細胞を狂わせる狂気のスパイスになるとは、まだ誰も気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。