第20話:国民的ヒーローへ
怒り狂った村人たちの生ゴミの嵐と、新聞記者たちの冷徹なシャッター。己の嫉妬のために被災者の命綱を断とうとした冷酷な官僚の醜態が、日本全国の朝刊へと書き立てられる!
「……なんだと?」
ホームを支配していた息の詰まるような重苦しい静寂を破ったのは、深山村の村長の、低く地を這うような怒りに満ちた声だった。
その声には、昨日からの超巨大台風による恐怖、家や畑を失うかもしれないという絶望、そしてそれを救ってくれた泥川電鉄への深い感謝をすべて踏みにじられたことに対する、抑えきれない憤怒が爆発寸前のマグマのように込められていた。
村長をはじめとして、車内で温かいトン汁とおにぎりを受け取り、まさに命を繋ぎ止められたばかりの何十人、何百人という深山村の村人たちが、誰もが鬼のような形相をその顔に浮かべながら、勝ち誇っていた馬場の身体をじりじりと、逃げ場をなくすように包囲し、取り囲む。
「おい役人……今、なんと言った?
俺たちの命を繋いでくれた黒田さんを、今から逮捕するだと?」
「ひっ……!?
な、なんだお前たちは!
この私に対して、そんな無礼な視線を向けるなど……っ!
警察諸君、早くこの不届き者たちを私から遠ざけなさい!」
先ほどまでの傲慢な態度から一転し、周囲の一般庶民から放たれる圧倒的な殺気の塊に気圧された馬場は、告発書類を握りしめたまま、情けなく声を震わせて一歩後ろへ下がった。
しかし、村人たちの怒りはもう、誰にも止めることはできなかった。
「私たちが暗闇の中で凍えていた時、道路も完全に開通せず、政府の助けも行政の救助隊も誰も来ない中で、命懸けで安全を確認し、温かいご飯と生きるための物資を真っ先に運んでくれたのが黒田さんだぞ!!」
「それをお前たちお上の人間は……『違法』だと!?
お前らの勝手な都合で『売名行為』だと!?
自分たちが何もしてくれなかったくせに、よくそんな恥ずかしいことが言えたものだ!」
「「「ふざけるな!! 帰れ! 帰れ!!」」」
駅のホーム、環境、そして駅前広場に集まっていた村人たちの怒号が重なり合い、山あいの駅を大きく揺るがすほどの地鳴りのような大合唱となった。
次の瞬間、怒り狂った村人たちが、馬場に向かって一斉に足元の石や、泥水のぬかるみから掴み取った真っ黒な泥を激しく投げつけ始めたのだ!
ビチャッッ!!!
「ぬわぁぁぁッ!?
痛い! 痛い! やめろ非国民ども!
私は政府から直々に派遣された運輸監察官だぞ!
警察、おい警察の警備隊諸君! 何をしている、この暴徒どもをただちに全員逮捕しろ!
公務執行妨害だぞ!」
顔面に直撃した泥を拭いながら、馬場は狂ったように叫び、自分が引き連れてきた警察官たちへと命令を下そうとした。
だが……。
馬場が必死に頼りにしようとした警察官たちも、その命令を聞いた瞬間、一斉に静かに横を向いて、冷ややかに腕を組んだのである。
誰一人として、村人たちを止めるために動こうとする者はなかった。
「監察官殿。
法律の解釈はともかくとして、この極限状態における民衆の救済行動を不当に阻害するような行為に、我々警察の警備隊は、到底協力することはできません。
我々の使命は、地域住民の安全と命を守ることであって、あなたの保身の片棒を担ぐことではないのです。
村人の皆さんの怒りは、あまりにも当然のものです」
「な、なにぃぃぃ!?
貴様ら、国家の官僚たるこの私への明白な命令違反で、全員免職にしてやるからな!」
馬場が顔を真っ赤にして地団駄を踏み、警察官たちを怒鳴り散らした、まさにその時であった。
パシャシャシャシャシャシャッッッ!!!!
と、深山村の薄暗いホームの中に、まるで真昼の太陽が戻ってきたかのような、眩いばかりの光の嵐が巻き起こった。
馬場が自分を正義の英雄として全国にアピールするために、都心の一流新聞社からわざわざ手配して自ら連れてきたはずの新聞記者たちが、一斉に手にしたカメラのフラッシュを、これでもかと猛烈に焚き始めたのだ!
「素晴らしい……!
政府の手が届かない孤立集落へ、道路が塞がれたわずか数時間後に、自らのリスクを顧みず救援列車を走らせた民間鉄道の鑑だ!
これこそが本物の美談だ!」
「これぞ真の人道支援!
それに引き換え、この馬場という官僚は……自分の汚い保身と、過去の黒田氏への個人的な嫉妬のためだけに、今まさに救われたばかりの被災者の大切な命綱を、強引に断ち切ろうとしたのか!
なんという恥知らずな男だ!」
「絶好の記事だ! 一面に書くぞ!!
こんな悪質な官僚の横暴を許してはならない!
国民全員にこの真実を知らせるべきだ!」
記者たちは、馬場の醜態を一枚でも多く記録に残そうと、シャッターを何度も何度も激しく切りながら、興奮を隠せない様子でノートにペンを走らせる。
当初は馬場の言う通り「違法運行の暴走業者」を叩く記事を書くつもりだった彼らも、現地のあまりにも感動的な救難の現実と、馬場のあまりにも下劣な本性を目の当たりにし、完全にペンを執るべき正義の方向性を切り替えていた。
「ち、違う! 私は正当な法律を……国家の規律を護るために……!
これは義務なんだ! ギャーッ!!」
言い訳を叫ぼうとした馬場の口の中に、村人たちの投げた生ゴミと真っ黒な泥が容赦なく飛び込み、全身をヘドロまみれにされながら、馬場は自ら引き連れてきたはずの記者たちにカメラで追われ、ほうほうの体で山奥の泥道へと、無残に逃げ出していった。
そして、運命の翌朝の全国紙。
都心から地方まで、あらゆる新聞の一面トップには、これまでにないほど大きな文字の、衝撃的な見出しがド派手に躍った。
『台風被害の深山村を救った奇跡の支援列車!
泥川電鉄・黒田氏の迅速なる決断に、全国から鳴り止まぬ称賛の嵐!』
『被災者の命綱を奪おうとした冷酷な官僚・馬場の醜態!
私怨による救助妨害に、国民の怒り爆発!』
新聞の紙面には、泥まみれになって逃げ惑う馬場の見苦しい写真と、それとは対照的に、トン汁の湯気の中で子供たちにのんきに微笑みかける私の写真が、大きく並べて掲載されていた。
この報道により、馬場は日本全国の国民からの猛烈で容赦のない大バッシングを受け、今度こそ完全に公職を追放され、政界からも完全に姿を消すこととなった。
彼の味方をする者は政府の中にも一人として残っておらず、彼はそのまま政界からも、日本の歴史の表舞台からも完全に姿を消すこととなったのである。
一方、当初は泥川電鉄の無許可運行を問題視しようとしていた政府の災害対策本部や鉄道省も、この国民からの圧倒的な支持と感動の世論を前にしては、黒田の行動を「緊急時における人道支援の鑑」として、公的に全力を挙げて認めざるを得ない状況に追い込まれていた。
それどころか、お上の面目を保つためにも、泥川電鉄に対して、有事の際にすべての法律を優先して列車を走らせることができる『災害時優先運行権』と、国家が直々にその功績を称える『国家防災協力機関』の称号を授与したのだ。
「宗次さん、すごいです!
本当に、本当にすごいですわ!
今、都心の事務所のデスクの上に、日本全国の津々浦々から、『泥川電鉄のおかげで日本の鉄道の誇りが救われた』『黒田さんのファンになりました』って、感謝の手紙とお義援金が山のように届いていますよ!」
泥川駅の事務所へと戻ってきた社長の千代ちゃんが、その大きな瞳に溢れんばかりの涙を浮かべ、両手いっぱいに抱えた手紙の束を机の上に広げながら、興奮した様子で報告してくれた。
その後ろでは、雑用係の霧島くんが、「これぞ王の無血開城……! 政府の権力すらも味方に引き入れるとは、黒田宗次様、どこまで恐ろしいお方なのか……っ!」と、またしても未知の誇大妄想の深淵に囚われて、一人で深く感動して号泣している。
「ははは、みんなが無事で何よりだったよ。
千代ちゃんも霧島くんも、準備から運行まで本当にお疲れ様。
深山村の皆さんも、泥川の街の人たちも、怪我もなく本当に良かった。
さ、千代ちゃん、片付けが終わったら温かいお茶でも飲もう。
この七輪でお湯を沸かすから、みんなでゆっくり休んでからこれからの話をしよう」
私は、上着のポケットからお気に入りの団扇を取り出すと、いつもと変わらないのんきな調子でパタパタと自分を仰ぎながら、窓の向こうで今日も元気にガタゴトと走り出していく、泥川電鉄の美しい車両を眺めていた。
かつては倒産寸前で、誰からも見向きもされなかった小さな地方のローカル線。
しかし、この超巨大台風という最大の試練を乗り越えた泥川電鉄は、単なる観光鉄道を超え、『地域と人々の命を守る、日本一愛される鉄道会社』として、その名を歴史に深く刻んだのだった。
国民からの猛烈なバッシングで馬場は完全追放。政府から『国家防災協力機関』の称号を授与され、日本一愛される鉄道となった泥川電鉄。しかし、この名声が、全国の赤字ローカル線からの「大量の救済依頼」を呼び寄せてしまう。




