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大空の第三者 〜八咫烏が辿る、関西80年の銀翼の記憶〜  作者: velvetcondor guild


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21

運命の日 ― 空が牙を剥いた朝

(語り部:黒羽ノ介)


冬の青空 ― 美しすぎる空ほど危うい


その朝の伊丹は、

妙に空が澄んでいた。

雲ひとつない。

遠くの六甲の稜線まで、

刃物みたいにはっきり見える。


けれど――

風だけが荒れていた。

高い空と低い空で、

流れが噛み合ってへん。

冷たい北風が地上を這い、

上空では湿った風が逆向きに流れとる。


わしは高く旋回しながら、

胸の奥がざわついていた。


「空が裂けとる……。」


八咫烏には分かる。

こういう日は、

空が“嘘”をつく。

静かな顔をして、

突然牙を剥くんや。


坂東と少年 ― いつもの朝


格納庫では、

いつものように工具の音が響いていた。

坂東は分厚い手袋を噛んで引っ張り、

少年は工具箱を抱えて後ろをついていく。


「坊主、レンチ確認したか?」


「した。」


「燃料ホースは?」


「昨日のうちに見た。」


坂東は小さく頷いた。

「……上出来や。」


少年は少し照れた。

以前なら、

坂東はもっと乱暴に笑っていた。

けれど今日は違う。

どこか静かやった。


米軍輸送機 ― “急ぎ”の命令


そこへ、

基地中に響く怒鳴り声。

“We need this transport ready NOW!”

「輸送機を今すぐ飛ばせ!」


銀色の大型輸送機が、

格納庫前に止まっていた。


機体番号の横には、

雨で滲んだ泥汚れ。


長距離飛行の帰りらしく、

エンジン周りは油まみれや。


米軍整備士が苛立った声で叫ぶ。

“Fuel leak check! Hurry up!”

「燃料漏れ確認! 急げ!」


坂東が舌打ちした。

「また急ぎか……。」


少年は機体を見上げた。

その瞬間、

表情が曇る。

「……嫌な音してる。」


坂東が振り返る。

「分かるんか?」


少年は小さく頷いた。

「エンジンの回転、なんか変や。」


坂東はしばらく黙ったあと、

低い声で言った。

「……俺もや。」


黒羽ノ介は、

高い空からその会話を聞いていた。

胸騒ぎが強くなる。


“風”が乱れ始める

輸送機の点検が始まった。

坂東は翼の下へ潜り込み、

少年は工具を手渡していく。

冷たい金属。

油の匂い。

低く唸るエンジン。

そのとき――

風向きが変わった。


突然や。

滑走路を横切る突風。

格納庫のシャッターが震え、

吊るされていた工具が一斉に揺れる。


わしは空で叫んだ。

「あかん!!」


風が乱れすぎとる。

空気が悲鳴を上げとる。


少年の“違和感”

少年は翼の下で、

ある一点を見つめていた。

燃料パイプの継ぎ目。

ほんのわずかやけど、

振動がおかしい。

一定やない。


細かく、

不規則に震えとる。

少年の背筋が冷えた。

「坂東さん……これ……。」


坂東が覗き込む。

その瞬間――

エンジンが低く唸った。

「……!」


坂東の顔色が変わる。

「燃料圧が変や!」


米軍整備士が叫ぶ。

“What’s wrong?!”

「どうした!?」


坂東は怒鳴り返した。

「止めろ!

エンジン止めろ!!」


しかし――

遅かった。


暴れ出す機体

輸送機のエンジンが、

突然甲高い音を上げた。

ギィィィィン――!!


異常回転。

機体全体が震える。

プロペラの風圧が爆発みたいに広がり、

周囲の工具箱が吹き飛ぶ。


少年がよろめいた。

坂東が叫ぶ。

「坊主、下がれ!!」


だがその瞬間、

突風が滑走路を横殴りに吹き抜けた。

機体がわずかに傾く。

固定輪が滑った。

輸送機が、

人のいる方向へ動き始めた。


黒羽ノ介の恐怖

わしは空から急降下した。

風を変えようとした。

せやけど――

乱れすぎとる。

読めへん。

制御できへん。


「止まれ!!

止まれやぁぁ!!」


けれど人間には届かん。

それが、

これほど悔しかったことはない。


坂東の決断

少年は転倒した工具箱に足を取られ、

その場に倒れ込んだ。

輸送機の翼端が迫る。

金属の唸り。

暴風。

轟音。

坂東は一瞬だけ、

少年を見た。


その目は――

不思議なくらい静かやった。

「……生きろ。」

坂東は走った。

そして、

少年を思い切り突き飛ばした。


衝撃

次の瞬間。

轟音。

火花。

金属が裂ける音。

輸送機の翼端が格納庫の柱を削り、

破片が吹き飛ぶ。

坂東の身体が、

爆風に飲まれた。


少年は地面を転がりながら叫ぶ。

「坂東さん!!!!」

その声が、

冬の伊丹に響き渡った。


空が凍りついた

その瞬間、

空の音が消えた気がした。

風も、

エンジンも、

人の叫びも。

全部、遠くなる。


わしは空で羽ばたくことすら忘れ、

ただその光景を見ていた。


「……なんでや。」


胸の奥が冷たい。

八咫烏であるわしが、

初めて“運命を憎んだ”瞬間やった。

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