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“兄貴分”になろうとする坂東
坂東は以前より口数が減った。
けれど、
少年を見る目だけは変わらへんかった。
むしろ――
どこか“守ろう”とする色が強くなっていた。
格納庫の隅。
坂東は黙って工具を並べ直していた。
少年が声をかける。
「坂東さん、それ、ぼくやります。」
坂東は首を振った。
「ええ。
お前は機体見とけ。」
「でも――」
「空見るんは、お前の役目や。」
少年は戸惑った。
以前の坂東なら、
怒鳴りながらでも全部一緒にやらせた。
けれど今は違う。
危ない場所に、
なるべく少年を近づけへんようにしていた。
黒羽ノ介は、
その変化に気づいていた。
「坂東……あんた、自分の役目を決め始めとるな。」
少年が気づき始める
ある日の夕方。
二人は滑走路脇で廃材を運んでいた。
空は鈍い灰色で、
西から冷たい風が吹いていた。
少年は、
荷台を押しながらぽつりと言った。
「坂東さん、最近変や。」
坂東が笑う。
「なんやそれ。」
「なんか……前より無茶せんようになった。」
坂東は少し黙った。
遠くで米軍機のエンジン音が響く。
低く、
重く、
腹に響く音。
坂東はその音を聞きながら呟いた。
「無茶してええんはな、
一人の時だけや。」
少年は眉をひそめた。
「……?」
坂東は、
少年の頭を軽く小突いた。
「お前がおるからや。
兄貴分が先に死んだら、格好悪いやろ。」
少年は吹き出した。
「なんですか、それ。」
「そのままの意味や。」
黒羽ノ介は、
その笑い声を空から聞いていた。
けれど――
胸の奥のざわつきは消えへん。
「笑っとる。
せやのに、風が冷たい。」
冬の空が“嘘”をつく
その年の冬は、
妙に天気が荒れた。
晴れていたと思えば急に曇り、
静かやと思えば突風が吹く。
伊丹の空が、
どこか不安定になっていた。
わしは高く舞い上がり、
風の流れを読む。
けれど――
読めん。
乱れている。
山からの風と、
海からの湿気と、
基地に集まる熱気がぶつかり合い、
空気が渦を巻いていた。
「空が……落ち着かへん。」
八咫烏であるわしでも、
先を読み切れん風。
それが、
妙に不気味やった。
米軍基地の焦り
年末が近づくにつれ、
基地は慌ただしさを増していった。
輸送機がひっきりなしに飛び、
整備の時間は削られ、
労務者たちは疲れ切っていた。
格納庫では怒号が飛ぶ。
“Move! Move!”
「急げ!」
“We don’t have time!”
「時間がない!」
坂東は眉をひそめる。
「急ぎすぎや……。」
少年も不安そうに空を見た。
「空が嫌がっとる。」
その言葉に、
坂東が振り返る。
「お前も分かるんか。」
少年は小さく頷いた。
「風が変や。」
坂東は、
しばらく黙って空を見上げていた。
その顔を見た瞬間、
わしの胸が冷えた。
「あかん。
この顔……覚悟決めた人間の顔や。」
“空の仕事”の現実
その夜、
格納庫では遅くまで整備が続いていた。
冷え切った金属。
油まみれの床。
眠気で赤くなった目。
少年は工具箱を抱えながら、
ふと呟いた。
「坂東さん。」
「ん?」
「なんで、みんなこんな必死なんやろ。」
坂東はレンチを止めた。
しばらく沈黙してから、
低い声で言う。
「飛ぶからや。」
「……?」
「空はな、待ってくれへん。」
坂東は、
機体の腹を軽く叩いた。
「一回飛んだら、
途中で“やっぱ無し”はできへん。」
その言葉には、
戦争を生き延びた人間の重みがあった。
「せやから、
地上でやれることは全部やる。」
少年は黙って聞いていた。
坂東は続ける。
「誰かが手ぇ抜いたら、
空で人が死ぬ。」
格納庫に風が吹き込む。
冷たい風。
少年はその風の中で、
静かに息を呑んだ。
黒羽ノ介が感じた“嫌な静けさ”
その夜。
伊丹の空は妙に静かやった。
雲が低い。
風が止まり、
音だけが遠くまで響く。
わしは滑走路灯の上に降り立ち、
じっと基地を見つめていた。
坂東と少年が、
小さな影のように格納庫を歩いていく。
その姿を見た瞬間、
胸の奥が冷たくなった。
「……やめろ。」
思わず、そう呟いていた。
けれど、
何を止めればええのか分からへん。
風か。
空か。
運命か。
八咫烏であるわしにも、
どうにもできん“流れ”がある。
それを、
初めて理解し始めていた。
そして、運命の日へ
翌朝。
伊丹の空は、
異様なほど晴れていた。
冬の青空。
澄み切った空気。
けれど風だけが荒れている。
坂東は空を見上げて言った。
「……嫌な晴れ方や。」
少年も頷く。
「空が静かすぎる。」
黒羽ノ介は、
高い空から二人を見下ろしていた。
胸騒ぎが止まらへん。
「あんたら……今日はあかん。」
けれど二人は、
いつものように工具箱を抱え、
滑走路へ向かって歩いていった。
その背中が、
なぜかやけに遠く見えた。




