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戦後の空と少年
昭和二十年八月。
戦が終わった。
けれど、人間たちはすぐには笑わんかった。
伊丹の町には、まだ焼けた匂いが残っていた。
崩れた家。
黒く煤けた壁。
雨に濡れた瓦礫。
猪名川の風だけが、何事もなかったみたいに吹いていた。
わしは高い空から、その景色を見下ろしていた。
空は青い。
あの日と同じように。
戦の前とも、変わらん色や。
けれど地上だけが、別の世界みたいになっとった。
少年の家も半分焼けていた。
屋根は崩れ、柱は黒く焦げ、庭には爆風で飛ばされた木片が散らばっている。
母親は、焼け跡に残った茶碗を一つずつ拾い集めていた。
割れた茶碗やった。
もう使えん。
それでも捨てられへんのや。
父親は黙ったまま、柱を運んでいた。
戦争が終わってから、あの男は余計なことを喋らんなった。
怒鳴りもせん。
笑いもせん。
ただ、瓦礫を片付ける音だけが、毎日響いていた。
少年は、家の前にしゃがみ込んでいた。
掌には、黒ずんだ金属片。
空襲で落ちた爆弾の破片やった。
少年はそれをじっと見つめていた。
「……空は、人を殺すんやな。」
小さな声やった。
けれど、わしにはよう聞こえた。
空は、人を導く。
空は、人を運ぶ。
空は、人に夢を見せる。
せやけど同時に、焼きもする。
奪いもする。
そのことを、少年は知ってしもうた。
それでも。
それでもあの子は、空を見ることをやめへんかった。
夕方になると、焼けた町の向こうに広い空が見えた。
少年は瓦礫の上に座り込み、長いこと空を見上げていた。
飛行機は飛んでへん。
爆音もない。
あれほど騒がしかった伊丹の空が、嘘みたいに静かやった。
静かすぎて、不気味なくらいやった。
「……終わったんやな。」
少年がぽつりと呟く。
けれど、その声には安堵より戸惑いの方が濃かった。
昨日まで、空は戦場やった。
飛行機が飛び、
整備兵が走り、
炎が上がり、
サイレンが鳴っていた。
それが突然、全部消えた。
人間は、急に静かになると生き方が分からんなる。




