12
黒羽ノ介、少年を導く
昭和十九年の朝。
その日の伊丹の空は、妙に落ち着かんかった。
風が定まらへん。
雲が千切れる。
鳥たちまで低く飛んどる。
長く空を見てきたわしには分かった。
――今日は、空が荒れる。
飛行場では、訓練機の整備が慌ただしく続いていた。
少年も工具箱を抱え、整備兵に付いて格納庫の間を走り回っている。
けれど、その顔にはいつもの明るさがなかった。
「……なんか、空が変や。」
少年もまた、空の機嫌を感じ取っとった。
整備兵の一人が声を飛ばす。
「坊主、左翼もう一回見といてくれ!」
少年は機体の下へ潜り込んだ。
油の匂い。
熱を持った金属。
震える機体。
その時やった。
指先に、わずかな違和感が触れた。
ネジが甘い。
ほんの少し。
熟練でも見逃しかねんほど小さい狂い。
けれど少年は、手を止めた。
「……これ、危ない。」
周囲では別の機体トラブルで怒号が飛んでいる。
見習いの自分が口を挟んでええんか。
少年は迷った。
その時、わしは少年の上を静かに旋回した。
風が流れる。
少年が、はっと空を見上げた。
黒い影は見えんはずや。
けれど、少年は確かに何かを感じ取った。
――迷うな。
言葉やない。
風の流れ。
羽音。
空気の震え。
それだけを、わしは送った。
少年は唇を噛み、走り出した。




