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伊丹の少年と家族の物語
(語り部:黒羽ノ介)
昭和十六年の冬 ― 家族の暮らしが変わり始める
飛行場が本格的に動き出すと、
少年の家の暮らしは、
静かに、しかし確実に変わっていった。
父は、
農具を置いて軍の下請け仕事に出るようになった。
「飛行場の仕事は、日当がええらしいで」
「せやけど、危ないんとちゃうか」
村の衆がそんな話をしていた。
母は、
家計を支えるために内職を増やした。
布を縫い、軍需工場に納める。
少年は、
学校が終わると飛行場の端へ走った。
黒羽ノ介は、
その家族の変化を上空から見守っていた。
「この家族は、空に奪われ、空に寄りかかって生きていくんやな。」
少年の“空への憧れ”が強くなる
ある日、
少年は父に言った。
「お父ちゃん、ぼく……飛行機のそばで働きたい。」
父は驚いた。
そして、
しばらく黙ったあと、
滑走路のほうを見て言った。
「……空は、ええもんか?」
少年は迷わず答えた。
「うん。
こわくない。
なんか……呼ばれてる気がする。」
父は、
その言葉に胸を突かれた。
「呼ばれてる、か……
わしは土地に呼ばれて生きてきた。
あんたは空に呼ばれてるんやな。」
黒羽ノ介は、
その会話を聞きながら思った。
「この親子の会話は、
何十年後の“空港存続論争”の縮図や。」
土地に生きる者と、
空に惹かれる者。
その対立と共存が、
伊丹の歴史を形づくる。
少年の“初めての危機”
昭和十七年の春。
飛行場の近くで、
少年は危ない目に遭った。
軍用機の訓練が増え、
滑走路の周りは以前より危険になっていた。
その日、
少年はいつものように、
飛行機の影を追って走っていた。
突然、
訓練機が予定より低く旋回し、
滑走路脇の草地に突っ込みそうになった。
「危ない!」
父の叫びが響いた。
少年は、
機体の風圧に吹き飛ばされそうになった。
その瞬間――
黒羽ノ介は、
風を切って急降下した。
八咫烏は人間に干渉せん存在や。
けれど、
このときだけは違った。
黒羽ノ介は、
少年の肩をかすめるように飛び、
風の流れを変えた。
少年は、
倒れずに踏みとどまった。
機体は、
ぎりぎりで草地に不時着した。
少年は震えながら空を見上げた。
「……今、誰かが守ってくれた気がした。」
黒羽ノ介は、
高い空へ戻りながら呟いた。
「わしは神やない。
せやけど……この子だけは、守らなあかん。」
この瞬間、
黒羽ノ介は“語り部”から“守り手”へと変わった。
家族の中に生まれる“空への不安”
事故のあと、
父は少年に言った。
「もう滑走路の近くには行くな。」
少年は黙った。
母は心配そうに少年の肩を抱いた。
「空は綺麗やけど、危ないもんでもあるんやで。」
少年は、
その言葉に反発するでもなく、
ただ静かに空を見上げた。
黒羽ノ介は、
その横顔を見て思った。
「この子は、空の危険も美しさも、 両方受け入れようとしてる。」
この“受け入れる姿勢”が、
後に彼を大きく成長させる。
少年の“決意”が芽生える
事故から数日後、
少年は一人で滑走路の端に立っていた。
夕暮れの空。
飛行機の影が長く伸びる。
少年は小さく呟いた。
「ぼく……やっぱり空のそばにいたい。」
黒羽ノ介は、
その言葉を聞いて胸が熱くなった。
「この子は、空に選ばれたんや。
わしが見届けなあかん。」




