6-2
不思議な空間は、傍から見たら三人の生徒が授業を聞いているかのように見える。しかし、その内容は決して授業で習うような内容ではなかった。
『ワタシの目的はですね、真に平等な世界を作ることなんですよ』
エルはその言葉で、話を始めた。
平等な世界と言えば、聞こえはいいが人間が人間である限りそれは難しいということは誰にでもわかることだ。リンたちももちろんそう思った。ただ、エルの声音からは本気でそう思っていることも感じ取れた。エルは続ける。
『だいたい、運がいいとか悪いとかで人生左右されるなんて馬鹿げてると思いませんか?運がいい人の最たるものが、あなた方が探している少年で、その逆が対となる少女です』
要は、王杯と空杯ということだろう。この二人をどうするつもりなのかが問題なのだ。
『二人には、ぜひとも我らの研究の素材となってもらいたいのですよ』
何でもないことのようにエルは言う。
『ワタシたちは、長い研究の末に人の器から運を取り出す術を確立できたのですよ。ただ、それを他の人間に定着させることに難航してましてね』
カノンの話では、器には最初誰もが同じ量の運が入っているということだった。そのあとは、その人物の行いによって運は増減する。悪行を重ねる人物は、限りなく運が空になるということだろうが、実際に空になることはあるのだろうか?リンが考えていることをまるでわかっているように、エルが話を続ける。
『ワタシはまず、人の運をすべて取り出してみたんですよ。そうすると、どうなると思いますか?』
別に、答えを求めているわけではなかった。なぜなら、言葉を発しようとしても声が出ないからだ。エルは、ただ単に話したいことを好きなように話すだけのようだ。
『実はですね、器が空になってしまうとその人ーーーモンスターになってしまうんですよ』
エルの勿体つける話しぶりに反応するのは嫌だったが、三人は三人とも驚く表情を見せてしまった。その三人の様子に満足がいったのか、エルの声が少しだけ嬉しさを含んだものに変わる。
『フフフ。皆さん良い反応ですね。では、お楽しみはもう少し取っておくとして、話を続けましょう』
エルの言う、お楽しみという言葉に不穏なものを感じるが、今の三人には何もできないのでおとなしく話を聞くしかない。
『おそらく、もとから器が空であるあなた方が言うところの空杯も、モンスターなのかというとそれは少し違います。まだ推測の段階ですが、空杯はモンスターたちを統べることができるのではないかと考えています。だから、ワタシは最初空杯を探していたんですよ』
先ほどまで少し機嫌のいい声だったが、今は不機嫌さを隠そうともしていない声を出している。
『それをどこのどいつかわからないですが、横から攫って行ってしまったんですよ。本当に忌々しい。でも、そのおかげで最も探していた存在の片りんに触れることができたので、まあ良しとしましょう』
今までの話を聞くと、エルの最終目的はやはりコウということになりそうだ。どう考えても、エルにコウを引き合わせるのは絶対に阻止しなくてはいけない。
『まあ、それでですね。百目鬼家のご当主が必要になるのですよ』
急に話が飛躍して、三人とも混乱した。それで、どうしてカノンが必要になるのだろうか?
『もしかして、ワタシが急に変なことを言い出したと思ってますか?それは心外です。ただ、どうやら百目鬼家のご当主は本来の力が発揮されていないようですね』
首だけは動くので、リンは思わずカノンの方を見た。カノンは、困ったような顔でリンの顔を見ている。カノンもどうやら、意味が分かっていないようだ。
『やれやれ。ご自分がどれほどの力を持っているのか気づいていないようですね。いいですか、守護者というものはいついかなる時でも、主を守るために側にいるものなんですよ』
それは、カノンもできることならそうしていただろう。だけど、王杯と空杯が一緒にいるとその所在が感じられなくなってしまうので、気に病んでいるのだ。「ハー」とエルがため息をつき、呆れたように話し出す。
『言いましたよね。守護者はいついかなる時でも主の側にいると。守護者の本来の力があれば、たとえ誰と一緒にいたとしてもその居場所はわかるものなんですよ』
エルの言葉に、カノンは大いなるショックを受けていた。今まで、コウの居場所がわからないのはソラと一緒にいるから仕方ないと自分に言い聞かせていた。でも、自分の本当の力が引き出せていたらすぐにでもコウの居場所がわかって、リュウやリンたちが危ない目にあることもなかったのかもしれない。
『そういうわけでして、百目鬼家ご当主にはワタシと一緒に来てもらいたいのですよ。あなたも、あなたの主を見つけられるのですから本望でしょう』
リンは、カノンの気持ちが揺らいでいるのが分かった。まだ、ほんの子供に酷な選択を迫ろうとしているエルにどうしようもなく腹が立つ。いい加減、エルの思うままにされるのは終わりにしたい。そう思っていたところ、フッと自分にかかっている拘束力のようなものが和らいだのを感じた。そして、それは間違いではないことが分かった。エルの苛立った声がする。
『・・・どうやら、招かれざるお客様が来たようですね。アキラ、対応をお願いします』
「はい!わかりました。お任せください」
教室の外にいたと思われる人物が、遠ざかっていく音が聞こえる。まだ、少し動揺しているのか、手が少しだけ動かせる。何か、使えるものはないか机の中を探ってみた。すると、小さくて固くて四角ものが手にあたった。リンは、藁をもつかむ気持ちでそれをぐっと手の中に握りこんだ。




