6-3
外の人物がどこかへ行ったタイミングでエルは再び三人に話しかけてきた。
『少々横槍が入りましたが、話を進めさせていただきましょう。そうそう、このままでは話し合いにはなりませんね』
エルはそう言うと、パチンと手を叩くような音をさせた。その瞬間、先ほどまで喉になにか詰まっていたような感覚があったが、それがスっと晴れていくのを感じた。どうやら、声を出すことができるようになったみたいだ。
「エル!カノンを連れて行かせることは出来ません!」
すぐさま、リンが反応してエルに抗議の声を上げる。
『ふむふむ。君は自分の立場がわかってないようですね。あなたにはなんの権限もないんですよ』
確かにリンが拒否したところで何か変わるとも思えなかったが、言わずにはいられない。それを後押しするようにカノンが声をあげる。
「わたしもあなたについて行く気はありせん!」
カノンの決意の言葉を聞いて、エルは何故か嬉しそうな声をあげる。
『そうですか、そうですか!やはりそう来ますよね。そうでなくてはいけませんね!』
エルのその不気味なまでの上機嫌さにとてつもなく嫌な予感がする。
「何かするつもりですね。でも、僕たちも大人しくやられるわけにはいけません」
エルの雰囲気に飲まれないように極力冷静にリンが対応する。
『フフフ。ああ、いいですね。実にいいです。ワタシが何をするか知りたいですか?そうですね、それでは少し場所を移動しましょうか』
その言葉を合図に、周囲の景色が一変した。先程までは確かに普通の教室の中だったはずなのに、今は、まるで死の世界のように草木も生えず、ただ土ばかりが広がっている場所にいた。空はどんよりとした赤みがかった色で覆われている。三人は何が起きても対処できるように背中合わせで近寄った。
『さて、それではちょっとした研究成果のお披露目といきましょうか』
エルがそういうと地面に変化が現れた。ボコボコとそこかしこから音がし始め、やがてその土を押しのけて干からびた枝のようなものが次々と現れた。よく見るとそれは、枝ではなく人間の腕のように見えた。そして、やがてその予測が正しかったことが証明された。それぞれの場所からまるでゾンビのように人間が続々と這い出てきたからだ。
「なんですの!こんなことありえないですわ!」
最初にパニックに陥ったのはメグだった。ゾンビのような人達は三人を遠目に囲むように佇んでいたが、メグの正面だけこれ見よがしに彼らの出現が抑えられていた。普段のメグだったら軽率な行動を取ることはなかったが、今は冷静な判断が取れない状況にあった。そもそも、メグは非科学的なことが大の苦手だ。メグは、目の前の開けている道に向けて走り出した。
「メグ!ダメです!離れないでください!戻ってください!」
リンが気づき呼び止めるが、一足遅かった。
「キャーーー!」
どうやって移動したのか分からないが、一瞬にして彼らのほとんどがメグをぐるりと囲み、そのうちの何人かにメグは捉えられてしまった。
「メグ!!」
リンはすぐさまメグの元へ行こうとした。しかし、それはエルの声に阻止された。
『動かないでください。彼女に危害を加えられたくなければ』
リンは、一歩踏み出したところでグッと拳を握りしめて止まった。
「エル。メグを離してください。捕まえるなら僕にしてください」
『フフフ。なかなかいいですね。その自己犠牲。でもダメですよ。ワタシと交渉できるのは、ご当主様だけです』
その言葉を受けて、カノンが一歩前に出る。
「カノン!ダメです!」
カノンは、強い意志を持った目でリンを見るが、その手は微かに震えている。
「リンくん。少しだけエルと話をさせて」
「わかりました。ただーーー」
リンは、そっとカノンの震える手を握った。
「僕がそばにいることを忘れないでください」
カノンは、少し驚いたように目を見開いたがすぐに安心したように顔を綻ばせた。そして、どこにいるかもわからないエルに対して挑むように声を上げた。
「エル!わたしがあなたについていくと言って二人を解放してくれる保障はないわ!だったら、あなたに従うわけにはいかない!」
『フフフ。可愛らしいですね、ご当主様。でもですね、あなたもご自分の、というよりあなたたちの立場というものがまだわかっていないようですね』
パン!とまた手を打つような音がしたと思うと、メグのすぐそばにいつの間にか先ほどまでの干からびたような人たちとは違う別の人物がたっていた。しかし、その人物も目はうつろで立っているのもやっという風に上体がふらふらとしている。
『さてさて、では少し今の状況をご説明いたしましょうか。あなた方の周りを囲んでいるちょっとばかり干からびた感じの人々は器の運が空になってしまった人たちです』
「運が空になった・・・」
それは、先ほどエルがモンスターと称していた人たちのことだ。確かに、見た目的にはモンスターと言えなくもない。ただ、メグをとらえている以外は特に凶暴性のようなものは感じられない。
『あっ、そうそう。言い忘れていましたが、彼らにはちょっとした細工をしてあるのでワタシの言うことはよく聞いてくれるんですよ。まだ、研究段階なので単純命令のみですがね。これが、どういうことなのかわからないようなあなた方ではにですよね。なので、あまり安心するのはお勧めいたしませんね』
エルは、こちらの思考を読んでいるかのように不安を煽るようなことを的確についてくる。エルの命令次第では、メグにさらなる危険があるかと思うと、容易に動くこともできない。カノンも動揺しているようで、瞳が不安定に揺れている。
「リンくん。やっぱりわたしがエルと一緒に・・・」
「ダメです!それは、絶対にやってはいけないことです」
「でも・・・」
『ふむふむ。では、もう少しご説明を』
エルは、今の状況に満足しているのか雄弁に話しだした。今まで話したかったが、話を聞く人がいなかったのか、それとも真剣に聞いてもらえなかったのか、とにかく話すことがとても楽しそうで、リンたちは静かにエルの話を聞いていた。リンにしてみれば、何でもいいから情報が欲しかったところに渡りに船的に饒舌に話し出す相手がいて、更に今後の方針を考える時間稼ぎにもなるので一石二鳥だった。
エルが話すことには、多数いるゾンビのような人物は殆どが罪人と言われる人たちらしいということだった。闇社会でも手を焼いていた人たちを研究を手伝ってもらうという名目で引き取ったのだ。そして、そんな彼らからエルは運を全て抜き取ってしまったらしい。
最初のうちは、運を抜き取るうちにどんどん人間としての形を保てなくなり黒い霧のようになって消えていってしまった。だが、更なる研究を重ねて辛うじて形を保つまでにはなった。そして、今現在の最新の成果として、ある程度の知能を残すことまでに成功した。それが今の目の前の人々の状態だ。このおぞましい研究が進めば、意のままに動かせる兵士にもなりうることを考えると戦慄する。
そして、それと並行して行われていたのが取り出した運を保管する技術だった。エルに言わせれば、最新の研究成果が今メグの横にいる人物ということだった。正確に言えば人物とは言い難い、いわゆる人造人間のようなものだ。
他の人から抜き出した運をこの人造人間に埋め込むことで本当の人間のように動かすということらしい。そんなことが本当に可能なのか疑わしいが、エルの話ぶりからそれはあながち不可能ではないのだろう。
『どうやらワタシの研究成果を信じきれていないようですね。それでは、実践してみましょうか』
エルの言葉に従うように、メグの近くにいた一人が緩慢な動作で懐から何か装置のようなものを取り出す。
『まだ試作段階なので、一回で一気に全ての運を取り出すことは不可能なのですが、それでも普通の人にとっては大ダメージになると思いますよ』
装置を手にした人物は、流れるような動作でその一端から伸びている管の先にある針をメグの首元に突き刺した。
「キャーーー!!」
「メグ!!!」
「メグさん!!」
リンとカノンはたまらずメグの元へ駆け寄ろうとするが、それをその他大勢のゾンビたちが阻む。
「クソッ!!どけ!!!」
『ククク。良いですね。すっかり化けの皮が剥がれてますよ』
「そんなことはどうでもいい!今すぐ止めさせろ!!」
『それは出来ませんね。言いましたよね、簡単な命令しかできないのですよ。それには、装置を素早く対象物に指すという命令しかしてないですから』
メグの生気がどんどん吸い取られていっているのがみてとれた。
「エル!あなたが必要なのはわたしでしょ!あなたの言うとおりにするから!お願いだからメグさんを離して!!」
『おお!やっと決意していただけましたか!ではーーー』
「ダメだ!!!」
『おやおや、あなたはこの女性が大切ではないのですか?』
「大切に決まってるだろ!!ちょっと黙ってろ!」
リンは、自分の不甲斐なさにどうしようもない憤りを感じていた。エルに対してもただの八つ当たりでしかない言葉しか吐けない。それでも、考え続けた。それは、リュウから教えてもらったことだ。
(たとえ今、答えがわからなくても考え続けろ。そうしたら思いがけず閃くものだからな)
そう言っていた時のリュウの眩しい笑顔を思い出す。それで、少しだけ落ち着くことができた。やっぱりリンにとってはリュウはヒーローなのだ。
そして、リンは自分が手に何かを握り込んでいることを思い出した。様々なピースが頭の中で繋がっていく。リンは、その思い付きにかけることにした。




