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幸運の器  作者: ユキ。


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5-7

 リュウが監禁されて、ハルカとショウに助け出された後のことだった。

 ショウは、リュウと別れてからもと来た道を辿り、自分の部屋へと戻ってきていた。誰かが自分の部屋に入ってきていたことは一目でわかった。泥棒でも入ったかのように荒れていたし、何よりテレビの画面にひびが入っていたので何かがこの部屋で起こったことは見て取れた。

「ここで何があったんだろう・・・?」

 あまりの部屋の状態に呆然としていたので、誰かが部屋に入ってきたことに気づかなかった。

「ショウ」

「ーーー!」

 かすれ声に呼ばれ驚き振り向いてさらに驚いた。そこには、ショウの父であるアキラがいた。しかし、その様子が一変していたのだ。つい数十分前に見かけたときも、リュウに酷いことをしていたことを考えればいつもと違っていたのは間違いないが、それでも自分の父親であることははっきりと分かった。でも、今は違う。目は落ちくぼみ頬もこけ肌もカサカサで黒ずんでいる。この短時間で何があったのかわからないが、自分の父親に重大なことが起こったことだけはわかった。

「おとう・・・さん?」

 アキラは弱々しい足取りでショウに近づくと、思いのほか強い力でショウのことを抱きしめた。

「ショウ。すまない」

「なんでお父さんが謝るの?」

「もう少し、もう少しなんだ。なのにあいつらが邪魔をする!」

 アキラの腕にさらに力がこもる。

「お父さん、痛いよ」

「あぁ、すまない。痛かったよな。でも、もうショウが痛くないようにお父さん頑張るから、あと少しだけ待っててくれな」

「どういうこと?」

 アキラに抱きしめられたままのため、ショウは父親の表情がわからない。ただ、声音はとても柔らかく聞こえる。しかし、それが逆にショウの不安を掻き立てていた。アキラがゆっくりとショウを解放するとすぐに背を向けて部屋のドアへと歩を進めた。ドアノブに手をかけ背を向けたままアキラは告げた。

「ショウは、しばらくはこの部屋の中だけで生活しなさい。絶対にここから出てはだめだよ」

「えっ!?」

 ショウが何か反論する隙も与えずにアキラは外に出ると、ガチャリと錠の降りる重い音が響いた。ショウは、慌ててドアノブを回すがびくともしない。

「お父さん!開けて!」

 ドアをドンドンと叩いて叫んでみるが何の効果もないようだった。


 それから数日は、決まった時間にアキラが食事を持ってくる以外その扉が開くことはなかった。アキラの隙をついて外に出ることも考えたが、それは父親を悲しませるだけのような気がして出来なかった。ショウは、とにかくアキラが危なくないように、散らかってしまった部屋をできる限りきれいに片づけることしかできなかった。

 そして、そんなことが数日続いたある日のことだった。

 アキラが、ショウに食事を持ってきたタイミングでアキラの携帯に着信があった。着信の相手を確認したアキラの表情が歓喜に満ちたような表情に変わりその相手のことしか考えられないように、周りの一切に無頓着になった。アキラは、気が逸っているのかおぼつかない指先で通話ボタンを押した。

「あ、あの・・・」

 アキラが何か話す前に、相手が何かを言ったようだった。

「それは、確かですか。・・・はい、・・・はい、わかりました。小学校に向かえばいいのですね。すぐに参ります」

 アキラは通話を終えるとすぐさま部屋から飛び出していった。そして、ショウはその時のアキラの表情が頭にこびりついて離れなくなっていた。ここ数日は、焦点が合っていないような生気が抜けたような目をしていたが、今はその瞳には狂気が宿り血走った眼で口元には残忍な笑顔が浮かんでいた。自分の父親ではあったが、抑えきれない恐怖心を感じたショウは、しばらくその場から動けなかった。

 しかし、すぐにショウはアキラが何かしらの陰謀のようなものに巻き込まれていると感じ、その後を追おうとした。幸い、アキラが正気を失っていたおかげて開けることのできなかった扉は今は解き放たれいてる。

 ショウは、恐る恐る扉を開けてみた。廊下はしんと静まり返り、人の気配はなかった。そっと、部屋の外へ足を踏み出す。薄暗くはあったが、そこは自分の知っている空間のようで少しだけほっとした。そのことに少しだけ勇気をもらって、外に出るために階段を上った。そして、久しぶりの外へと通じる玄関のドアを開けた。

 眩しいネオンの光にショウは思わず目を細めた。数回瞬きを繰り返し、やっと光に慣れてきたところであたりを見回し再び呆然と佇むしかなかった。

「ここ、どこ?」

 目の前には、まったく見覚えのない街並みが広がっていた。そもそも小学校の行き帰りぐらいしか外を出歩いたことがないショウにはあまりの別世界で急に心細くなった。思わず自分の部屋に戻ろうと後ずさったが、すぐに壁にぶつかってその違和感に慌てて振り向いた。

 そこには、出てきたはずの入り口がなかった。単なる壁があるだけで、出てきたはずの玄関は見当たらない。ショウは瞬時に戻ることができないことを理解した。だったら、前に進むしかない。どう考えても夜の繁華街と呼べるような場所に、自分のような子供がいるのは良くないことだけはわかった。自分でもどこをどう歩いたのかわからなかったが、ようやく見覚えがある場所へとたどり着いた。どうやら、そこまで離れた場所ではなかったようだった。

 周りを確認しながらゆっくりと元々の家の場所に近づいていくと、そこには二人の人物がいた。一人は、最近出会ったばかりだがすぐに大好きになった人物だった。そして、自分がいかに今まで気が張っていたのかを理解した。その人物を認識したことでそれまで張りつめていたものが解き放たれ涙が溢れだしそうになる。それを押しとどめるためぐっと唇をかみしめて、下を向いた。涙を引っ込め、そのままゆっくりと歩を進める。二人に近づいたはいいが、自分の頭の中がぐちゃぐちゃで何をどう説明すればいいのかわからず、また歩みが止まってしまう。しかし、前方の人物がこちらに気がついた気配がした。

「ショウ」

 優しい声音に再び涙がこぼれそうになり、またぐっと唇をかみしめ下を向いた。そんな自分を気遣うように相手はさらに声をかけて近づいてきてくれた。

「ショウ」

 大きな手が自分の肩を温かく掴み、優しいまなざしが自分の目をのぞき込んできた。その目を見た瞬間、今まで押さえつけていた感情があふれ出し嗚咽が漏れ出る。そんな自分をリュウは優しく抱き寄せ、何度も「大丈夫」と言い聞かせながら背中をポンポンと叩いてくれた。ショウが落ち着くまで根気よく。そして、ようやく落ちつたところでやっとショウはリュウにしどろもどろではあったが事情を説明できたのだった。


 ショウの説明を聞いて、リュウはやっと次の目的地を決めることができた。ただ、この二人をこのまま置き去りにすることはできない。リュウの逡巡を感じ取ったのか、アリスが先手を取ってきた。

「ねえ、ボク。お父さんのところに行きたい?」

 初めて会う女性に不信感をにじませた視線を送るが、自分が信用しているリュウと一緒にいたことに思い至り、少しだけ警戒を解いて小さく頷いた。アリスは、まるで鬼の首を取ったかのようにリュウを振り返る。

「ほら、この子をお父さんのところに連れて行かなくちゃ!」

「アリス。さっきのショウの話を聞いてただろ?今、ショウの父ちゃんのところに連れて行くわけにはいかない」

 きっぱりと言い切るリュウの袖口をショウが引っ張った。

「お兄ちゃん。お願い、ぼくを連れてって」

 ショウの曇りない瞳に見つめられて、リュウは言葉に詰まる。

「ほら、この子もこう言ってることだし」

 二人の期待に満ちた目がリュウに突き刺さる。リュウは深いため息をついた。


 リンたちから遅れることしばらくして、リュウたちも小学校へとたどり着いた。まるで誰もいないかのように、しんと静まり返っている。

「門が開いてるな」

「何かの罠とかじゃないの?」

「どうだろうな・・・」

 リュウは、暗闇に包まれた小学校を見上げてしばらく様子をうかがう。そして、その表情が曇る。

「たぶん、リンたちがいる気がする。アイツらおとなしくしてろって言ったのに」

 口では難色を示しているが、それだけではない複雑そうな表情を浮かべている。

「とにかく、行くしかないな」

「そうね。でも・・・」

 アリスの不安をリュウは敏感に感じ取り、少し考えてから声をかけた。

「アリス、無理すんな。もともとアリスはただ巻き込まれただけだろ。だから、俺としては安全なところで待っててもらいたいんだよ」

「それは!わかってるよ、自分でも。アタシじゃ何の役にも立てないかもしれないって。でも、ただ待っているだけじゃやっぱり嫌なのよ」

 リュウはそれでも、心配そうな眼差しを向けていたが、アリスの気持ちもわかるからこそ無下にすることもできない。リュウの本心としては、ここに来てもなお二人には安全な場所にいてもらいたいと思っている。そして、もう一人心配の対象であるショウへと視線を移した。

「ショウ。お前も付いてくることないんだぞ。ショウにとって嫌な場面を目にすることになるかもしれないぞ」

 リュウの言葉に、ショウは決意を込めた表情で力強く頷いた。

「わかってる。それでも、お父さんが何をしようとしているのか確かめなくちゃいけないと思う。たぶん、それはきっとぼくのためだから」

「ショウ・・・。お前はホントいい男だな」

「へへ。リュウお兄ちゃんにそう言われると嬉しいな」

 ショウの少し誇らしげな顔を見て、リュウも決意を決めた。自分がどこまで二人を守れるかわからないが自分ができる範囲で守り切ろうと心に決めた。

「よし、じゃあ行くとするか」

 夜の帳が下りた学校は不気味な雰囲気を漂わせている。三人三様の思いを乗せてそれぞれ一歩踏み出した。

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