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幸運の器  作者: ユキ。


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4-9

 ハルカとリュウを担いだ謎の人物は、秘密の通路から無事に外へと抜け出すことができた。そして、外に出たところに一台の車が止まっていた。リュウを担ぎ上げた人物は後部座席にリュウを押し込むとハルカを振り返った。

「神谷。お前も来るか?」

「えっ?う、うん」

「じゃあ、こいつの横で支えてやっててくれ」

「・・・わかった」

 ハルカはリュウを支えるようにその横に座った。

心之介(しんのすけ)くん。後でちゃんと説明してよね」

 心之介と呼ばれた人物は無言で頷くと自分は運転席へと座った。


 車の中はしばらく無言が続いていた。ハルカは、リュウの頭をそっと自分の膝の上に乗せ気遣うようにその体を支えている。多少車が揺れても大丈夫なように備えていたが、思いのほか心之介の運転は丁寧でまったくと言っていいほど揺れを感じなかった。その安定した運転に張りつめていた緊張感も徐々に解けていった。

「心之介君」

「なんだ」

「あなたやっぱり、シュ・・・カノンさんと関係があるのね」

「ああ、そっか。神谷は今はカノンの担任だっけ?」

「そうよ。ねえ、生徒の家庭事情に踏み込みすぎるのもどうかとは思うけどーーーカノンさんとはどういう関係なの?」

 心之介は、バックミラーをチラッと見た。ミラー越しに目が合ったハルカは、興味本位でそんなことを聞いているようには見えないし、そんな人物ではないことはよくわかっていた。

「ハルカは、変わらないな」

 心之介は、視線を正面に戻し、昔を懐かしむように少し表情をやわらげた。

「カノンは、オレの年の離れた妹だよ。まあ、オレは今はあの家と距離をとってるからカノンがオレの存在を知ってるかはわからないけどな」

 何でもないことのように言う心之介に、ハルカは何を言っていいのか迷い「そう」とだけ応えた。ほかにもいろいろと聞きたいことはあるが、そうこうするうちに、車は町はずれの鬱蒼と木々が茂っている道へと入り込み、やがて古い洋館の門の中へと滑り込んだ。心之介は、車を降りると再びリュウを担ぎ上げ、その洋館の玄関を無遠慮に開けた。

「おい!ヤブ医者!」

 心之介が中に大きな声で呼びかける。しばらくするともじゃもじゃ頭でヨレヨレの白衣を着て壊れかけの眼鏡をかけた人物が面倒くさそうに現れた。

「なんだーシン。オメェ、人様の家にくんのに礼儀ってーもんがなってねーなー」

「よく言う。鍵すらかけねーよーなヤブ医者のくせに」

「そのヤブ医者に用があんだろ?」

 男は不意に心之介が抱えているリュウを真剣な表情で見つめた。

「こりゃやべーな」

「なんとかしてくれ」

「・・・。こっちに運びな」

 男は顎で心之介を促すと奥の部屋へと向かった。心之介もそれに続く。ハルカも遅れまいの二人の後を追った。


 向かった先は、この屋敷からは想像もできないような立派な診療室だった。寝台の上にリュウが寝かされる。

「こりゃまたひでーやられよーだな」

「・・・」

 男はしばらくリュウを観察すると納得したように一つ頷いた。

「こいつはアレだな。軽い中毒症状を起こしてるな」

「中毒症状、ですか?」

「おう・・・。おい、シン。それより、こっちの別嬪さんは誰でい」

「そんなことはどうでもいいだろ。それより彼は助かるのか?」

「見たとこ、コイツはエライ頑丈にできてんな。普通だったら致命傷レベルだ」

「っ!」

 ハルカは声にならない声をあげ目を潤ませる。

「あの、お願いします!助けてあげてください!」

「だから言ったろ?コイツはエラく頑丈だって。ただそうだなーーー」

 男はそういうと今度はハルカをじっと見つめた。

「うん。あんた」

「は、はい」

「あんたはどうやらこの兄ちゃんと相性が良いみたいだ」

「相性、ですか?」

「おう、そうだ。あんたが手伝ってくれたら回復も早そうだ」

「っ!やります!なんでも言ってください!」

「おお、いい心がけだ。ところで、シン」

「何だよ」

「この姉ちゃんはオメーのコレじゃねーのか?」

 そう言って男は小指を立てる。

「オレはあんたのそういうところ嫌いだよ」

「んだよ。つれねーなー。まっ、とりあえず始めっか」

「あの、私は何をすれば・・・」

「ああ、とりあえずはこの兄ちゃんの横に寝てくれ」

 心之介が手慣れた様子でもう一台の診療台を持ってきてリュウの横につけた。ハルカは、恐る恐るその上に乗り横になった。

「おお、いい感じだ」

 男は、二人の頭の方に周り間に立った。手のひらをそれぞれの目の上に翳す。

「姉ちゃん。目瞑ってな」

 ハルカは素直に瞼を閉じた。目の辺りに温かい流れを感じる。あれだけ気が急いていたのに不思議ととても穏やかな気持ちになり、次第に眠気がさしてきた。

「寝ちまいな」

 男の思いの外穏やかな声に促されるようにハルカの意識は徐々に閉じていく。

「いい子だ」

 その声を最後にハルカの意識は完全に途絶えた。

「おい、おっさん」

「ったく、シンはどうしてそう口がわりーんだ」

「アンタに似たんだろ。それより、アンタの腕だけは信用してるが、それでも敢えて聞く。ーーー大丈夫か?」

「どっちがだ?」

「どっちもだよ」

「まあ、こっちの兄ちゃんはさっきも言ったがめちゃくちゃ頑丈だからほっといてもじきに目が覚めるだろ」

「ハルカは?」

「おっ?こっちの姉ちゃんハルカっつーのか良い名だな」

 男は難しい顔でハルカを見る。

「こっちの姉ちゃんーーーハルカはこっちの兄ちゃん次第だな」

「そうか・・・。後は任せた」

 そう言うと、心之介は二人に気遣うような視線を向けるが、そのまま部屋を後にした。

「ったく。アイツは昔から貧乏くじばっか引いてんな。シンのヤローもいい加減、幸せっつーもんに出会えりゃいいんだが・・・」

 診療室を後にする心之介の背中を見て男は深いため息をついた。

「ったく、アイツも難儀なヤツだな」

 男は気を取り直すように一度両手で頬をパチンと叩くと彼の患者二人に向き直った。

「にしても、コイツらはコイツで難儀なヤツらみてーだな」

 そうつぶやく男の瞳は複雑そうではあるがとても慈愛に満ちたものでもあった。

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